第5話 信行の影(信長と天下を獲る――戦国タイムリープ日本統一記――/全100話完結)
美濃攻略から戻って三日後、清洲城は静かすぎた。
表向きは祝宴続きだが、城内の空気は張り詰めている。信長は岐阜城の修築に没頭し、家臣たちは美濃の統治に追われている。俺は鉄砲隊の再編を任され、朝から晩まで城下の鍛冶場を走り回っていた。
その夜、呼び出しが来た。
場所は清洲城の裏手、普段誰も使わない古い土蔵。松明一本だけの薄暗い中、信行が立っていた。傍らには見知らぬ二人の武士。どちらも顔を布で口を巻き、刀の柄に手をかけたまま。
「浩太、よく来たな」
信行の声は低く、笑っていない。
「信行様……夜遅くに、何のご用でしょう」
俺はわざとらしく頭を下げながら、腰の刀に指を這わせる。足軽頭とはいえ、俺はまだ刀を抜くのが遅い。それでも、今夜は抜く覚悟で来た。
「単刀直入に言う。お前は兄上の毒だ」
予想通りの言葉だった。
「美濃の戦が早まったのも、政秀殿が死んだのも、すべてお前の“夢”のせいだ。尾張の古い家臣たちは、お前を許さない」
信行が一歩近づく。背後の二人が刀を半分抜いた。
「だから今夜、ここで消えてもらう」
――」
その瞬間、土蔵の外でガサッと音がした。
「誰だ!」
信行が振り返るより早く、戸が蹴破られた。
「殿の命だ! 信行を拘束せよ!」
佐脇藤八率いる鉄砲隊十数人が雪崩れ込んできた。火縄に火が灯り、黒い銃口が一斉に信行たちを狙う。
信行の顔が引きつる。
「藤八……お前まで兄上の犬か」
「違います。俺は浩太殿の家臣です」
藤八が俺の横に立ち、刀を抜いた。
「殿はすべてお見通しでしたよ。信行様、今夜ここに来ることは、昼のうちに俺どもに伝えられておりました」
信行の目が血走る。
「裏切り者め……!」と叫びながら刀を抜こうとしたが、遅かった。鉄砲隊が一歩詰め、信行と二人の武士は瞬く間に縄で縛られた。
俺は安堵の息を吐いた。信長は、俺を守ってくれたのだ。
土蔵を出ると、月明かりの下に信長が立っていた。黒い陣羽織に、いつもの笑顔はない。
「浩太、信行の首は取らん」
静かな声だった。
「弟だ。血は争えん。だが、尾張を乱す者は許さぬ。明日、信行は那古野城へ幽閉する」
俺は深く頭を下げた。
「申し訳ありません。私のせいで……」
「違う。お前がいたから、俺は早く動けた。美濃を落とせたのも、政秀(政秀)を失ったのも、すべては天下への道程だ」
信長は空を見上げた。
「だが浩太、お前はまだ甘い。次に刃向かう者は、弟ではないかもしれんぞ」
その言葉が胸に突き刺さった。
翌朝、信行は那古野城へ移された。表向きは「病養生」ということになったが、誰もが知っている。織田家は二つに割れたのだ。
そしてその夜、俺は初めて「本当の危機」を知った。
城内の自室に戻ると、枕元に一通の書状が置かれていた。
墨はまだ乾いていない。
『次はお前が死ぬ番だ 第六天の使い』
文字は乱れ、血のような赤い印が押されている。
信長の敵は、もう俺個人を見据えている。
俺は書状を握りしめ、歯を食いしばった。
――ここで怯んだら終わりだ。
俺は戦国に生きる覚悟を決めた。
信長のため、自分のため、そしてこの歴史を変えるため。
次の標的は、桶狭間。
今川義元の大軍が、尾張へ向けて動き始めていることを、俺はまだ知らない。
次回、第6話「迫る大軍」。今川義元の四万が尾張に迫る。歴史最大の危機がけっぷち――。




