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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第1話 最強女騎士は裏切られて、回帰する



(私はこれから、死ぬのか)


 処刑台へ続く階段は、思ったよりも高かった。


 処刑場は広かった。

 見物人が多い。貴族も、平民も混じっている。


 誰もが「罪人」を見に来ている。


 処刑台の上には、執行人が立っていた。

 その刀身が、薄い光を反射しているのが見えた。


 私は最後の一段を踏み、台の上へ上がる。


「罪人、リュシア・エルフェルト」


 執行人の声は低く、感情がない。


 私は、黙って前を見た。

 前を見るしかなかった。


「これより罪状を読み上げる」


 紙の擦れる音。


 場が静かになる。

 人々の呼吸が、ひとつの塊になったみたいに止まる。


「第一、王太子アーヴィン・レグナード殿下の殺害を企てた罪」


 ……身に覚えがない。


 私は一度も、あの男を殺そうと思ったことはない。

 少なくとも、今日ここへ連れて来られるまで――私は。


「第二、王国の中枢たる人物を暗殺し、治安を乱した罪」


 ……身に覚えが、ある。

 ただし、今ではない。


 数年前だ。

 まだ私は、彼の剣として最もよく動いていた頃。


 そしてそれは、私の独断じゃない。

 ――指示したのは、アーヴィン王太子本人だ。


「第三、国家機密を外部へ流出させた罪」


 知らない。


 私が知っている機密は、彼の命令で守ったものばかりだ。

 流す理由がない。流す相手もいない。


「第四、反逆の意志を持ち、騎士団の秩序を乱した罪」


 反逆?


 私は誰よりも命令に従った。

 誰よりも剣を振った。誰よりも、血を浴びた。


 その私が、反逆?


 執行人の読み上げは淡々と続く。


「以上の罪状により、リュシア・エルフェルトを死刑に処す」


 その宣言と同時に、ざわめきが戻った。

 興奮した声や、罵声。


 誰かが「当然だ」と吐き捨てるのが聞こえた。


 ふと、視線が引き上げられるような感覚がした。

 私は無意識に顔を上げてしまう。


 処刑台を見下ろすように設えられた高台。

 そこに、男がいた。


 アーヴィン・レグナード。

 王太子。

 そして――私が忠誠を誓った相手。


 金髪は整えられ、衣装は完璧で、表情は穏やか。

 まるで、正しい裁きを見届ける王族そのものだった。


 その隣に控える側近たちも同じ顔をしている。

 誰もが「当然の結末」を見ている目だ。


 ……なぜ。

 なぜ、私はこの男に……忠誠を誓ったのか。


 忠誠を誓ったのは、五年前だ。


『――平民のくせに、よく騎士団に入れたな』

『女のくせに、剣を握るなよ』

『どうせ飾りだ。すぐ辞める』


 騎士団に入りたての頃。

 私は、ずっとそう言われていた。


 最初は無視した。

 無視するのが一番楽だと知っていたから。


 声に反応すれば、相手は喜ぶ。

 だから私は、剣だけを見た。


 小さい頃から、ただ鍛錬に明け暮れた日々だった。


 結果、私に勝てる者は少なくなった。

 新兵ではもちろん、長年団にいる熟練の騎士でさえ、私より強い者はそういなかった。


『……あいつ、化け物だろ』

『女のくせに、強すぎる』

『平民のくせに、生意気だ』


 噂は膨らんだ。

 悪意も、羨望も混ざって。


 そして――それを聞きつけたのか。


 ある日、騎士団の詰所がざわついた。


『第一王子殿下がお見えだ』


 扉が開き、金髪の青年が入ってくる。


『リュシア・エルフェルト。いるか』

『……はい』


 私は前へ出て、膝をついた。

 礼法は最低限だけ知っていた。必死に思い出した。


 第一王子――アーヴィンは、私を上から下まで眺めた。

 その視線は、値踏みだった。


 でも当時の私は、それを「評価」だと勘違いした。


『噂は本当らしいな。女で、平民で、それでも剣が強い』

『……はい。努力はしてきました』


 声が震えないように、腹に力を入れた。


 すると彼は、口元だけで笑った。


『努力? 嫌いじゃない。だが俺が欲しいのは結果だ』


 すぐに、核心を言った。


『私の剣にならないか』


 その瞬間、心臓が跳ねた。

 ……理解が追いつかない。


 けれど胸の奥が熱くなった。

 これが救いだと、勝手に思ってしまった。


『私は……女で、平民です。殿下の剣など、恐れ多い……』

『それがどうした? 優秀なら問題ないだろう』


 その言葉が、私の胸に刺さった。

 刺さって、抜けなくなった。


 生まれを理由に否定され続けた私にとって、あれは――。


『……はい。殿下に忠誠を誓います』


 私がそう言ったとき、アーヴィンは満足そうに頷いた。


『いい。では試してみろ』


 直後の魔物掃討作戦。

 それは、騎士団の名を上げる場だった。


 私は前へ出て、剣を振るった。

 血が飛び、泥が跳ね、魔物が倒れる。


 一体、二体、十体。


 仲間が退く場面で、私だけが前へ出た。


 そして作戦は成功した。


『……見事だ、リュシア』


 作戦後。

 彼は私の肩に手を置いた。


『今日からお前は、俺の近衛だ』


 周囲の騎士がざわめき、嫉妬と恐れが混ざった目を向けてくる。

 私はそれさえ誇らしかった。


 私の価値が、剣で証明された気がしたから。


 それからの私は――。


 働きに働いた。


 警護は当たり前、常に彼の背後にいた。

 命令があれば、どこへでも。


 戦争では勝利を。


 政敵が多い彼のために、暗殺もした。

 夜に動き、誰にも見られず、息を止める。


 重要人物と呼ばれた者も、私の剣で倒れた。


 そのたびに、彼は言った。


『よくやった。お前は俺の剣だ』


 私は疑わなかった。

 彼が正義だと思った。


 彼が王になることが国のためだと信じた。

 信じたかった、のかもしれない。


 信じることでしか、自分のやっていることを正当化できなかったから。


 ただ一つ……断ったことがある。


 夜、彼の部屋に呼ばれ、扉が閉まる。


『リュシア。お前も女だろう。剣だけではつまらない』


 彼の手が伸びる。

 私は一歩引いた。


『……私は殿下の剣として生きます』


 彼は一瞬だけ目を細めたが、すぐに笑った。


『……わかった。お前はそういう女だったな』


 その時の私は、納得したのだと思っていた。

 ――甘かったのだ。


 現実へ引き戻される。


 処刑台、高台にいるアーヴィン。


 私の視線に気づいたのか、彼は微笑んだ。

 まるで哀れむように。

 まるで「仕方ない」と言うように。


 そして、牢屋での言葉が蘇る。


 処刑場へ連れて来られる前。


 薄暗い牢で扉が開き、彼が入ってきた。


『……殿下』


 アーヴィンは、檻の外から私を見下ろして言った。


『お前は強すぎた。それに、俺の言うことを聞かない女はいらない』


 その言葉だけで、胸の奥が冷えた。


 私は何か言おうとした。

 でも言葉が見つからなかった。


『もともと本当は嫌だったんだ。平民で女を近衛騎士にするなんて。恥でしかない』


「……殿下」


 声が掠れる。


 彼は、吐き捨てるように言った。


『顔と身体が良いから遊んでやろうと思っていたが、最後までお前はつまらなかったな』


 ……ああ、そうか。


 これが本音なのか。


 復讐の炎は、上がらなかった。

 怒りも、燃えなかった。


 ただ、虚しかった。


 私は、何をしてきたのだろう。

 誰のために、剣を振ったのだろう。


 なぜ、こんな人間を信じたのだろう。


 もっと自分の人生を生きればよかった。

 それだけが、悔やまれた。


 処刑台の上、執行人が後ろへ回る。

 肩を押され、私は膝をつく。


 首を固定する木の枠が冷たい。


(終わるんだ)


 執行人が刀を構える気配。

 風を切る音が、かすかに聞こえた気がした。


 そして首に、痛みが来て――。



 世界が、ひっくり返った。


「――っ!」


 私は跳ね起きた。


 喉に手を当てて、首を撫でる。

 ……切れていない。血もない。痛みもない。


「はぁ、はぁ……」


 息が荒い。心臓が暴れている。

 汗が背中を伝う。


 私は、周囲を見渡した。


 天井が低い。窓も小さい。

 豪奢さはどこにもない、質素な部屋。


 ――騎士寮の部屋だ。


 私は、思わず口を開けた。


「……ここは」


 私はこの部屋を知っている。


 近衛騎士になる前。

 まだ、王太子の剣になる前。


 騎士団に入ったばかりの頃に、住んでいた寮の部屋だ。


 混乱したまま、私は鏡台へ向かう。


「……っ」


 あるはずの傷がない。

 頬の小さな古傷も、手の甲の裂けた痕も、薄い。


 若い、明らかに若い。


 視線を下げる。


 机の上に、日付の書かれた紙が置いてあった。

 訓練の予定表。


 私は指でなぞり、読み取る。


「……五年前?」


 声が裏返りそうになるのを、必死に押し殺した。


 ……そんな馬鹿な。

 でも目の前の現実が、それ以外を許さない。


 私は鏡を見つめたまま、ゆっくりと息を吸う。


 胸の奥の空虚さが、まだ残っている。

 処刑台の冷たさが、まだ皮膚に貼り付いている。


 執行人の刀が、まだ首の後ろにある気がする。


 ――なのに、私は生きている。


(まさか……回帰?)


 夢でもない、幻でもない。

 これは、「やり直し」なのか。


 私の口から、かすれた笑いが漏れそうになった。

 笑えるはずがないのに、笑ってしまいそうだった。


 だって――。


(私は、まだあいつの剣じゃない)


 五年前、あの男に拾われる前。

 何もかも、始まる前。


 私は、鏡の中の自分と目を合わせた。

 淡い銀青の目が、私を見返す。


 そこには怯えもある。混乱もある。


 けれど――。


(次は、違う)


 復讐なんてしない。

 燃やすほどの熱も、もう残っていない。


 ただ、関わらない。

 ただ、自分のために生きる。


 私は小さく呟いた。


「……私は、まだ死んでいない」



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