第16話 有岡の土牢(信長と天下を獲る――戦国タイムリープ日本統一記――/全100話完結)
天正六年(1578年)秋。
安土城の天守が完成に近づく頃、信長の苛烈さを象徴する事件が起きた。
荒木村重の反乱。
摂津の有力家臣・荒木村重は、有岡城を拠点に信長に背旗を翻した。
理由は信長の寺社政策への不満と、謙信や本願寺との内通の疑い。
信長は激怒した。
「村重め、裏切り者! 討て!」
織田軍は三万で有岡城を包囲。
俺は鉄砲隊を率いて参加した。佐脇藤八が俺に言った。
「浩太殿、村重は殿の信頼が厚かった男だ。なぜ裏切った?」
「信長の道が、苛烈すぎるからだ」
有岡城は堅固。堀と土塁が厚く、門徒の支援もあった。
包囲は一年に及んだ。
鉄砲隊が城壁を射撃し、守備兵を削る。
だが、村重は耐えた。城内の兵糧は豊富で、毛利からの援軍も期待していた。
信長は苛立った。
「土牢にぶち込め。家族を人質に取れ」
荒木村重の家族――妻や子供、親族――が安土から有岡へ送られた。
信長の命令は残酷だった。
「村重が降伏せねば、家族を土牢に入れよ」
土牢――地下の暗牢。湿気と寒さで、生き地獄。
村重の家族は土牢に投げ込まれた。
悲鳴が城下に響いた。
俺は現場に立ち会い、胸が潰れそうになった。
子供の泣き声。母親の絶叫。
光秀が俺の横に立ち、小声で言った。
「浩太殿、これが殿の天下か? 家族を人質に取るなど……」
「光秀殿……俺も耐えられない」
村重は家族の苦しみに耐えきれず、降伏を申し出た。
だが、信長は許さなかった。
「裏切り者は赦さん」
村重は城を捨て、逃亡。家族は土牢で次々と死んだ。
有岡城は落ちた。
信長は村重の首を求め、追撃を続けた。
村重は毛利に逃げ込み、生き延びた。
だが、荒木家の血は絶えた。
この事件で、信長の家臣団に亀裂が入った。
多くの家臣が、信長の苛烈さを恐れた。
光秀の目は、完全に変わった。
ある夜、安土の屋敷で、光秀が俺を訪れた。
酒を注ぎながら、彼は言った。
「浩太殿、殿は狂っている。土牢の家族……あれは人間のすることではない」
「光秀殿、何を……」
光秀は杯を握りしめた。
「殿を止める必要がある。あなたも、そう思わないか?」
俺は息を飲んだ。
本能寺の変の予兆。
史実では、荒木村重の反乱と有岡土牢事件が、光秀の反乱の遠因の一つと言われる。
今、俺がいることで、早まっているのか?
「光秀殿、殿は天下を取ろうとしている。止めるのは……」
光秀は俺をまっすぐ見た。
「天下を取った後、殿は民をどうする? 土牢のように、皆を苦しめるのか?」
俺は答えられなかった。
光秀は立ち上がり、去り際に言った。
「浩太殿、あなたは殿の側近だ。殿を変えられるのは、あなたしかいない」
残された俺は、眠れなかった。
本能寺の変まで、あと四年。
光秀の決意が、固まり始めていた。
俺は、どうする?
信長を守るか、光秀を止めるか。
それとも、両方を変えるか。
安土城の天守が、月光に照らされる。
天下布武の旗が、風に翻る。
だが、その旗の影は、深く暗い。
有岡の土牢の血は、信長の運命を加速させた。
次なる事件は、浪人・雑賀孫一の反乱。
鉄砲の嵐は、静かに、しかし確実に、嵐を呼ぶ。
次回、第17話 雑賀の鉄砲。雑賀衆との戦いと、信長のさらなる苛烈さ――。




