第9話 六角の落日(信長と天下を獲る――戦国タイムリープ日本統一記――/全100話完結)
永禄四年(1561年)春。
天下布武の旗の下、織田軍は近江へ進軍した。
目標は六角義賢・義治父子。観音寺城を拠点に近江を支配する名門佐々木氏の末裔だ。足利将軍家とも縁が深く、上洛の障壁となっている。
総勢八千。桶狭間の勝利と美濃平定で兵数は増え、鉄砲は七百挺に達していた。信長は自ら大将として出陣。俺は鉄砲隊の総指揮、光秀は調略と別働隊を任された。
出陣前、信長は軍議で宣言した。
「六角を落とせば、京は目の前だ。義輝将軍を支え、天下に織田の名を示す」
家臣たちは士気を高めたが、俺は知っていた。六角父子は老獪で、観音寺城は天然の要害。史実では信長は六角を調略で屈服させるが、直接対決は避けている。
だが今、俺たちの速攻が加われば、歴史は変わる。
近江の国境、和田山に着陣。
光秀の調略がまず効いた。
「六角家臣・蒲生氏郷の父、定秀が内応を約束しました。城内の不満は多い」
光秀の報告に、信長は満足げに頷いた。
俺は鉄砲隊を山裾に配置した。
「雨が降らなくても、三段撃ちで城壁を制圧します」
訓練の成果だ。隊員たちは火縄の扱いに慣れ、連射のタイミングを体得していた。
攻撃開始は夜明け。
まず、光秀の別働隊が城下を撹乱。火を放ち、六角軍の注意を散らす。
続いて、俺の鉄砲隊が前進。
――ドドドドン!
山に響く銃声。城壁の守備兵が次々と倒れる。六角の弓は距離が遠く、届かない。
「織田の雷武器だ!」
敵の混乱が伝わってくる。
信長の本隊が突撃。柴田勝家、佐々成政が先頭を切り、城門を攻める。
内応の蒲生定秀が裏門を開いた。
「今だ! 突入せよ!」
織田軍が城内に雪崩れ込む。
六角義賢は天守で抵抗したが、長くは持たなかった。義治と共に降伏を申し出た。
観音寺城は、一日で落ちた。
戦後、信長は六角父子を岐阜へ連行。領地は安堵したが、実質的に織田の傀儡とした。
「浩太、光秀、よくやった」
信長の褒美に、俺は新たな領地を与えられた。美濃の小領だが、初めての所領だ。
光秀も近江の一部を賜った。
祝宴の席で、光秀が俺に杯を向けた。
「浩太殿、あなたの鉄砲がなければ、こんな速攻はできなかった。お見事だ」
「光秀殿の調略があってこそです」
表面上は和やか。だが、俺の警戒は解けなかった。
宴の後、光秀が俺を城外の森に誘った。
月明かりの下、二人の影。
「浩太殿、殿の上洛は近い。だが、京には三好三人衆、松永久秀、さらには朝倉義景が控えている。容易ではない」
「知っています」
光秀は静かに続けた。
「殿は革新者だ。だが、古い世を壊すには、犠牲も多い。私は……その犠牲を減らしたい」
「どういう意味だ?」
光秀は俺をまっすぐ見た。
「あなたは殿を変えている。鉄砲、上洛の速さ……すべてが史書にない道だ。だが、殿が天下を取った後、どうなる? 戦乱は終わるのか?」
俺は答えられなかった。
光秀はため息をついた。
「私は、平和な世を望む。殿の天下布武が、ただの武の世にならぬよう」
その言葉に、俺は本能寺の変を思い浮かべた。光秀の怨恨は、信長の苛烈な政策から生まれるという説もある。
今なら、変えられるかもしれない。
「光秀殿、俺も同じだ。殿に、良い天下を作ってほしい」
光秀は微笑んだ。
「なら、協力しよう。殿を、正しい道へ導くために」
――同盟か?
俺は頷いた。
「わかりました」
だが、心の中で疑問が残った。本当に信じていいのか?
上洛の準備が本格化した。
信長は足利義輝将軍に書状を送り、支援を約束。義輝は喜び、織田軍の入京を許可した。
しかし、京の実権は三好三人衆と松永久秀が握っている。彼らをどうするか。
軍議で、光秀が再び提案した。
「松永久秀は野心家。調略で引き入れましょう」
俺は反対した。
「久秀は信用できない。鉄砲で脅し、屈服させるべきです」
信長は俺の案を採用した。
「浩太の言う通りだ。武で示す」
光秀の目が、一瞬翳った。
――亀裂か?
近江平定の報は、天下に衝撃を与えた。
浅井長政、朝倉義景が警戒を強め、連合を組む動きを見せた。
さらに、北近江の浅井家から使者が来た。
浅井長政の妹、お市の方が信長に輿入れする話だ。
政略結婚。史実通り。
信長は喜んだ。
「浅井を味方にすれば、北の心配はない」
俺は知っていた。お市の方は本能寺の変で、秀吉に救われる美人だ。
歴史は、まだ俺の知る道を歩んでいる。
だが、少しずつ、ずれ始めている。
六角の落日が、織田の黄金時代を告げた。
上洛まで、あとわずか。
俺の選択が、歴史を決める。
次回、第10話「入京の儀」。ついに京へ。足利義輝との対面と、三好との対立――。




