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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第17話 まだまだお礼を


 食後の空気は、穏やかだった。


 皿は片づけられ、香草の香りと焼き菓子の甘さだけが微かに残った。

 ルイーゼ・ローディアは、その残り香の中でこっそりと息を整えた。


(……生きててよかった)


 表情に出したら終わるけど。何が終わるのかは分からないが、とにかく終わる。


 目の前には、リュシア・エルフェルトがいる。

 さっきまで料理を、真面目な顔で、でも少し目を柔らかくして食べていた女騎士。

 あの「美味しい」の一言が、ルイーゼの胸の中でまだ鳴っている。


(可愛い……可愛い……餌付けしたい……)


 何度も繰り返す思考を、貴族令嬢の矜持で押し戻す。

 今は落ち着け、ルイーゼ、と。


 リュシアがナプキンを畳み、静かに椅子から立ち上がった。


「では……お礼は受け取りましたので」


 淡々とした声。礼儀正しい。

 だが――帰ろうとしている。


 ルイーゼの心臓が、嫌な音を立てた。


(帰らないで)


 喉まで出かけた言葉を、彼女はぐっと飲み込む。代わりに、上品な笑みを貼り付けた。


「お、お待ちくださいませ、リュシア様」


 リュシアが足を止める。振り返る。


「……まだ何か?」


 ルイーゼは即答した。


「はい。まだまだ足りませんわ」


「足りない……?」


 困惑が混じる。


 ルイーゼは胸の前で手を組み、少しだけ身を乗り出した。


「だって、まだお昼ですもの」


「昼だから……?」


「はい。昼だからです」


 論理は崩れている。けれど勢いはある。

 勢いは正義だと乙女小説で学んだ。たぶん。


 リュシアは眉を寄せ、理性的に返す。


「私は十分にいただきました。食事も、とても美味しかったですし……」


「それだけでは足りません」


「……なぜ」


「私が足りないからです」


 正直に言ってしまった。

 けれど口から出た言葉は戻らない。


「……えっと、つまりですね」


 ルイーゼは咳払いをして、綺麗に整えた。


「私は、もっとちゃんと直接、感謝を伝えたいのです。今日一日――お時間をいただけませんか?」


 リュシアは視線を少し泳がせた。逃げ道を探している目だ。

 そんな表情も可愛い。


「今日は休日ですが……そこまでお世話になるわけには」


「世話ではありません。私の自己満足ですわ」


 ルイーゼは堂々と言い切った。

 リュシアが少し目を丸くする。


「自己満足……」


「はい。恩人に満足にお礼ができないなんて、私は気持ちが悪いのです」


 リュシアは、どこか困ったように口元を引き結んだ。

 拒否するべきだ、と分かっている顔だ。


「リュシア様、このあとのご予定は?」


 ルイーゼが問うと、リュシアは少し考えた。


「特にありません。鍛錬をしようかと思っていましたが」


 その瞬間、ルイーゼの心の中で花火が上がった。


(休日に鍛錬……! さすが……私の王子様……!)


 危ない。口に出すな。表情に出すな。


 ルイーゼは落ち着いた令嬢の声で言う。


「では今日は、私に時間をくださいませんか」


「……時間」


「はい。夕食までご一緒しましょう」


 リュシアの眉が上がる。


「夕食まで……?」


「ええ。貴族御用達の料理店にご案内します。私のおすすめで、とても美味しいんですよ」


 言った瞬間だった。

 リュシアの目が、ほんの少しだけ輝いた。


「……おすすめ」


 小さな声。


 ルイーゼは心の中で拳を握った。


(出た、食事好きの反応。わかりやすい。可愛い。好き)


 リュシアはすぐに理性を取り戻そうとする。顔を少し引き締めて。


「ですが、それは……さすがに」


「さすがに?」


「そこまでしていただくのは」


 ルイーゼは即座に押す。


「していただく、ではありません。してあげたい、です」


「……」


「私が」


「……」


「どうしても」


 リュシアが、負けた顔をした。

 ほんの少しだけ肩が落ちる。諦めの息。


「……では、夕食もご一緒させていただけたら」


 ルイーゼは、胸の中で派手にガッツポーズをした。

 表情は、上品に微笑むだけ。


「ええ! 決まりですわ」


 リュシアはまだ少し戸惑っている。しかし、口元が僅かに緩んでいる。

 それが、ルイーゼにとっては勝利の証だった。


「では、そのために」


 ルイーゼは、次の段階へ進む。


「ドレスに着替えましょう」


「……えっ」


 リュシアの声が裏返りかけた。

 ルイーゼは頷く。


「貴族御用達の料理店ですもの。今の格好では入れません」


 リュシアが自分の服を見下ろした。

 白シャツに黒のズボン。動きやすさ最優先の格好。

 清潔ではあるが、場違いなのは本人にも分かったのだろう。


「正装なら、騎士服で」


「それも駄目ですわ」


 ルイーゼはやんわり、しかし即断で切る。


「騎士服は『お仕事』の装いです。今日は『招待』ですもの」


「……でも、ドレスなんて」


「だから、服屋に行きましょう」


「……服屋」


「服屋です」


 ルイーゼは迷いなく立ち上がった。

 リュシアはつられて立ち上がり、少し遅れて自分が連行される側だと気づく。


「ほ、本当に行くのですか」


「はい」


「私に似合うものなど、ないと思いますが」


「あります、絶対に」


「……それに、ドレスなんて選んだことないので良し悪しがわかりませんし」


「私が選びますわ」


「……」


 リュシアが、短く息を吐いた。諦めたらしい。


 こうして二人は馬車に乗り、王都の一等地にある仕立て屋へ向かった。


 店の前は清潔で、窓ガラスが光を弾く。

 扉を開けると、香水と布の匂いが混じった空気が流れてきた。


「いらっしゃいませ、ローディア侯爵令嬢」


 店員が即座に頭を下げる。

 ルイーゼは軽く顎を引き、隣のリュシアを示した。


「こちらの方の装いを整えたいの。今夜の食事会用に」


 店員の視線がリュシアへ向く。


「かしこまりました」


 リュシアはその空気に気づかず、借りてきた猫のように固まっていた。

 背筋がまっすぐで、手がどこにも置けない。


「お好みはございますか?」


 店員が問う。リュシアは真面目に答える。


「……よくわかりません」


 ルイーゼがにこやかに引き取った。


「動きやすく、品があって、派手すぎないものを。彼女の雰囲気を壊さないように」


「承知しました」


 店員が布を選び、ドレスをいくつか運んでくる。


 ルイーゼはその中から、迷いなく一つを選んだ。

 細身のシンプルなドレス。フリルはない。装飾も最低限。

 だが布が良い。光を吸うように落ち着いていて、線が綺麗に出る。


「これがいいわ」


 リュシアがドレスを見て、固まった。


「……これを着るんですか」


「ええ」


「……どうやって」


「着替え室へ」


「……」


 リュシアは従った。従うしかない顔で。


 しばらくして。


 カーテンがわずかに揺れ、リュシアが姿を見せた。


 ルイーゼは、呼吸を忘れた。


(美しすぎる……!)


 胸が苦しい。視界がきらきらする。

 乙女小説の文字が、光景が、今、現実になっている。


 リュシアは鏡の前で落ち着かなさそうに肩を動かす。


「動きにくいですね」


「動けなくていいのです」


 ルイーゼは反射で言ってしまった。

 すぐに言い直す。


「いえ、違います。今日は戦場ではありませんもの」


 リュシアが眉を寄せる。


「戦場ではありませんが……落ち着かないです」


「それが普通ですわ」


 ルイーゼは胸の前で手を握りしめたいのを堪えながら、にこやかに頷く。


「でも、似合っています」


 リュシアは少し黙った。

 そして、ぼそっと。


「そう、ですか」


 照れているのか、困っているのか分からない顔。

 その顔がまた、ルイーゼを殺しに来る。


(私の王子様が……私のお姫様でもあった……?)


 意味がわからないのに、尊い。


 店を出る頃には、外はもう夕方の色に染まり始めていた。


 馬車の前で、ルイーゼは得意げに胸を張る。


「さあ、行きましょう。今夜は私のおすすめですわ」


 リュシアはまだどこか落ち着かない様子で、ドレスの裾を気にしている。

 しかし拒否はしない。受け入れている。


 馬車の扉へ手を伸ばした、その時だった。


「リュシア?」


 聞き覚えのある声が、後ろから落ちた。


 二人が同時に振り返る。


 そこにいたのは、ノアール――レイモンド伯爵家当主にして宮廷魔術師。


 いつも通り落ち着いた顔……のはずなのに。

 その目が、ほんの少しだけ見開かれていた。




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― 新着の感想 ―
 ライバル、いや、同担?
意味がわからないのに、尊い。 いえいえ、意味がわからないから、尊いのですよ、ルイーゼ様♪ そんなあなたが、大好きです! 転がされるリュシアもたまらん。 もらい事故で大コケしそうな宮廷魔術師も楽し…
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