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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第16話 乙女小説好きのルイーゼ


 ルイーゼ・ローディアは、乙女小説が好きだった。


 好き、という言葉では足りない。

 王国に存在するあらゆる乙女小説を読んできたと言っても、過言ではない。


 ローディア侯爵家の屋敷には、ルイーゼ専用の蔵書室がある。

 並んでいるのは、乙女小説ばかり――ではないはずなのに、彼女の棚だけは明らかに趣味が偏っていた。


 王国のものはもちろん、隣国のもの、さらに海の向こうの国のものまである。

 読めない言語の本もある。


 それでも、ルイーゼはそれを棚に並べる。

 読めないなら、読めるようになればいい。


 彼女は真面目な令嬢だった。語学の教師もつけた。

 しかし乙女小説のための語学という動機は、父に言ったことはない。


 だからルイーゼは胸の中で、秘密の誓いを立てる。


(死ぬまでに、全部読んでやる)


 その誓いは冗談ではない。ルイーゼは本気だった。


 そして――乙女小説が好きな彼女は、当然のように、現実でも「王子様」を求めた。

 小説の中の王子様は、ヒロインを救う。

 絶体絶命の暗闇を裂いて現れる。

 手を取って、安心させて、世界の残酷さから守ってくれる。


 だが現実の王子様は、そうではない。


 第一王子も、第二王子も、第三王子も。

 彼らは継承者争いの中にいて、目が常に計算で曇っている。

 笑顔の形だけ綺麗で、言葉が鋭い。


 何より――顔が、別に好きではない。


 第四王子はまだ小さすぎて、王子様というより弟か甥だ。


(いない……)


 ルイーゼは早い段階で理解していた。


 だから貴族令息の中にも、理想の王子様のような人を探した。

 舞踏会で踊る時。お茶会で隣に座る時。廊下ですれ違う時。


 けれど、誰もルイーゼのお眼鏡にかなう者はいなかった。


 むしろ、貴族社会の汚い部分をよく知るルイーゼは、だんだん思うようになった。


(……貴族令息に求めるのも、きついわね)


 彼らは、綺麗に見えるように育てられている。

 会話も上手い。身なりもいい。踊りもできる。


 でも――それが「本物」かどうかは別だ。


 ルイーゼは知っている。


 誰が誰の悪口を言っているか。

 誰が誰を利用しているか。

 誰が誰の弱みを握っているか。


 そして彼女自身も、その輪の中にいる。

 知らないふりをしながら、笑っている。


 だからこそ、分かってしまう。

 理想が高すぎる。現実にいない。

 たぶん、そういうことだ。


 だから彼女は、十八歳の今、思っていた。


(いないのは、しょうがない)


 小さい頃からの夢は叶わない。

 だいたいの大人が経験する。

 ルイーゼも、それはわかっている。


 ――わかっているはずだった。


 そんなある日。いつも通りの社交会があった。

 父と二人で参加する。


 侯爵令嬢ともなると、参加者のほとんどは顔見知りだ。

 全員と喋ったことがある。全員の名前を覚えている。

 挨拶の順番も、話題の地雷も、相手が欲しい言葉も――だいたい分かる。


 つまり、今日も目新しい発見はない。

 ルイーゼは微笑みながら、心の中で欠伸をしていた。


(今日も平和ね)


 そう思った瞬間だった。


 会場が、暗闇に落ちた。


「きゃっ!」

「何が――!」


 悲鳴が上がる。音楽が止まる。ガラスの揺れる音。


 ルイーゼも怖かった。

 彼女は無意識に、父がいたはずの方向に近寄ろうとした。

 父の袖を掴めば、安心できる。


 ――その瞬間。


 口を押さえられた。硬い手。息が塞がれる。

 声が出ない。叫べない。

 そして、身体が持ち上げられる。


(――誘拐……!)


 ルイーゼの頭は冷えた。

 怖いのに、冷える。


 抵抗しようとした。

 だが相手の力が強い。手足が自由にならない。

 暗闇の中で、彼女の細い腕は無力だった。


 運ばれる。人混みを抜ける。庭に出る。

 夜気が肌に触れた瞬間、ルイーゼは震えた。


(本当に、持っていかれる)


 塀を越えるために、彼女は投げられた。

 令嬢を扱う動きではない。荷物だ。

 外側で誰かが自分を受け止める。

 素早い。手際が良すぎる。


 そのまま馬車に詰められ、馬車が動き出す。

 車輪の音。馬の息。揺れ。


 怖かった。ただ怖かった。

 これからどうなるのか。殺されるのか。人質になるのか。

 震えが止まらない。


(こういう時、乙女小説なら――)


 助けが来る。王子様だったり、騎士様だったり。

 暗闇を切り裂いて、間に合ってくれる。


 でも現実は違う。

 会場には最低限の騎士しかいなかった。

 あれだけ手際よく攫われたのだ。誰かが気づくはずがない。

 追ってくるはずがない。


(怖い、怖い……王子様じゃなくてもいい、誰か、助けて……)


 ――その時だった。


 馬車の中に、突如、人影が降り立った。

 ドン、という着地音。


 次の瞬間、近くにいた男の声が途切れた。


 ルイーゼは息を呑む。

 猿轡を噛まされているから、息が苦しいのに、それでも息を呑む。


 そして、その人影と目が合った。


 青い髪が後頭部でまとめられている。

 星の光を拾うように、冷たく美しい色。

 瞳は蒼い。深くて、澄んでいて、迷いがない。


 端整な顔立ち。凛とした輪郭。


 そして――女性だとわかったのに。


(……この人だ)


 押さえられない高鳴り。

 喉の奥が熱くなる。


 その女性は、ルイーゼを見て、唇に指を当てた。

 静かに、という合図。


(かっこいい)


 頭の中で言葉が勝手に弾けた。

 一枚絵があったら買って飾る。というか今すぐに画師を呼んで書かせたい。

 本気でそう思った。


 女性は御者席へ向かい、そこにいた者も気絶させた。

 馬車が減速し、停まる。

 夜の静けさが戻る。


 そして、落ち着いた声がした。


「大丈夫ですか?」


 少し低い。冷静で、温度が一定。

 それが妙に安心をくれた。


 ルイーゼの理性が、最後の防波堤のように言う。


(騎士様だ。王子様じゃない)


 わかっている。わかっているのに。

 口から出たのは、別の言葉だった。


「私の王子様……!」


 猿轡を外された瞬間に、勝手に滑り落ちた。


 ――そして今。


 その「王子様」は、ローディア侯爵家の屋敷にいる。

 広い食堂に、料理人が作った料理が、次々に運ばれる。


 ルイーゼは向かいに座り、目の前の光景を噛みしめていた。


 リュシア・エルフェルト。

 自分を救った女騎士。


 彼女は今、料理を食べている。

 とても美味しそうに。

 真面目な顔で、でも少しだけ目が柔らかくなっている。


(私の王子様が……食べてる)


 そこに感動する自分がわからない。

 でも感動してしまう。


 リュシアは、ナイフとフォークの扱いがぎこちない。

 きっと慣れていないのだろう。

 それでも真剣に、道具と向き合っている。


 ルイーゼは思う。


(かっこよくもあり、可愛いなんて……!)


 胸が苦しい。息がふわふわする。

 乙女小説のヒロインって、こういう気持ちなのだろうか。


 ルイーゼは顔に出さないように、咳払いをした。

 貴族令嬢の訓練はこういう時に役に立つ。

 感情の暴走を、表情の内側に押し込める。


 リュシアが一口食べて、少しだけ目を丸くする。


「……美味しい」


 小さな呟き。

 それだけで、ルイーゼの心臓が跳ねた。


(可愛い……!)


 ルイーゼは内心で叫ぶ。

 しかし表情は崩さない。崩したら負けだ。

 何に負けるのかは分からないが、とにかく負けだ。


(理想は高すぎて、現実にはいないと思っていた)

(でも――いた)


 王子様は、王子じゃなかった。

 救ってくれたのは、女騎士だった。

 乙女小説の定型から外れているのに、胸の高鳴りだけは本物だ。


 ルイーゼはリュシアを見つめる。

 見惚れてしまうのを、ぎりぎりのところで抑えながら。


(私の王子様……)


 心の中で呼ぶ。

 声に出したら、また訂正される。

 それでもいい。訂正されても、呼びたい。


 目の前で、救ってくれた人が美味しそうに食べている。

 それだけで、彼女の世界は少しだけ綺麗になった気がした。



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― 新着の感想 ―
ルイーゼさんは素質があります ぜひお仲間を募って薄い本など作って お茶会という名目の頒布会を主催していただければ そのジャンルのサロンの盟主になれます さあ 書けるタイプと描けるタイプのご令嬢を捜索だ…
ルイーゼちゃん、良かったね!! 回帰前の悲惨さを想像すると、今がとても幸せそうでちょっと涙ぐんでしまう。
ルイーゼ嬢、いいキャラだわ(笑)
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