第11話 比叡山の炎(信長と天下を獲る――戦国タイムリープ日本統一記――/全100話完結)
永禄六年(1563年)秋。
京を制して一年。織田信長の名は天下に轟き、諸大名からの使者が絶え間なく訪れていた。将軍・足利義輝は信長を頼り、三好残党の掃討を任せた。浅井長政との同盟は固く、お市の方は信長の側室として京の屋敷で暮らしていた。
しかし、一つの巨大な影が、信長の前に立ちはだかっていた。
比叡山延暦寺。
日本最大の寺社勢力。僧兵三千を擁し、朝廷や諸大名に影響力を及ぼす。信長の上洛以来、延暦寺は織田軍に敵対的な態度を取っていた。浅井・朝倉と内通し、信長の背後を脅かしているという噂が絶えなかった。
軍議の席で、信長は地図を叩いた。
「延暦寺は癌だ。切り取らねば、天下は取れん」
家臣たちの顔が青ざめる。比叡山焼き討ち――それは天下の逆鱗を買う行為だ。寺社を敵に回せば、諸大名が一斉に反発する。
柴田勝家が進言した。
「殿、焼き討ちは危険です。調略で抑えましょう」
明智光秀も同意した。
「延暦寺は古来の権威。武力で制すれば、殿の名が穢れます」
俺は黙っていた。史実では、1571年に比叡山は焼き討ちに遭う。四千の僧俗が殺され、根本中堂は炎に包まれる。あの事件で信長は「第六天魔王」の名を不動のものにしたが、同時に敵を増やした。
今、俺がいる。早めれば、犠牲を減らせるかもしれない。あるいは、避けられるか。
信長は俺を見た。
「浩太、お前はどう思う?」
俺は深呼吸した。
「殿、延暦寺は確かに脅威です。ですが、焼き討ちは最後の手段。まず、使者を送り、忠誠を求めましょう。拒めば、武力行使もやむなし」
信長は頷いた。
「よし、そうする」
使者は光秀が務めた。
比叡山へ登り、座主・覚恕に信長の書状を渡す。
内容は厳しかった。
「織田家に忠誠を誓え。さもなくば、武力で制す」
延暦寺の返事は、傲慢だった。
「織田ごときに屈するものか。将軍家すら我らの前に膝を屈した」
光秀が戻り、報告した。
「殿、延暦寺は戦闘準備を進めています。浅井・朝倉と連携の兆しあり」
信長の目が冷たく光った。
「ならば、焼く」
決定は早かった。
九月、織田軍三万が比叡山を包囲した。
俺は鉄砲隊二千を率い、山麓に陣を張った。佐脇藤八が俺に聞いた。
「浩太殿、本当に焼くのか? 寺を焼くのは……」
「殿の命令だ。だが、僧兵だけを狙う。無駄な殺生は避けよう」
包囲は三日続いた。
延暦寺は僧兵を動員し、抵抗した。弓と槍で山道を固める。
信長の命令で、鉄砲隊が先制。
――ドドドドン!
山に銃声が響き、僧兵が倒れる。伝統的な武器では、鉄砲に勝てない。
織田軍が山を登り、堂塔を次々と焼き払った。
根本中堂、東塔、西塔……炎が空を赤く染める。
悲鳴と炎の音。女人や子供の声も混じる。
俺は鉄砲隊を指揮しながら、胸が痛んだ。
――これでいいのか?
史実より犠牲は少ない。信長に「僧兵以外は生かす」と進言し、多少は聞き入れられた。だが、それでも数千の命が失われた。
光秀が俺の横に馬を寄せた。
「浩太殿、殿の道は苛烈だ。だが、これで天下は近づく」
光秀の目は、どこか悲しげだった。
本能寺の変の芽は、ここにあるのかもしれない。
焼き討ちは一日で終わった。
比叡山は灰燼に帰した。
信長は山頂に立ち、炎を見下ろした。
「これで、仏の力に頼る大名は減る。天下は武の世だ」
家臣たちは畏怖の目で信長を見た。
京に戻った信長は、朝廷から厳しい抗議を受けた。だが、将軍義輝は黙認した。
諸大名の反応は分かれた。
朝倉義景、浅井長政は警戒を強め、武田信玄は使者を送ってきた。
「信長の苛烈さ、恐るべし」
俺は知っていた。
この事件で、信長の敵は増えた。だが、同時に畏怖も増した。
光秀が俺に言った。
「浩太殿、殿は変わった。あなたがいることで、もっと早く変わった」
「悪いことか?」
光秀は首を振った。
「わからない。だが、天下を取った後、殿はどうなる?」
その問いに、俺は答えられなかった。
比叡山の炎は、信長の黄金時代を照らした。
だが、同時に、暗い影を落とした。
長篠の戦いが、近づいている。
武田勝頼の大軍が、動き始めていた。
俺の選択が、再び試される時が来る。
次回、第12話「鉄砲の嵐」。武田勝頼との対決、長篠の戦いへ――。




