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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第18話 ノアール、惚れる


 ――ノアール・レイモンドは、最近のリュシアを好意的に見ていた。


 ここ最近の彼女は、強さ以外の部分が目に入るようになっていた。


(住居を借りて、食事を楽しむようになって……人間らしくなった)


 言い方がひどいのは自覚している。

 しかし、前のリュシアは――とにかく「道具」みたいだった。


 仕事をして、鍛錬して、眠る。

 それだけで生きている。

 楽しむという行為が、彼女の生活に存在しないように見えた。


 今のリュシアは違う。

 家を持ち、朝にパンを食べ、美味しいと言って目を柔らかくする。

 変わった。確かに変わった。


 どうしていきなり変わったのかは、ノアールには分からない。

 けれど、その変化の一端に、自分が関わっていることだけは知っていた。


 住居選びを手伝った。

 物件を見て回り、家主と交渉し、鍵が渡される瞬間に彼女が微かに息を呑んだのを覚えている。


 そして、何度か一緒に食事に行った。


「これ、美味しい」

「この店は落ち着く……」


 そういう、生活の言葉が出る。


(まさか、リュシアとこんな時間を過ごせるとは)


 少し前までは思ってもいなかった時間だった。


 そしてついこの間、社交界で誘拐未遂事件が起きた。

 そして、リュシアが単独でローディア侯爵家の令嬢――ルイーゼを救ったと聞いた。


(さすがリュシアだな)


 思ったが――同時に、胸の奥が冷えた。


 あの夜、リュシアは一人で動いた。

 怪我がなくても、命が無事でも。

 もし少しでも判断が遅れていたら、もし犯人がもっと多かったら。


 そう考えると、腹の底がざわつく。


 リュシアは第二騎士団にいる。

 だが彼女は、過小評価されている。

 第一騎士団に入っても、勝てる者はほとんどいないだろう――ノアールはそう思っている。


 現に、彼は昔、見たことがある。


 ずいぶん前、騎士団の裏庭。

 昼の鍛錬が終わった後の、少し湿った土の匂いがする場所で。


 第二騎士団の若い騎士が三人、リュシアに絡んでいた。


『女のくせに調子に乗ってるんじゃねえぞ』

『どうせ身体を使って入ったんだろ』

『なんとか言ったらどうなんだ?』


 吐き捨てるような声。

 燻っている連中だが、実力は確かだったはずだ。


 ノアールは物陰から様子を見ていて、まずいと思った。


(止めに入るか……)


 そう考えて一歩踏み出しかけた瞬間。


 リュシアが、淡々と言った。


『話すだけ無駄だろう。私が違うと言えば、それを信じるのか?』


 煽りだった。

 本人に煽っている自覚は、たぶんない。

 ただ事実を問い返しただけだ。

 でも、絡んでいる側には、それが一番腹立つ。


『なんだと!?』

『生意気なんだよ!』


 三人が激昂して殴りかかる。


 次の瞬間。


 リュシアは、それをいなした。

 拳が空を切り、体勢が崩れ、膝が落ち、地面に転がる。

 殴り合いではない。ただの蹂躙だった。


『これで満足か? 私に関わるな』


 冷たい声でそれだけ言うと、男たちは悔しそうに歯噛みしながら去っていった。


 ノアールは、驚いた。

 リュシアが強いという噂は知っていた。

 だが、あの強さは噂の範囲を軽く超えていた。


 物陰から出て声をかけた。


『大丈夫だったか』


 リュシアは振り返り、淡々と答えた。


『全く問題ないです』


『……強いんだな』


 すると彼女は、まるで当然のように言う。


『彼らが弱かっただけです』


 歯に衣を着せぬ言い方。

 ノアールは思わず笑ってしまった。


 それからも、会うたびに会話をした。

 最初はリュシアも少し警戒していたように見えた。

 だが、ノアールが害を成さないと判断したのか、彼女は普通に話すようになった。


 貴族同士の会話には、いつも裏がある。

 令嬢との会話には、妙な気遣いが必要になる。


 人の好意も、警戒も、打算も、全部が薄い膜の下に隠れている。

 ノアールはそれに疲れていた。


 リュシアとの会話には、それがない。

 彼女の言葉は、彼女の言葉のまま出てくる。

 裏読みする必要がない。

 それが、彼にとって癒しだった。


 そして――あの日が来た。


 社交会で、ノアールが参加者として会場にいて、リュシアが警備についていた日。

 さすがに話せないな、とノアールは思いながらも、貴族たちの間を回っていた。


 突如、大きな物音。

 そちらを見ると、給仕が粗相をしてグラスを落としたらしい。

 床に散った破片。酒の匂い。新人なのか、可哀想なくらいに動揺している。


 周りの貴族は助けない。

 助けないどころか、嘲笑する。


『まあ、みっともない』

『教育がなっていませんわね』


 給仕が泣きそうな顔で膝をつく。


 その時――リュシアが来た。

 警備の持ち場を離れて。


 無言でしゃがみ、破片を拾い始めた。


(やめたほうがいいが……)


 ノアールは瞬間的にそう思った。


 悪目立ちする。彼女にとって良いことなど一つもない。

 むしろ、騎士として持ち場を離れたことで、減給される。注意される。


 それでも、彼女は助けた。


 翌日、ノアールはリュシアに聞いた。


『昨日のことだが……上に何か言われただろう』


 リュシアは淡々と頷いた。


『厳重注意されました。減給も』


『……なぜ助けに行ったんだ?』


 リュシアは、少しだけ首を傾げた。


『自分が助けたいと思っただけです』


 それだけ。理由はそれだけなのに、妙に胸に刺さった。


 その話をしていると、昨日助けられた給仕の女性が駆け寄ってきた。


『あの時は混乱して……! しっかりお礼を言えませんでした。ありがとうございました!』


 給仕は泣きそうなくらい笑っていた。


 リュシアは少し目を丸くしてから、静かに言った。


『いえ。お怪我はありませんか』


『ありません! 本当に……本当に助かりました!』


 深く頭を下げて去っていく。


 その背中を見送って、リュシアがぽつりと呟いた。


『あれほど熱烈にお礼を言われるのは……嬉しいですが、少し照れますね』


 そう言って、柔らかく笑った。


 その時――ノアールは自覚した。


(ああ。俺は、リュシアが好きなのか)


 笑顔。優しさ。

 そして、照れながらそれを隠そうともしない、不器用さ。


 それに惚れてしまった。



 ――そして数か月が過ぎ、今。


 ノアールは、王都の通りでふと足を止めた。

 用事を終え、馬車へ向かう途中だった。


 目に入ったのは、見覚えのある女性の姿。


「リュシア?」


 声をかける。


 振り返ったリュシアを見て、ノアールは――息が止まった。


 ドレス。細身のシンプルなもの。装飾は控えめなのに、彼女の線が綺麗に出ている。

 髪も整っている。

 いつもの騎士服でも、ラフな格好でもない。


(……綺麗すぎる)


 心臓が、ばかみたいに跳ねた。

 血が耳に集まっていくのがわかる。


 ノアールは自分の顔が赤くなるのを感じながら、必死に平静を装った。


 リュシアが不思議そうに首を傾げる。


「ノアール? どうした?」


 その一言で、ノアールははっと我に返った。

 自分が固まっていたことに気づき、恥ずかしくなる。


「……いや」


 言葉が出ない。

 出ないのに、視線は勝手に彼女を追う。

 ドレスの裾。肩の線。首元。髪の結び方。

 全部が、いつもと違うのに――リュシアだ。


「ドレスなんて珍しいな」


 思わずそう言うと、リュシアも困ったように笑う。


「そう、だな……やはり私には似合わないと思っているが」


 それを聞いた瞬間、ノアールの口が勝手に動いた。


「いや!」


 声が大きかった。自分でも驚いた。


 リュシアが目を丸くする。

 ノアールは慌てて咳払いをして、声の温度を落とした。


「……似合わないなんてことはない」


 言ってから、まだ足りないと思った。

 もっと正確に言わないと伝わらない。


 ノアールは息を整え、改めて言った。


「綺麗だよ、リュシア」


 空気が止まった。


 リュシアが一瞬、固まる。

 そして――ほんの少しだけ頬が赤くなったように見えた。


 彼女は視線を逸らし、ぼそっと返す。


「……そう、か。ありがとう」


 短い。でも、確かに届いた。

 ノアールの胸の奥が、じわっと熱くなった。


(今までで一番、見惚れた)


 そんな言葉は飲み込む。

 言ったら死ぬ。何が死ぬのかは分からないが、とにかく死ぬ。


 その横で、ルイーゼ・ローディアはにこやかに微笑んでいた。

 微笑みながら、心の中で呟く。


(あら、私は蚊帳の外ですわ)


 状況は読める。空気も読める。

 乙女小説の読者としても、ここで割り込むのは無粋だとわかる。


 だからルイーゼは、上品に一歩引いた。

 その胸に新たな炎を宿しながら。



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― 新着の感想 ―
ルイーゼがいい子でほんと屑達に誘拐されなくてよかった……。 はよ黒幕王子捕まれや。。 ノアールはヒーロー枠なんだろうけど、まだリュシアたんを任せるには力不足すぎて応援できない……。 リュシアたんの方が…
ルイーゼ様 仕事が出来すぎる! ニヤニヤしながら読みました〜
いつも楽しく読んでます! ルイーゼ様は自分たち読者視点のできる空気の読めるよい子です! ま、何かしてくれそうな雰囲気マシマシだけど、空回りしないように注意してね(笑)
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