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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第10話 新居に住み始めて


 新しい家に住んで、二週間ほどが経った。

 最初の数日は、正直、落ち着かなかった。


 家というものは、ただ寝る場所が変わるだけじゃない。

 物の位置が変わる。音が変わる。匂いが変わる。


 私は必要なものを買い足し、家具を運び、配置して――それだけで時間が溶けた。

 力はある方だと思う。騎士団の男よりも力が強かったりもする。

 大きな棚も、椅子も簡単に運べる。

 でも、運べるのと「上手く配置できる」は別だった。


(……暮らすって、難しいな)


 寮は、最初から完成されていた。

 机と椅子と寝台とタンス。


 今の家は違う。

 自分で形を作らないといけない。


 それが面倒で――それ以上に、少しだけ楽しい。


 そして、二週間。

 ようやく生活の形が落ち着いてきた。


 朝。二階の寝室で目が覚め、私は寝台から降りる。

 窓の外は明るい。鳥の声が聞こえる。

 寮にはなかった音だ。


 階段を降りて一階へ。

 居間を抜けると、台所から小さな音がする。

 鍋の蓋が触れる音。皿が重なる音。

 そして――匂い。

 焼いたパンの香りと、温かいスープの匂い。


 台所に立っていたのは、一人の女性だった。


 ダリナ。ノアールの伯爵家から来ているメイドだ。

 少し歳が上で、茶髪のロング。

 落ち着いた雰囲気で、いつも口元に柔らかな笑みがある。


 私は声をかけた。


「ダリナさん、おはようございます」


 彼女は振り返り、丁寧に一礼した。


「おはようございます、リュシア様」


 私は眉を寄せる。


「……様は不要です。何度も言いましたよね」


 ダリナは困ったように笑うだけだ。


「雇用主ですので。外すわけには参りません」

「雇用主って……私は、ただの平民なんですが」

「今は、私の雇用主でございます」


 あっさり言い切られて、私は言葉を飲み込む。


 テーブルには、朝食が並んでいた。

 焼きたてのパン。香草の香るスープ。卵料理。

 そして、何か小さな果物まで。


(……美味しそうだ)


 まだ慣れない。

 寮では手でちぎって食べるパンだったのに。


 ひと口食べて、息が漏れた。


「……美味しい」


 ダリナが嬉しそうに微笑む。


「良かったです。今日は少し軽めにしました。お仕事前ですから」

「軽めでこれですか」

「はい」


 断言された。

 軽めの基準が違う。まあでも美味しいから食べられる。


 私は朝食を食べながら、台所の隅に置かれた包みを見る。

 お弁当だ。


 ダリナは週二回来る。

 その二回で、私の「毎日分」の弁当まで作ってくれる。

 しかも掃除や洗濯まで。


 床が綺麗になり、窓が拭かれ、布類も整えられる。

 私はそのたびに礼を言うのだが、ダリナはいつも同じ答えを返す。


「これが仕事ですので」


 朝食を終え、私は立ち上がった。

 着替えて、騎士団へ行く準備をする。


 今日はいつも通りの鍛錬と巡回――それに夕方から社交会の警備が入っている。


 居間で外套を手に取った時だった。


「リュシア様」


 背後から声がして、私は振り返った。

 ダリナが、穏やかに手を挙げている。


「髪を整えさせてください」

「……髪か」


 私は無意識に自分の髪を触った。

 いつも通り、まとめているはずだ。

 邪魔にならないように。


 ダリナは微笑みを崩さない。


「はい。今日も結び直しましょう」

「自分でできますが」

「できます、の基準が低いです」


 低いのか? よくわからない。

 だがダリナは、笑っているのに妙に逆らいにくい。


 二週間前を思い出す。

 髪が伸びたから、いつも通りナイフで肩口あたりまで適当に切ろうとした。

 その時、ダリナは笑顔だった。

 笑顔なのに――怖かった。


『リュシア様。ナイフを、置いて、ください』


 優しい声で、逃げ道を塞がれる感じ。

 私は黙ってナイフを置いた。


 それ以来、髪はダリナに任せている。

 切ってもらい、結んでもらう。


 今日も、後頭部で一つにまとめて垂らしてくれた。

 簡単なはずなのに、仕上がりが全然違う。

 まとまりが良く、ほどけない。

 そして――なんだか、雰囲気が変わる。


(……不思議だ)


 邪魔にもならない。実用的なのに、綺麗だ。


「ありがとうございました」


 私が言うと、ダリナは嬉しそうに言った。


「いえ。綺麗な人の髪を結ぶのは楽しいですから」

「……綺麗?」


 私は思わず聞き返した。

 ダリナに髪が綺麗だと言われたことはある。

 でも今のは、髪じゃない。


 ダリナは当然のように頷いた。


「リュシア様は、とても綺麗ですよ」


 胸が、少しだけ熱くなった。

 頬がじわっとする。

 こういう言葉に、慣れていない。


「……ありがとうございます。初めて言われました」


 言った瞬間、ダリナの目が丸くなった。


「まあ。初めて?」

「はい」

「本当に?」

「本当に」


 ダリナは一拍置いてから、少し呆れたように笑った。


「ノアール様にも言われたこと、ないんですか?」

「ノアールにですか? ……ないですね」


 答えると、ダリナがふっと遠い目をした。


「……そうですか。旦那様も意気地なしですね」

「意気地なし?」


 私は首を傾げた。

 ノアールが意気地なし?

 あの人が?


「ノアールは意気地なしじゃないと思いますが」


 私が真面目に言うと、ダリナは嬉しそうに微笑んだ。


「失礼しました。リュシア様にそう言われると知ったら、旦那様は喜ぶと思います」

「……そうなんですか」


 よくわからない。

 でもダリナが妙に楽しそうなので、それ以上は聞かない。


 玄関で靴を履き、私は外へ出た。

 ダリナが扉のところまで来て、一礼する。


「いってらっしゃいませ、リュシア様」

「……行ってきます」


 見送られるという行為も、私は初めてだった。

 寮では、誰もそんなことをしない。

 でも――温かい。

 なんだか背中に柔らかいものが残るようだ。


 私は騎士団本部へ向かって歩き出した。


 午前は鍛錬。昼過ぎには巡回。

 王城周辺、貴族街の見回り。


 いつも通りの仕事。変わらない。

 ……はずなのに。


(視線が多い)


 最近、また騎士たちの視線を浴びるようになった気がする。

 敵意ではない。侮辱でもない。

 もっと別の、よくわからない種類。


 害はないから、とりあえず無視しているが。


 昼食の時間になり、私は食堂へ向かった。

 廊下を曲がったところで、声がかかった。


「なあ、リュシア」


 振り返ると、男の騎士が立っていた。

 見覚えは薄い。第二騎士団の者だろうか。


 彼は少し落ち着かない様子で、視線を泳がせながら言った。


「最近、寮生活をやめたらしいが……どこに住んでるんだ?」


 私は眉を寄せた。


「……なぜそんなことを聞く?」

「そ、それは……」


 男は言葉に詰まり、視線を逸らした。


 その時だった。


「どうした?」


 背後から、知っている声。

 私は振り返ると、ノアールが立っていた。


 男の騎士は一瞬で青くなった。


「ノ、ノアール様……!」


 ノアールの視線が男に向く。

 睨む、というほど露骨ではない。

 けれど空気が冷える。


「何かリュシアに用か?」

「い、いえ! なんでもありません! 失礼します!」


 男は一礼して、逃げるように去っていった。

 宮廷魔術師のノアールは有名人のようだった。


 私はその背中を見送り、ノアールを見る。


「……何だったんだ?」


 ノアールは小さく息を吐いた。


「何かされたか?」

「何も。どこに住んでいるか聞かれただけ」

「それに答えたのか?」

「答えていない。なぜ聞くのかと問い返したら、何も言わなかっただけ」


 ノアールの眉がわずかに寄る。


「……そうか。やはり心配だな」

「心配?」


 ノアールは私の髪をちらりと見てから、目線を戻した。


「リュシアがちょっと容姿を整えただけで、色目を使ってくる奴らだ」

「色目……?」


 言葉の意味は知っている。

 でも、それが自分に向くものだとは思えない。

 私は首を傾げた。


 ノアールが、少しだけ言いづらそうに言う。


「……つまり」


 一拍置く。


「リュシアが綺麗だから、話しかけてきたってことだよ」

「……綺麗?」


 さっきダリナにも言われた言葉だ。

 今日、二回目。


 私は思わず聞き返した。


「ノアールも、私のことを綺麗だと思っているの?」


 言った瞬間、ノアールが固まった。

 完全に、動きが止まる。目だけが瞬いている。


「……」


 そして、耳が赤くなった。

 なんだかわかりやすい。


「……まあ、うん。綺麗だとは思ってるよ」


 絞り出すような声。

 私は、その返事を聞いて胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


 するとノアールは、はっとしたように続けた。


「いや、あいつらみたいに『容姿を整えたから』とかじゃなくて……前から綺麗だと思っていたぞ?」


 言い方が早口になる。


「いや、それもちょっと違うか……いや、綺麗だとは思っていたんだが、なんか言い訳じみてて……」


 ノアールは自分で自分に混乱している。

 珍しい。


 私は少しだけ口元を緩めた。

 綺麗と言われて、嬉しい。


 私は素直に言う。


「ありがとう、ノアール」


 そして、ふと思い出した。


「私もノアールのこと、意気地なしじゃないと思っているよ」


 ノアールが瞬きを止めた。


「……ん? どういうことだ?」

「えっと。ダリナさんが、そう言えばノアールは喜ぶって言っていたから」

「……ダリナが?」


 ノアールは眉間を押さえた。


「よくわからないが……あとでダリナに聞いておこう」

「うん」


 私は頷いた。

 よくわからないことが多い一日だ。

 でも、不思議と嫌じゃない。


 ノアールが隣を歩いている。

 それだけで、少し落ち着くのが自分でも不思議だった。


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