第8話 光秀の影(信長と天下を獲る――戦国タイムリープ日本統一記――/全100話完結)
永禄三年、秋。
桶狭間の勝利から数ヶ月。織田家の勢威は日増しに高まり、尾張・美濃の二国は完全に信長の手中に収まった。鉄砲の鍛造は順調で、すでに五百挺を超えていた。岐阜の鍛冶場は昼夜を問わず火を噴き、種子島の技術者たちは俺の指示で新たな改良を加えていた。
そんな中、明智光秀が本格的に織田家に仕えるようになった。
光秀は美濃の斎藤家旧臣。桶狭間の戦いで今川方にあったが、義元の死を知り、すぐに信長に降伏を申し出た。知略に優れ、教養も深い。信長は彼を重用し、軍議にも頻繁に呼ぶようになった。
俺は光秀を、警戒していた。
――この男が、22年後に本能寺で信長を討つ。
史実では、光秀の動機は諸説ある。怨恨、野心、朝廷の陰謀……。だが今、俺がいることで歴史は変わっている。光秀を味方に引き留められるか、それとも早めに排除すべきか。毎日、その葛藤に苛まれていた。
ある日、信長の命で、光秀と俺は二人で美濃の残党掃討に出陣した。
部隊は五百。主に鉄砲隊だ。光秀は馬上から陣を指揮し、俺は鉄砲の運用を担当する。
道中、光秀が俺に話しかけてきた。
「浩太殿、殿はあなたを大変信頼しておられるようだな」
穏やかな口調。だが目が笑っていない。
「光秀殿こそ、殿の知恵袋として活躍しておられます」
俺は慎重に言葉を選ぶ。
光秀は微笑んだ。
「私は遅れて織田家に加わった身。あなたのように早くから殿をお支えした者とは違う。だが、天下を取るためには、知略も必要だ」
会話はそこで途切れたが、俺は違和感を覚えた。
夜、陣営で休憩中。光秀が再び近づいてきた。
「浩太殿、あなたは不思議な人だ。鉄砲の扱い、陣形、すべてが従来の戦とは違う。まるで……未来から来たかのようだ」
心臓が跳ねた。
「冗談でしょう。俺はただ、殿の革新に追いつこうとしているだけです」
光秀は静かに笑った。
「夢を見るのは良いことだ。殿も夢を見ている。だが、夢は時に人を狂わせる」
その言葉に、俺は背筋が冷えた。光秀は、俺の秘密に気づいているのか?
翌日、残党の城を攻めた。
小規模な山城。守備兵は三百。俺は鉄砲隊を前線に配置し、三段撃ちに近い連射を試みた。
「撃て!」
銃声が響き、城壁の守備兵が次々と倒れる。敵の弓は届かず、城門が開く。
光秀の部隊が突入し、瞬く間に制圧。残党の頭領は降伏した。
戦後、光秀が俺に言った。
「素晴らしい戦いだった。浩太殿の鉄砲は、戦の形を変えるだろう」
褒め言葉だが、どこか探るような響き。
帰城後、信長に報告した。
「光秀は有能です。だが、野心も強い」
信長は笑った。
「野心があるから面白い。家臣は犬ではない。狼でなければ、天下は取れん」
その言葉に、俺は黙った。信長は光秀を信頼している。今、排除を進言すれば、逆に俺が疑われる。
冬が近づく頃、信長は上洛の準備を本格化した。
足利義輝将軍は三好三人衆に囲まれ、京は混乱している。信長は義輝を支える名目で上洛を計画。だが本心は、京を制することだ。
軍議で、光秀が提案した。
「殿、近江の六角氏を味方に引き入れましょう。六角を落とせば、上洛の道は開けます」
信長は頷いた。
「よし、光秀と浩太に任せる。六角攻めだ」
俺と光秀が共同で作戦を立てることになった。
作戦会議の席。地図を広げ、光秀が墨で線を引く。
「六角義賢は老獪。観音寺城は堅固です。だが、内部に不満を持つ家臣がいる。調略で落とせましょう」
俺は別の案を出した。
「鉄砲で正面から攻めます。六角の兵は伝統的な弓馬術。鉄砲の連射に耐えられません」
光秀が俺を見た。
「浩太殿、調略の方が血が少ない」
「だが時間がかかる。上洛を早めるなら、速攻です」
意見が対立した。
信長は面白そうに聞いていた。
「両方やれ。光秀は調略、浩太は鉄砲で脅しをかける」
作戦は決定した。
出陣前夜、光秀が俺の部屋を訪れた。
酒を持ってきた。
「浩太殿、明日から共闘だ。一杯やろう」
仕方なく杯を受ける。
光秀は静かに言った。
「あなたは殿を変えている。良い方向に、だと思う。だが、変えすぎると、殿自身が壊れるかもしれない」
「どういう意味だ?」
光秀は微笑んだ。
「殿は天下を取る男だ。だが、天下を取った後、どうする? あなたは知っているのか?」
俺は杯を置いた。
「光秀殿、あなたこそ、何を求めている?」
光秀は立ち上がり、部屋を出た。
「天下布武の世を、平和な世にしたいだけだ」
残された俺は、眠れなかった。
光秀の影が、深くなる。
彼は本当に裏切るのか? それとも、俺が変えた歴史で、違う道を歩むのか?
六角攻めが始まった。
鉄砲の音が、近江の山に響く。
俺の戦いは、新たな段階に入っていた。
次回、第9話「六角の落日」。光秀との共同作戦と、迫る上洛への布石――。




