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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第14話 誘拐作戦の失敗


 第一王子アーヴィン・レグナードは、自室でワイングラスを傾けていた。

 窓の外には夜の王都。遠い灯りが、規則的に瞬いている。


 アーヴィンの口元には、満足の形があった。


(上手くいっているはずだ)


 今夜の社交界。

 あの会場が暗闇に落ちた瞬間、彼は確信した。


 仕込みは完璧だった――完璧に、してやった。


 第一騎士団の精鋭が入り込まないように根回しをした。

 警備に紛れ込ませた者も多い。自分の息がかかった者、金で動く者、弱みを握った者。


 そして誘拐に使った手駒は、ただのごろつきではない。

 暗闇の中でも動ける手練れ。

 失敗しないように、選び抜いた。


 会場が闇に沈んでから、アーヴィンは早々に退出した。


 その際――聞こえたのだ。


『娘はどこだ!? 私の娘はどこだ!』


 喉を裂くような男の叫び。

 ローディア侯爵の声。


(……っ)


 笑いがこみ上げて、危うく噴き出しそうになった。

 アーヴィンは口元を押さえ、咳払いで誤魔化した。


(娘想いの侯爵……いい顔をしていたな)


 ローディア侯爵は娘に甘い。

 それをアーヴィンは知っている。


 だからこそ「効く」。

 娘を盾にすれば、侯爵は必ず動く。


 第二王子の派閥を抜けさせることもできる。

 こちらの手下にすることもできる。


(いや、手下ではないな。『味方』だ)


 そう言えば聞こえはいい。

 実態は首根っこを掴むだけだが。


 アーヴィンはグラスを揺らし、赤い液体を見つめた。

 濃い香りが立つ。


(これで、流れが戻る)


 魔物掃討作戦の失敗。

 あの醜態は、上書きできる。


 誰もが結果しか見ない。

 ローディア侯爵さえこちらに付けば、社交界の空気は変わる。


 アーヴィンの胸の奥が、じわりと熱くなった。

 勝ちの味。


 それを確かめるように、グラスを口元へ――運ぼうとした時。


 扉が荒く叩かれた。


「殿下! 失礼いたします!」


 返事を待たずに、扉が開く。

 側近が飛び込んできた。顔色が青い。

 息が切れている。


 アーヴィンは、眉を上げた。

 この時間に、こんな顔で来る理由は限られる。


「何だ」


 声は低い。苛立ちが混じる。


 側近は一歩踏み出し、震える声で言った。


「大変です、殿下……!」

「だから、何だと聞いている」

「作戦が……失敗しました」


 アーヴィンの動きが止まった。


「……は?」


 間抜けな声が出た。

 自分でも驚くほど、現実感がない。


 側近は言い直すように続ける。


「ローディア侯爵令嬢の誘拐は……失敗です」


「……失敗?」


 アーヴィンはゆっくり立ち上がった。

 ワイングラスを握る指に力が入る。

 ガラスが軋みそうだった。


「馬鹿を言うな」


 声が冷たくなる。


「会場は闇になった。誘拐は成功したはずだろう。ローディア侯爵が叫んでいた。あれは何よりも、成功した証だ」


 側近が唇を噛んだ。


「確かに、会場から連れ出すところまでは成功しています。ですが、その後……」


「その後?」


 側近の肩がびくりと震えた。

 しかし逃げられない。報告を終えなければならない。


「……殿下。失敗の原因は――あの女騎士です」


 アーヴィンの眉がぴくりと動く。


「あの女騎士?」


「はい。あいつさえいなければ、作戦は成功していました」


 アーヴィンは、側近を睨んだ。


「……誰だ」


 側近が、言いづらそうに口を開く。


「第二騎士団の……リュシア・エルフェルトです」


 名前が出た瞬間、アーヴィンの腹の底が冷えた。


(リュシア)


 先日。訓練場で見た女。強いと噂の女。

 そして――自分の誘いを断った女。


「……なぜ、そいつが」


 声が低くなる。


 側近は急いで説明を始めた。


「最初からご報告いたします。会場を闇に落とし、侯爵令嬢を攫うところまでは予定通りでした。犯人は庭へ抜け、塀の外へ令嬢を受け渡しました。外側には待機の者がいました。令嬢を乗せた馬車も、そのまま会場から離れています」


「なら――成功だろうが」


 アーヴィンが吐き捨てる。


 側近は首を横に振った。


「……ところが。暗闇の会場で、リュシアが『令嬢が攫われた』ことに気づきました」


「気づいた?」


 アーヴィンの顔が歪む。


「見えるわけがないだろう。真っ暗だったはずだ」


「ですが、リュシアは追ってきました。庭で、手練れであるはずの三人を――一人で気絶させています」


 アーヴィンの喉が鳴った。

 側近の言葉を遮るように言いかけたが、側近が畳み掛ける。


「さらに、塀の外へ出て、馬車を追跡。身体能力を強化して走って追いつき、荷台に乗り込み――残りの二人も気絶させました。令嬢を救出し、会場へ戻っています」


 部屋の空気が、ひとつ凍った。


 側近の言葉が終わる。

 沈黙だけが落ちる。


 アーヴィンは、数秒――動けなかった。


(……ありえない)


 暗闇の中で、誘拐に気づく?

 こちらが用意した手練れを一人で?

 馬車に走って追いつく?


(意味が分からない)


 アーヴィンの手が震えた。


 次の瞬間――ワイングラスが宙を舞う。


「くそっ!!」


 ガラスが壁に叩きつけられ、砕けた。

 赤い液体が飛び散り、床を汚す。


 側近がびくりと身を縮める。


 アーヴィンは歯を食いしばった。


 胸の内に、別の熱が広がる。

 勝ちの熱ではない。


 苛立ちと屈辱と――失ったものへの執着の熱だ。


(あいつが……)


 あの時、訓練場で誘った。

 もっと強く、もっと甘く、もっと確実に――縛っておけばよかった。


 そうすれば、魔物掃討作戦も。

 あの場での醜態も。

 少なくとも、もっと違う形になっていたかもしれない。


(俺のものになるはずだった)


 思考が勝手にそう言う。


 手に入れられた駒。

 強い駒。従うべき駒。


 それを逃した。

 そして今、その逃した駒に――自分の計画を潰された。


(……ふざけるな)


 アーヴィンの視線が鋭くなる。


 側近が恐る恐る口を開く。


「殿下……この件は、ローディア侯爵家が――」


「黙れ」


 短い一言で空気が止まる。

 側近の喉が鳴り、言葉が消えた。


 アーヴィンは窓際へ歩き、夜の王都を見下ろした。

 遠い灯りが、さっきよりも汚く見える。


 自分が掴みかけたはずの流れが、指の間から落ちていく。


(……リュシア)


 あの女。断った女。

 そして、奪った女。


 アーヴィンは笑った。

 しかしその笑みは、愉悦ではない。

 苛立ちと憎しみが混じった、ねじれた笑みだ。


「……俺の計画を邪魔した報いは、必ず払わせる」


 側近たちが息を呑む。


 アーヴィンの破滅は、まだ静かだ。

 けれど確実に、始まりの線を越えていた。


 ――それを、本人だけが理解していないまま。




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