第7話 天下布武の旗(信長と天下を獲る――戦国タイムリープ日本統一記――/全100話完結)
桶狭間の戦いから一夜明けた尾張の空は、澄み渡っていた。
今川義元の首実検が清洲城で行われ、家臣たちは歓喜に沸いていた。東海道最強と謳われた大名が、わずか数千の織田軍に討たれた。尾張の者だけでなく、美濃の新家臣たちも信長の名を畏怖しながら讃えた。
「殿は神だ」「第六天魔王の生まれ変わりだ」
そんな声が城内に満ちる中、信長は静かに座っていた。義元の首級を前に、ただ一言。
「天下は、すぐそこだ」
俺は鉄砲隊の負傷者を手当てしながら、その様子を見ていた。歴史が変わった。桶狭間の勝利はほぼ史実通りだったが、死者は少し少ない。俺の鉄砲隊が雨の中でも数十発を撃ち込んだおかげだ。
しかし、大きな変化も起きている。
三河の松平元康――後の徳川家康――は、今川軍の崩壊に乗じて岡崎城に帰還し、独立を宣言した。史実では人質から解放されてすぐ今川に忠義を尽くすが、今は違う。美濃を早く落とした織田の勢いに圧され、早々に離反したのだ。
信長はそれを聞いて、笑った。
「家康か。面白い小僧だ。いずれ会おう」
その言葉に、俺は背筋が冷えた。家康は最終的な最大の敵になる男だ。ここで潰せば、歴史は大きく変わる。だが今はまだ、味方として取り込む方が得策か。
戦後処理が一段落した五月下旬、信長は新たな印判を制定した。
「天下布武」
朱色の印文。天下に武を布く――つまり、武力で天下を統一する、という意味だ。
信長は家臣たちを集め、旗を掲げた。黒地に金色の「天下布武」の文字。
「これより俺は、天下人となる。異論はあるか?」
誰も口を開かない。柴田勝家、丹羽長秀、佐々成政……皆が膝を折った。
俺もその中にいた。足軽頭から、さらに昇進を命じられた。鉄砲頭――鉄砲隊の総指揮官だ。
「浩太、お前は俺の傍にいろ。天下を取る道筋を、一緒に見せてやる」
信長の言葉に、俺は深く頭を下げた。
だが、心の中は複雑だった。
天下布武の旗が上がった瞬間、信長の運命は本能寺へと加速する。明智光秀の反乱は、わずか22年後。俺はそれを防げるのか?
その夜、熱田神宮近くの仮屋で、信長と二人で酒を酌み交わした。
「浩太、お前は本当に面白い。桶狭間で、お前の鉄砲がなければ、義元の首は取れなかったかもしれん」
「殿の采配がすべてです」
「謙遜するな。お前は未来を知っているようだ。次は何が起こる?」
突然の問い。俺は杯を置いた。
「殿……上洛です。足利義輝将軍を支え、京を制すれば、天下は半分手に入ります」
信長の目が輝いた。
「上洛か。面白い。だが敵は多い。朝倉、浅井、三好……」
「一つずつ潰しましょう。まず、美濃の残党を平定し、近江へ」
俺は地図を指さした。現代の知識で、信長の史実のルートを少し早めて提案する。
信長は頷き、杯を干した。
「よし、決めた。来年、上洛する」
――早すぎる。
史実では上洛は1568年。まだ8年後だ。だが今、桶狭間の勝利で勢いがある。早めれば、本能寺を避けられるかもしれない。
翌日から、織田家は新たな動きを見せた。
帰蝶(濃姫)が岐阜から清洲へ移り、信長の側室として再び暮らすことになった。斎藤道三の娘である彼女は、美濃平定の象徴だ。
俺は帰蝶と初めて言葉を交わした。
「浩太殿、殿をよろしくお願いします」
美しい顔立ち。だが目は強い。
「殿は天下を取ります。私もお支えします」
帰蝶は微笑んだ。
「あなたは不思議な人ね。殿が信頼するのもわかるわ」
その言葉に、俺は少し胸が痛んだ。彼女は本能寺で信長と共に死ぬ運命だ。変えたい。
さらに、新たな家臣が加わった。
明智光秀。
史実では今川方にいたが、桶狭間の敗北で織田に降った。40歳近く、知略に長けた男。
「明智十兵衛光秀、殿にご奉公いたします」
信長は光秀を歓迎した。
「ほう、斎藤家旧臣か。面白い。浩太、お前と一緒に働け」
光秀が俺に視線を向けた。鋭い目。
――この男が、本能寺の変の首謀者。
俺は警戒を強めた。光秀を味方に引き留められるか? それとも、早めに排除するか?
夏が近づく頃、信長は新たな命令を下した。
「浩太、鉄砲を千挺作れ。来年の上洛に備える」
千挺――史実よりはるかに多い数。俺は鍛冶場を増やし、種子島の技術者を集めた。
佐脇藤八が俺に言った。
「浩太殿、殿の野望は止まらんな。俺たちも、天下を見られるかもな」
「ああ。でも、敵も強くなる」
俺は空を見上げた。
天下布武の旗が、風に翻る。
信長の黄金時代が始まった。
だが、影も深くなっていく。
俺の戦いは、まだ続く。
次回、第8話「光秀の影」。明智光秀の加入と、主人公の新たな葛藤――。




