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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第21話 社交界へ誘われる


「社交界に行きましょう!」


 ルイーゼ嬢が、紅茶のカップを持ったまま言った。


 私はその場で固まった。


 場所はローディア侯爵家の屋敷の一室。夕食後の客間だ。


「……はい?」


 思わず聞き返すと、ルイーゼ嬢はにこにこしている。


 さっきまでの夕食も、十分すぎるほど美味しかった。


 最初のお礼の時ほどの豪華さではないが、それでも貴族の料理は手抜きという概念がないらしい。


 ソースの香りも、肉の柔らかさも、焼き加減も――全部が素晴らしかった。


(平民で騎士の私がこんな贅沢、していいのか)


 だから夕食の途中、私は何度か言った。

 いつも通りの抵抗を。


「お金を渡します。さすがに、これだけしてもらって……」


 だがルイーゼ嬢は、さっと手を振って笑う。


「いりません!」

「いります。私は――」

「いりません!」


 押し切られる。

 押し切られるのがいつもの流れになっているのも、少し怖い。


 さらに追撃が来る。


「私の家の料理人も、美しいお姉様に食べてもらえて光栄ですって言ってます」

「……美しいは余計だと思いますが」

「余計じゃありません」


 断言されると、反論が難しい。


 そもそも「美しいお姉様」という呼び方が、まだ慣れない。

 慣れないが――もう訂正しても直らないので諦めている。


 少し前には、実際に料理長にも会った。

 挨拶だけ、という名目で。


 白い制服姿の料理長は、私を見てにこやかに頭を下げた。


「お嬢様の言うことは本当ですよ。いつでも来てくださいね」

「……えっと」


 私は固まった。


 ルイーゼ嬢は隣で胸を張っていた。


「でしょう?」


 なんだかんだ、甘えてしまっている。

 断るのが正しいのだろう。


 でもここまで歓迎されて、断り続けるのも失礼な気がしてくる。


 そうやってズルズル受け取っている自分が、少し情けない。


 そんな状況での、今。


「社交界に行きましょう!」


 ルイーゼ嬢は笑顔のまま、もう一度言った。


「社交界?」


 私は言葉を繰り返しながら、頭の中で整理する。


(……ああ、なるほど)


 私は騎士だ。

 社交界には警備が必要だ。


 つまり――護衛騎士として付いて来い、ということだろう。


 納得した私は、真面目に背筋を伸ばした。


「わかりました。精一杯、務めさせていただきます」


 ルイーゼ嬢が、ぱちりと瞬きをした。


 そして、少しだけ首を傾げる。


「うーん。多分、勘違いしてますね」

「勘違い?」


 嫌な予感がする。


 ルイーゼ嬢がにっこり笑った。


「護衛騎士などではなく、一緒に参加しましょうってことです」

「……はい?」


 私は二回目の「はい?」を出してしまった。


 意味がわからない。

 私は貴族ではない。令嬢でもない。社交界の輪の中に入る理由がない。


 ルイーゼ嬢は紅茶を一口飲んで、平然と続ける。


「次の社交界はそんなに大きくないので、私が一人くらい貴族じゃない方を連れてきても問題はありません」

「問題しかないと思いますが」


 私は反射で言った。


 だがルイーゼ嬢は真顔になり、きっぱり言う。


「問題ありません」


 断言が強い。

 強いが、それでも私の疑問は残る。


(本当に大丈夫なのか?)


 そして、もう一つ。


(それで、なぜ私なんだ)


 私はそのまま口に出した。


「……なぜ、私を?」


 ルイーゼ嬢は一瞬だけ視線を泳がせた。

 そのあと、わざとらしいほど上目遣いになって、ぽつりと言う。


「だって、お姉様と一緒に社交界に行きたいので……ダメですか?」


 私は固まった。


(……ズルいな、この人は)


 こういうところが、このお嬢様のズルいところだ。


 ずっと「お姉様」と呼ばれるせいで、私は本当に妹のように思ってしまう時がある。

 年齢は同い年のはずなのに。


 私は息を吐いた。


「……わかりました」


 ルイーゼ嬢の目が、ぱっと明るくなる。


「いつもお世話になっておりますし、ご一緒させていただきます」

「……!」


 ルイーゼ嬢が両手を握りしめ、椅子の上で跳ねそうになった。


「ありがとうございます! お姉様!」

「落ち着いてください」

「落ち着けません!」


 落ち着けません、と言い切る令嬢を初めて見た。


 社交界の中心にいるはずの人間が、こういうところで子どもみたいになるのが、少し面白い。


 そう思っている間に、ルイーゼ嬢は次の矢を放ってきた。


「ではダンスの練習をしましょう!」

「……ダンス?」


 私は眉を寄せた。


 社交界のダンスは知っている。警備として何度も見た。


「今度の社交界ではダンスがありますの。一度は踊らないといけません」

「……一度は」


(私は踊らない選択肢がないのか)


 ルイーゼ嬢が覗き込む。


「ダンスはやったことありませんよね?」

「やったことはありませんが、踊れると思います」


 ルイーゼ嬢が目を丸くする。


「えっ。なぜ踊ったことないのに、踊れると?」

「何回も見ていますので」

「見ている?」

「はい。警備の時に」


 私は正直に言った。


 社交会の警備は何十回もやっている。

 嫌でも目に入る。


 同じ曲、同じステップ、同じ流れ。


(型は、覚えている)


 剣の型と同じだ。

 見て、盗んで、再現する。


 私は平民だったので誰かに教わるということはほとんどされたことない。

 ただ目で見て、再現する。


 だから、ダンスも同じだろう。


 だがルイーゼ嬢は、さらに真顔になった。


「えっと、男性パートと女性パートありますが?」

「男性側と女性側ってことですよね? どちらも踊れると思います」


 言った瞬間、ルイーゼ嬢が静止した。


 紅茶のカップを持った手が止まり、口が少し開いたまま固まる。


「普通の令嬢は、何カ月もレッスンしないとできないんですが……」

「そうなのですか?」

「しかも男性パートは、さらに倍以上の時間が必要なのですが」

「……そうなのですか」


 私は剣を振るのに、何年もかけている。

 だから、ダンスに時間がかかること自体は理解できる。


 ただ、私は騎士で、型の模倣に慣れているだけだ。


 私は首を傾げて言った。


「私は騎士なので」


 ルイーゼ嬢はしばらく沈黙したあと、ぱん、と手を叩いた。


「まずは練習で、このあとやってみましょう!」


 こうして私たちは場所を移動した。


 屋敷の中の、少し広い部屋。

 床が滑らかで、鏡がある。


 ダンス用の部屋なのだろう。


 ルイーゼ嬢が使用人に指示を出し、音楽が流れ始める。


「では、まずは基本から」


 ルイーゼ嬢は急に先生の顔になった。


「リュシア様が男性パート、私が女性パートでいきますわね」

「わかりました」


 私は手を差し出した。

 ルイーゼ嬢が、その手を取る。


 指先が少し冷たい。


 音楽に合わせて、一歩。

 二歩。三歩……。


(……うん、問題なくできる)


 見てきた通りの流れだ。

 重心移動も、呼吸も、間合いも。


 相手の動きに合わせるだけなら、戦闘よりずっと単純だ。


 ただ――私は途中で気づいた。


(アーヴィンは、たまに自分勝手に動く)


 護衛として見てきたからわかる。

 相手に合わせるのではなく、相手を引っ張る。

 主導権を握るために。


 私はそれを真似しない。


 私はルイーゼ嬢の重心を読み、彼女が動きやすい方向へ導く。

 強く引かない。置いていかない。


 曲が終わった。


 ルイーゼ嬢が、私の手を握ったまま固まっている。


「……」

「……ルイーゼ嬢?」


 呼ぶと、彼女はゆっくり顔を上げた。

 目が真剣だ。


「完璧です……」

「そうですか?」

「完璧です……王子殿下たちよりも上手いです」

「……それは言い過ぎでは」


 私は本気でそう思ったが、ルイーゼ嬢は首を振る。


「言い過ぎじゃありません。お姉様、何者ですか?」

「騎士です」

「騎士、恐ろしい……」


 褒めているのか怖がっているのか分からない。


 だがルイーゼ嬢は次の瞬間、少しだけしょんぼりした。


「社交界に行くために、ダンスを私が手取り足取り教えたかったのですが……」

「……残念ですか?」

「少しだけ」


 素直すぎる。


 だが、その次にはぱっと顔を上げた。


「でも、さすがお姉様です!」


(……感情の上下がすごいな、やっぱり)


 私は内心で思いながら、表情には出さない。


 ルイーゼ嬢は勢いのまま、さらに次へ行った。


「では次はドレスを! 社交界用のドレスを見ましょう!」

「前にもらったものがありますが」


 私はあの「お姉様専用」ドレスを思い出して言った。


 だがルイーゼ嬢は、即座に首を振る。


「あれとは違うものです!」

「違うもの……」

「もっと煌びやかで美しいものを!」


 目が輝いている。

 もう止まらない目だ。


(任せるしかない)


 私は諦めた。

 諦めたが、一つだけ希望を挟む。


「……できれば、動きやすいものがいいです」


 ルイーゼ嬢が、にこっと笑った。


「動きやすくて、煌びやかで、美しいものを選びましょう!」


(全部盛りだ)


 私は小さくため息を吐いた。


 けれど――悪くない、とも思ってしまう。


 社交界は嫌いだ。空気が重い。視線が刺さる。息が詰まる。


 でも、ルイーゼ嬢と一緒なら。

 たぶん、少しだけ違う。


(……本当に、よくわからない人生だ)


 まさか自分が社交界に令嬢側で参加することになるとは。


 でも、今は……それが少しだけ、楽しい。


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