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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第13話 取り調べと王子?


「私の王子様……!」


「……ん?」


 いや。王子じゃない。

 ただの第二騎士団の騎士だ。


 私は言い直そうとして――ふと、会場の混乱を思い出した。

 今は説明に時間を使うべきじゃない。


「私は王子ではありません……騎士です」


 令嬢は猿轡の跡の残る唇を押さえながら、真面目な顔で頷いた。


「はい、わかっております。でも……」

「でも?」

「今は、そう呼ばせてください」


 意味が分からない。

 分からないが、怯えて泣き叫ぶよりはずっといい。


(この人、怖くないのか……?)


 私は手早く縄の結び目を確かめ、手首から順にほどいた。

 固く縛られていて、指先が赤い。


「痛みますか」

「大丈夫ですわ。……それより」

「それより?」


 令嬢は、顔を上げて私を見た。

 暗いのに、その目はやっぱり光っている。


「あなたの名前を……」


(今それを聞くのか)


 私は一瞬だけ言葉に詰まった。

 でも、名を名乗るくらいならできる。


「リュシアです」

「リュシア様……!」


 ただの騎士だから様はいらない、と言いかけて止めた。

 今は余計なやり取りを増やしたくない。


「ここに長くいるのは危険です。会場に戻ります」


 私は御者席へ戻り、馬を落ち着かせるように手綱を引いた。

 馬車を反転させ、会場へ向かう。


 途中で、倒した御者と荷台の男の様子を確認する。

 息はある、脈も問題ない。気絶させただけだ。


(……これで、回帰前の後悔は一つ消える)


 そう思った瞬間、胸が少しだけ軽くなった。


 会場に戻る頃には、灯りは復旧していた。

 騎士たちが走り回り、貴族が騒ぎ、泣き声が混じる。


 私は馬車を目立たない位置に寄せ、令嬢を降ろした。

 足がふらつくのを見て、支えようとして手を止める。

 不用意に触れていいのかわからない。


「歩けますか」

「はい……ありがとうございます」


 令嬢は気丈に頷いた。

 そして、私の袖を掴むでもなく、ただ隣に立った。


 会場の入口付近にいた騎士に声をかける。


「誘拐未遂です。令嬢を保護してください。犯人は複数。塀の外に仲間がいます。馬車で逃走――私が止めました」


 騎士が目を剥いた。


「……は? い、いま……馬車?」


「後で説明します。とにかく、令嬢を安全な部屋へ」


 騎士は混乱しながらも、令嬢を見て顔色を変えた。


「ローディア侯爵家の……!」


 ローディア、侯爵家。

 その名で、周囲の騎士の空気が一段変わった。


(大物だな……)


 騎士たちは令嬢を囲み、守るように動いた。

 令嬢は最後にもう一度だけ私を見る。


 そして、小さく、熱のこもった声で言った。


「……後で、必ずお礼を」


 私は頷くしかなかった。


 その後は、あっという間だった。

 捕まえた男たちの回収。


 塀の内側の三人は、私が倒した場所にそのまま転がっている。

 追加の騎士が駆けつけ、拘束して運ぶ。


 馬車の御者と荷台の男も同じく。

 応援が来るまでの間、私は会場周辺の警戒を続けた。


 そして――警備の持ち場を離れ、単独行動をした件で、私は取調室に呼ばれた。


 取調室は、無駄に静かだった。

 壁は石で、灯りは揺れない油灯。

 机と椅子があるだけ。


 私は椅子に座り、背筋を伸ばしたまま待った。


(……懲罰だろうか)


 持ち場を離れた。単独で突っ走った。

 本来なら、命令違反で減給か、最悪、謹慎。


 でも、呼ばれたのは取調室。牢じゃない。


(取り調べで済む、のか?)


 扉が開き、騎士が二人入ってきた。

 階級章を見ると、私より上だ。

 一人は書類を持っている。


「第二騎士団、リュシア・エルフェルトだな」

「はい」

「今日の件について確認する。なぜ持ち場を離れた」


 単刀直入だ。私は正直に答える。


「会場が暗闇になった時、令嬢が攫われたのがわかったからです」


 片方の騎士が眉を寄せる。


「……なぜ攫われたとわかった?」


「口を塞がれた音がしました。叫びかけた声が途中で潰れたので」


 二人が顔を見合わせる。

 書類の騎士が、信じられないものを見る目で言った。


「待て。そんな音が聞こえたのか?」

「はい」

「そんな小さな音、あれだけ混乱していた状況で聞こえるわけがないだろう」


 私は少しだけ首を傾げた。


(聞こえるが……)


「聞こえますよ。集中すれば」


 騎士の片方が、思わず言葉を失った。


「……集中、すれば?」

「はい」


 書類の騎士が低い声で聞く。


「……そういうものなのか?」

「はい」


 私の返事は淡々としていたと思う。

 実際、そうとしか言えない。


 幼い頃、孤児院で生き残るために、周囲の気配に敏感になる必要があった。

 騎士になってからは、もっとだ。


 戦場では、見えない刃が飛ぶ。

 聞こえる音が命綱になる。


 騎士はこめかみを押さえた。


「……で。誰にも共有せず単独で追った理由は?」


「私しか気づいていませんでした。暗闇の中で連携するには、犯人の足音の方向を即座に伝える必要がある。でも混乱で声が通らない。伝わったとしても、誰が動くか決まっていない。時間がかかります」


「だから、一人で?」


「はい。私が追うのが最善でした」


 別の騎士が、机を指で叩いた。


「庭で三人倒した、と報告がある」

「はい。剣は抜いていません。柄で気絶させました」

「……その後、馬車に追いついた?」


 また眉が上がる。


「はい」

「どうやって?」

「走ってです」


 空気が止まった。


「……走って?」

「はい」


 騎士が、乾いた息を吐く。


「……そうか」


 その目が言っていた。

 ――なんだこの化け物は、と。


(慣れている)


 私はそれを気にしない。

 以前はもっと露骨な目で見られていた。

 女なのに、平民なのに、化け物じみた強さだ、と。


 書類の騎士が確認する。


「誘拐犯は計五名。お前が気絶させた。ローディア侯爵家の令嬢は無事。……怪我は?」

「ありません」

「……わかった。今日はここまでだ。持ち場を離れた件の処分は、上が判断する」

「はい」


 私は立ち上がり、一礼した。


(思ったより、短い)


 扉が開いた。廊下の空気がひんやりしている。


 そして――廊下の壁にもたれるようにして立っている男がいた。

 ノアールだった。


 私を見つけると、すぐ歩み寄ってくる。


「リュシア。大丈夫か」

「ええ。取り調べだけだったから」

「怪我は」

「ないけど」


 ノアールは、息を吐いた。

 それが、安心の息だと分かる。


「……一人で誘拐犯を追ったって聞いた。心配したぞ」


 心配……その言葉が、胸の奥で引っかかった。


(私が、心配される?)


 回帰前、私は「便利な剣」だった。

 今思うと、壊れても替えが効く道具みたいに扱われていた。

 心配されるなんて、覚えがない。


 違和感がある。

 でも、それ以上に、嬉しい。


「……心配してくれて、ありがとう」


 言った瞬間、ノアールが視線を逸らした。


「……まあ、当然だろ」


 短い返事で、妙に照れ臭そうな声。


 私はなぜか少し笑いそうになって、咳払いで誤魔化した。


 一緒に騎士団本部の廊下を並んで歩く。

 外はもう夜が深い。


「しかし、さすがリュシアだな。無傷で誘拐犯を気絶させて、ルイーゼ嬢を救い出すとは」


「ルイーゼ嬢……?」


 私は聞き返した。


「……誰?」


 ノアールが足を止めかけた。


「なんだ。自分が助けた令嬢の名前を知らなかったのか?」


「……聞く暇がなかったから。猿轡を外して、会場に戻すので精一杯で」


「そりゃそうだが」


 ノアールは呆れたように笑って、言った。


「ルイーゼ・ローディア嬢。ローディア侯爵家のご令嬢だ」


「そうなんだ」


 ノアールが頷く。


「そうなんだ、じゃない。助けた相手がどれほど大事か分かってるか? 下手をすれば政治の火種になる」

「……火種」

「そう。誘拐事件は、ただの犯罪じゃ済まない」


 私は黙って頷いた。

 回帰前、嫌というほど見た。


 そして、ふと、令嬢の言葉を思い出す。


『私の王子様』


 私は歩きながら首を傾げた。


「ノアール」

「ん?」

「私って、王子の誰かに似ている?」


「はっ?」


 ノアールが変な声を出した。


「リュシアが王子と? いや、第一はもちろん、第二王子も第三王子にも似ていないが。第四王子はまだ小さいし」


「そうだよね」

「なんでだ?」


「……ルイーゼ嬢に、王子様って言われたから」


 ノアールの眉がぴくりと動いた。


「……は?」


「私に似ている人がいて、見間違えたのかと思った」


「なんだそれ。なぜルイーゼ嬢はリュシアのことを王子と?」


「知らない」


 ノアールは、しばらく黙った。

 そして、諦めたように言った。


「……まあそうだよな」


 そんな会話をしながら、本部の門を出た。

 外は冷たい夜気。


 しばらく歩くと、門の前に――豪華な馬車が停まっていた。


(こんな時間に?)


 漆黒の車体に金の装飾。家紋のような紋がある。


 扉が開き、誰かが降りた。

 そして、こちらへ駆け寄ってくる。


「王子様!」


 私は反射的に足を止めた。


「……?」


 近づいてきた顔を見て、理解する。


(あの令嬢だ)


 ローディア侯爵家の令嬢。

 ルイーゼ。


 昼間は猿轡で顔色も悪かったのに、今は頬に血が戻っている。

 それでも、目の輝きだけは変わらない。

 いや、増している気さえする。


「お待ちしておりました! 先ほどは本当にありがとうございました!」


 息が弾んでいる。


 私は困った。

 お礼を言われるのは慣れていない。

 まして、貴族の令嬢に。


「仕事をしたまでです」


 そう返すと、ルイーゼが両手を胸の前で握りしめた。


「素敵……!」


「……?」


 素敵? 何が?


 私はさらに困って、念のため訂正する。


「あと、私は王子様ではありません」


「あっ、そうですね! 失礼しました!」


 ルイーゼは頬を染めて、でも勢いは止まらない。


「私の妄想の……失礼、私の理想の王子様にぴったりな方で、つい……!」


(妄想)


 今、妄想と言った。


 ノアールが横で、小さく肩を震わせた気配がした。

 笑いを堪えているのかもしれない。


 私は真面目に確認する。


「私は……男性ではなく女性ですが……」


 ルイーゼは一拍も置かず、きっぱり言った。


「いえ、私の理想には関係ありません!」


 そして、目をさらに輝かせる。


「むしろ女性だからいい……!」


「はぁ……」


 私は思わず変な声が出た。


(何を言っているんだ、この令嬢は)


 困惑しているのに、不思議と嫌悪はない。

 ただ、理解が追いつかない。


 ルイーゼは、はっとして姿勢を正した。


「あっ……お疲れのところ失礼しました。今日はせめてお礼の言葉だけでもと思い、待っておりましたの」


 優雅に息を整え、貴族の令嬢の顔に戻る。


「後日、正式にお礼をしたいと思いますので……今日は失礼しますわ」


 そう言って、優雅に一礼した。


 そして、くるりと踵を返す。

 侍女らしい影がすぐ寄り添い、馬車の扉が開く。


 ルイーゼは乗り込む直前、こちらを振り返って小さく手を振った。


 ……王子様、と口の形が動いた気がしたが、気のせいにする。


 馬車が動き出し、夜の通りへ消えていった。


 私はその後ろ姿を見送り、ようやく息を吐いた。


「……よくわからない」


 隣で、ノアールが咳払いをした。


「同感だ」


 どこか疲れた声なのに、笑いが混じっている。


 私は夜空を見上げる。


(でも、助けられてよかった)


 それだけは本当だ。

 令嬢が無事で、誘拐犯も捕まった。

 回帰前の心残りは、少しだけ形を変えて、終わった。


 私はノアールの方を見る。


「帰ろう」

「ああ。送るぞ」

「怪我がないから普通に帰れるけど」

「そういう意味じゃない」


 ノアールが、少しだけ早足になる。

 私を送るという固い意志を示すように。


 私は、その背中を見ながら思った。


(今日は、よくわからないことばかりだ)


 でも――悪くない。


 夜の道を歩く足取りは、少しだけ軽かった。



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とりあえず助けたお嬢さんがヤバいやつではなさそうでホッとした笑 2回目この子が幸せになれますように……!
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