第6話 迫る大軍(信長と天下を獲る――戦国タイムリープ日本統一記――/全100話完結)
永禄三年(1560年)五月。
美濃を落としてからわずか数ヶ月。織田家の勢力は尾張・美濃の二国を支配するまでに膨れ上がった。岐阜城を拠点に、信長は鉄砲の大量生産を命じ、俺は鉄砲隊の指揮を任されていた。
しかし、天下はそう甘くはなかった。
その日、清洲城の軍議の間で、斥候の報告が飛び込んできた。
「殿! 今川義元が駿河を発し、四万の大軍を率いて尾張へ侵攻中です!」
場が凍りついた。
今川義元――東海道最強の大名。駿府を拠点に駿河・遠江・三河を支配し、尾張を併吞する野心を長年抱いている。兵数は四万とも五万とも言われる。対する織田軍は、せいぜい三千。美濃の新領を加えても五千に満たない。
信長は地図を睨みながら、静かに笑った。
「義元か。とうとう来たか。面白い」
家臣たちの顔は青ざめている。柴田勝家が声を震わせた。
「殿、四万の軍勢です。籠城しても持ちこたえられぬ。和議を……」
「和議? つまらん。義元は桶狭間を通るだろう。そこで迎え撃つ」
信長の言葉に、誰もが息を飲んだ。桶狭間――尾張と三河の境にある狭い谷間。奇襲には最適だが、こちらの兵数が少ない以上、無謀としか思えない。
俺は内心で震えていた。
――ついに来た。歴史最大のターニングポイント、桶狭間の戦い。
現代の知識では、信長は義元の本隊が桶狭間で休息している隙を突き、雷雨の中の奇襲で勝利する。わずか二千の兵で四万を破った奇跡の戦い。
だが今、俺がいる。歴史はすでに変わっている。美濃を早く落としたことで、織田軍の兵力は少し増えている。鉄砲の数も多い。
変えられるのか? それとも、歴史の大きな流れは変えられないのか?
軍議の後、信長は俺を呼び止めた。
「浩太、お前はどう思う?」
「殿、義元は大軍を誇って油断しています。桶狭間で休息を取るはずです。そこで奇襲を」
信長の目が光った。
「ほう。お前も同じことを考えていたか。だが兵数が違う。どうやって勝つ?」
俺は深呼吸して答えた。
「鉄砲です。雨が降れば火縄銃は使えませんが、逆に敵も弓が使えなくなります。接近戦に持ち込めば、こちらの勝機です」
信長は大笑いした。
「面白い! お前は本当に夢を見るな。よし、鉄砲隊はお前に任せる」
その夜、城下は戦準備に追われた。俺は佐脇藤八と鉄砲隊の者たちを集め、訓練を繰り返した。
「雨の中でも火を保つ方法だ。火蓋をしっかり閉め、火縄を濡らさないように」
現代の知識を少しずつ注入する。完全な防水ではないが、少しでも命中率を上げたい。
藤八が俺に小声で聞いた。
「浩太殿、本当に勝てるのか?」
「勝つ。殿がいる限り」
俺はそう答えながら、心の中で祈っていた。信長が死ぬわけにはいかない。ここで負けたら、すべてが終わる。
五月十九日。今川軍は沓掛城を落とし、尾張深く侵入してきた。義元は大高城に兵糧を入れ、鳴海城・笠寺に兵を置いて、ゆっくりと進軍している。
織田軍は清洲・岐阜から急行。総勢三千。信長は熱田神宮で戦勝を祈り、神剣を腰に差した。
「神が味方する。天下は俺のものだ」
信長の顔は、興奮で赤らんでいる。第六天魔王の片鱗が、はっきり見える。
俺は鉄砲隊二百を率いて、信長の本隊に随行した。
桶狭間山に着いたのは、昼近く。空は曇り、いつ雨が降ってもおかしくない。
斥候の報告。
「義元本隊は桶狭間の谷間で休息中! 傘を張って昼餐を取っています!」
信長が馬上で叫んだ。
「今だ! 奇襲せよ!」
織田軍が山を駆け下りる。俺の鉄砲隊は先頭を切った。
谷間に義元の本隊が見えた。華やかな陣 umbrella、旗本二千余り。義元は輿に座り、悠々と食事をしている。
――だが、天が味方した。
突然の雷鳴。土砂降りの雨が降り始めた。
敵の弓兵は弓を濡らし、使えなくなる。こちらの鉄砲も火が消えやすいが、接近すれば関係ない。
「撃て!」
俺の号令で、鉄砲隊が第一弾を放つ。
――ドドドドン!
雨の中、銃声が響く。義元の旗本が混乱に陥る。
「織田の奇襲だ!」
敵陣が乱れる。信長が刀を抜き、馬を駆った。
「進め! 義元の首を取れ!」
織田軍が雪崩れ込む。雨で視界が悪い中、接近戦が始まった。
俺は刀を抜き、鉄砲隊を指揮しながら突撃した。
敵兵が斬りかかってくる。咄嗟に刀で受け止める。雨で滑る足元。血と泥が混じる。
「浩太殿、右翼を守れ!」
藤八の声。俺は隊をまとめ、義元の本陣へ向かった。
そこに、義元がいた。輿から降り、刀を構えている。まだ50歳前後、堂々とした体躯。
「織田の小僧め!」
義元の声。だが、すでに旗本は崩壊寸前。
信長が馬を駆り、義元に迫る。
「義元! ここで死ね!」
二人の刀が交わる。雨が血を洗い流す。
俺は義元の側近を斬り倒し、信長を援護した。
――そして、歴史が動いた。
義元の首が、信長の家臣・毛利良勝の手で上げられた。
「義元討ち取ったり!」
織田軍の歓声。敵軍は総崩れ。
桶狭間の奇跡は、俺のいる世界でも起きた。
戦後、信長は俺を抱き、笑った。
「浩太、お前の鉄砲が効いた。天下は近いぞ」
だが、俺は知っている。
今川家の崩壊で、三河の松平元康(後の徳川家康)は独立するだろう。新たな敵が現れる。
そして、本能寺の変は、まだ遠くない。
雨は止み、夕陽が桶狭間を赤く染めた。
俺の戦国は、まだ始まったばかりだ。
次回、第7話「天下布武の旗」。桶狭間の勝利で信長の名が天下に轟く。新たな野望が動き出す――。




