第2話 若き魔王(信長と天下を獲る――戦国タイムリープ日本統一記――/全100話完結)
清洲城への道は、想像以上に長く感じられた。
信長の馬が先頭をゆき、その後ろを家臣たちが続く。
俺は歩きだ。足軽待遇らしい。粗末な草履が足に食い込み、早くも足が痛む。
「浩太よ、遅れるな!」
信長が振り返り、笑いながら声をかけてくる。
その声音には威圧よりも、強い好奇心があった。
周囲の家臣たちは明らかに不満げだ。
特に、先ほど「兄上」と呼ばれていた男――織田信行だろう――が、冷たい視線を向けてくる。
「殿、あのような得体の知れない者を、いきなり家臣にするとは……」
「面白い奴だ」
信長は鼻で笑った。
「川中島の戦を知っていた。まだ起きていない戦だぞ。
未来を知っているかもしれん」
家臣たちがざわつく。
俺は内心で冷や汗をかいた。軽率だったが、もう引き返せない。
清洲城に着いたのは日没近くだった。
城は質素だが、要所としての威圧感は十分にある。
中へ入ると、俺は露骨な不審の目にさらされた。短い髪、妙な言葉遣い――どう見ても異物だ。
信長は俺を自室へ連れて行った。
そこには数名の側近が控えている。
――森可成、平手政秀、そしてまだ若い前田利家。
「この浩太を家臣として迎える。異論はあるか?」
沈黙。
誰も信長の目を正面から見ようとしない。
「浩太よ。鉄砲は撃てるか?」
突然の問いに、首を振った。
「いえ。扱ったことはありません」
「ならば明日、撃て。俺は鉄砲が好きだ。
あれは戦を変える」
信長の目が、異様なほど輝いていた。
その夜、俺は足軽長屋に放り込まれた。
藁の布団、湿った空気、隣には年配の足軽。
「越後から来たって本当か?」
「……まあ、そんなところです」
夢ではない。
この時代で生き延びなければ、死ぬ。
翌朝、城外の射撃場で鉄砲の訓練が始まった。
教えられる手順は、知識としては知っている。だが、手が言うことを聞かない。
「浩太、撃ってみろ」
深呼吸し、引き金を引く。
――ドン!
標的の端をかすめた。
失笑が漏れる。
「下手くそだな」
だが、信長だけは笑っていた。
「面白い。構えが違う。
まるで何度も撃ったことがあるようだ」
「殿、こやつは間者かもしれません」
信行の言葉に、信長は首を振る。
「違う。あれは好奇心だ。
俺と同じ目をしている」
訓練後、信長は俺を呼び止めた。
「浩太。お前は俺に何を求めている?」
「……生き延びたいだけです」
「それだけか?」
「できるなら、殿の天下取りを支えたい」
信長は、腹の底から笑った。
「天下か。
面白い。お前が言うと、妙に本気に聞こえる」
その時、城内が騒然となった。
「殿! 美濃の斎藤道三殿が、清洲へ!」
報告を聞いた瞬間、信長の表情が変わった。
「ほう。蝮が来たか」
恐怖も、躊躇もない。
ただ、楽しげな笑み。
「面白い。迎え撃つぞ」
その笑顔を見た瞬間、背筋が凍った。
――若き魔王。
俺は、この男と共に天下を獲る。
それが、どれほど危険な賭けかも知らずに。
次回、第3話「蝮の襲来」。歴史にない戦が、始まる――。




