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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第28話 褒章式と祝いの言葉


 城壁付近に現れた魔物の討伐が終わってから、数日後。


 私は、褒章式に出席していた。

 こういう場は、相変わらず落ち着かない。


 騎士服は着ている。礼法も最低限は頭に入っている。


(……戦場のほうが楽だな)


 そう思ってしまうのは、たぶん騎士としては正しいはずだ。


 広い室内には、王家の紋章が掲げられていた。

 床は磨かれ、灯りは明るく、集まっている者たちの服はどれも立派だ。

 騎士も、貴族も、役人もいる。視線が多い。


 それも、いつもの侮りや好奇ではなく、もっと別の――値踏みと、興味と、観察の混ざった視線だった。


(……見られているな)


 理由はわかっている。


 今回の王都防衛戦で、私は少し目立ちすぎた。

 いや、少しではないかもしれない。

 第二騎士団の一騎士が、城壁外で魔物を次々に斬り倒した。


 しかも、ドレス姿で。その噂は、想像以上に広がっていた。

 正直、最後の「ドレス姿で」という部分は、できれば広まってほしくなかった。

 どこかでは「姫騎士」なんて言葉が出ているようだが……よくわからない。


(……まあ、もう諦めるしかない)


 名前を呼ばれ、私は一歩前へ出た。

 前に立っていたのは、第一騎士団の団長だった。


 年齢はそれなりに上で、よく鍛えられた身体つき、静かに人を圧する空気を持っている男だ。

 実力者だというのは、一目でわかる。

 彼は私を見ると、わずかに頷いた。


「第二騎士団所属、リュシア・エルフェルト」

「はい」

「今回の王都防衛戦において、特別な活躍が認められた。よって、王家より褒章を授与する」


 差し出された褒章を、私は両手で受け取った。

 ずしりとした重みがある。


「光栄です」


 今回のことを、こうして表立って認められることが、少しだけ胸に染みた。


(回帰前には、なかったことだ)


 あの時の私は、王太子の近衛騎士だった。


 表向きは名誉ある立場。

 けれど、実際には命令で動く剣だった。

 暗い仕事も多かったし、功績として表に出ることもなかった。


 だから、こうして大勢の前で名前を呼ばれ、功を認められるのは――初めてだ。

 第一騎士団団長が、一歩引いた。

 その次に前へ出てきた人物を見て、私はほんの一瞬だけ呼吸を止めた。


 アーヴィン・レグナード。第一王子。

 そして――前の人生で、私が忠誠を誓い、最後に捨てられた相手。

 今の彼は、以前と変わらないように見える。


 整えられた金髪。仕立ての良い服。王族らしい、よく通る顔立ち。

 だが、よく見ると違った。口元は笑っていても、目が笑っていない。

 その奥に、焦りと、苛立ちと、何か別のものが淀んでいる。


 彼は私の前に立ち、感謝状を差し出した。


「今回の働き、見事だった」

「……ありがとうございます。光栄です」


 私は感謝状を受け取った。それだけだ。

 それだけのはずなのに、アーヴィンの視線が、私の手元ではなく顔に残ったままだった。


(……何だ?)


 物欲しそうな。恨めしそうな。何かを諦めきれないような目。

 その意味はわからないが、気にしないことにした。

 私は一礼し、下がる。


 褒章式そのものは、それで終わった。

 その後、場所を移して、簡単な社交の場が設けられた。

 褒章を受けた者たちに声をかけやすいように、という建前らしい。


 実際には、どの者に今後価値があるのか、貴族たちが見に来る場でもあるのだろう。


(……やっぱり、こういうのは苦手だ)


 軽食が並び、酒や紅茶が用意され、会話がそこかしこで始まる。


 華やかな空気だ。けれど、私はどうしても身構えてしまう。

 案の定、すぐに何人もの貴族が声をかけてきた。


「このたびは見事でしたな、リュシア殿」

「お若いのに、素晴らしいご活躍でした」

「王都を救った英雄だと伺っておりますよ」


 どれも丁寧な言葉だ。


 だが、その丁寧さの奥にあるものまでは、まだ読み切れない。

 上辺だけの祝いなのか、本当にそう思っているのか。

 以前の私なら、そんなことはどうでもよかっただろう。


 でも今は、少しだけ考えてしまう。

 それでも私は、できるだけきちんと返した。


「ありがとうございます」

「もったいないお言葉です」

「私一人の功ではありませんので」


 無難に、角が立たないように。


 そうしているうちに、一人の男が前へ出てきた。

 さっき褒章を渡してきた、第一騎士団の団長だ。

 周囲の空気が少しだけ変わる。ざわめきが薄くなる。


 やはり、彼は影響力の大きい人物らしい。

 団長は私の前で立ち止まり、短く言った。


「改めて、おめでとう」

「ありがとうございます」

「率直に言おう。第一騎士団に入るつもりはないか?」


 私は、数秒、意味を理解できなかった。


 周囲がざわつく。息を呑む気配が、あちこちから伝わった。


(第一騎士団?)


 貴族しかいない、あの第一騎士団。


 今まで私は、そこに入ることなど考えたこともなかった。

 回帰前には、王太子の近衛騎士として実質的に第一騎士団側にいたが、それは特殊な事情だ。

 普通の形で、しかも団長直々に誘われるなど。


 私は少しだけ呼吸を整えてから、答えた。


「光栄です。ですが……私には、身に余る立場かと」


 できるだけ柔らかく。しかし、はっきりと断るつもりで言った。


 第一騎士団に入る。それは名誉だろう。

 だが同時に、また貴族社会の中心に近づくということだ。

 あの空気の中に深く入るのは、今の私には息苦しい。


 団長は、私を少し見ていた。それから、小さく頷いた。


「そうか」


 納得してくれたのだと思った。


 だが次の言葉は、予想外だった。


「それなら、第二騎士団の副団長はどうだ?」

「……はい?」


 今度は、本当に声が漏れた。

 副団長。しかも、第二騎士団の。

 それは第一騎士団の一団員より、ある意味では重い立場だ。


 第二騎士団をまとめる側。

 現場の人間を束ね、責任を持つ側。

 それに――第二騎士団の副団長は、普通なら爵位持ちだ。


 少なくとも、平民の女騎士が考えるような席ではない。

 団長は淡々と続けた。


「君なら務まるだろう。実力は十分だ」

「いえ、ですが……」

「身分の話をしているなら、いずれそれもついてくる」


 周囲がまたざわめく。


 それはもう、はっきりとしたざわめきだった。


(……つまり)


 暗に言われている。

 お前はこれから先、爵位を取るほどの功を立てるだろう、と。


 そんな未来を、考えたことがなかった。

 回帰前の私は、ただアーヴィンの剣でいることしか知らなかった。


 自分がどうなりたいか、どこまで行けるかなんて、考える余裕もなかった。

 だが今、その未来を他人の口から当然のように示されると――。

 胸の奥が少しだけざわつく。


「……少し、考えさせていただいてもよろしいでしょうか」


 私がそう返すと、団長は満足そうでも不満そうでもない、静かな顔で頷いた。


「ああ、考えておいてくれ。君なら、第一騎士団に来ても、第二騎士団副団長でも問題はないだろう」

「……ありがとうございます」


 私は頭を下げた。

 団長はそれ以上何も言わず、別の貴族へ挨拶しに去っていく。


 残された私は、少しだけぼんやりしていた。


(副団長……)


 それは、かなり大きい話だ。


 自分がそんな立場についていいのか。つとまるのか。

 いや、務まるかどうか以前に――そんな場所に、自分がいていいのか。

 考えがまとまらないまま、グラスの水に手を伸ばそうとした時だった。


「お姉様!」


 聞き慣れた声が、明るく飛んできた。

 振り向くと、金色の髪にきらきらした目。


 ルイーゼだ。

 彼女は人混みを縫ってこちらへ来ると、胸の前で手を組み、ぱっと笑った。


「今回の授与、本当におめでとうございます!」


 その声には、さっきまで聞いていた貴族たちの祝い文句とは違う熱があった。

 上辺ではない。本気で喜んでいるのがわかる。

 だから、私も自然に笑ってしまった。


「ありがとうございます、ルイーゼ様」


 その瞬間、ルイーゼが胸を押さえた。


「うっ……」

「……どうしました?」

「お姉様の不意打ちの笑顔、眩しい……」


 よくわからないことを言っている。


 言っているが、嬉しそうだからたぶん大丈夫なのだろう。


「お姉様! 本当に、本当に素敵でした!」

「ありがとうございます」


 その熱量に少し戸惑っていたところで、もう一つ聞き慣れた声がした。


「リュシア」


 ノアールだった。いつもの落ち着いた顔で近づいてくる。


 けれど、目元は少しだけ柔らかい。


「おめでとう。思ったよりも早い褒章授与だったな」

「……思ったよりも早い?」


 私が聞き返すと、ノアールは肩をすくめた。


「リュシアの強さを考えれば、いつか褒章されるとは思っていたさ」


 その言い方が、あまりにも当然だったので、私は一瞬言葉に詰まった。


 回帰前は、褒章なんてなかった。

 暗殺や潜入や、表に出せないことばかりだ。

 誰かに「よくやった」と祝われるようなものではない。


 だから今、こうして――。

 仲のいい人たちに、真っ直ぐ祝われるというのは。

 初めて知る感覚だった。胸の奥が、少しだけ熱い。


「ノアール、ありがとう」


 私が言うと、ノアールは一瞬だけ視線を逸らした。


「……ああ」


 短い返事。でも、それで十分だった。

 ルイーゼがそのやり取りを見て、口元を押さえている。

 何か言いたそうだが、今は堪えているらしい。


 その様子を見て、私は少しだけ笑いそうになった。

 だが、その穏やかな空気も長くは続かなかった。


「リュシア様!」

「おめでとうございます!」

「ぜひ今回の魔物討伐のお話を聞かせてください!」


 前の社交会で知り合った、あの令嬢三人組だ。


 勢いよく駆け寄ってくる。以前のような戸惑いの視線はもうない。

 今は完全に、好意と興味と熱意の目だ。

 私は一瞬、少しだけたじろいだ。



「えっと……」

「城壁の外で本当に百体以上の魔物を……?」

「しかもドレス姿で戦われたとか! まさに姫騎士だとか!」

「素敵すぎます!」


 令嬢三人組に、口々に言われる。

 ルイーゼが満足そうに頷いている。


 ノアールは、また始まったな、という顔をしていた。


「……ありがとうございます」


 私はとりあえずそう返した。


「ですが、私一人でどうにかしたわけではありません」

「でも特別褒章をもらったんですよね?」

「それは、まあ……」

「きゃあ……!」

「謙虚なところまで素敵です!」


 会話が噛み合っているようで、噛み合っていない。


 でも、不思議と不快ではなかった。

 こうして祝われることも。仲のいい人たちと騒がしくすることも。

 前の人生には、なかった。


 だからたぶん、今のこの時間は――。

 私にとって、思っている以上に大事なものなのだろう。


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