教会
「おう、シルバか。待っていたぜ。クックック、覚悟しておけよ。今日も神の贄として特別にオレと讃美歌をデュエットさせてやるぜ!せいぜいオレを満足させられるよう頑張ることだな!喉をしっかりしっとり潤わせて待っていやがれ!混沌と暗黒の始まりだ!ハッハッハ!」
「・・・・・・ハァ」
僕は溜息をつきながら、僕の背中をバンバンと叩く名物シスターを見て、嫌々礼をする。
彼女はシスター・カーリ。この教会、いやこの村名物のヤンキーシスター。御年17歳。8年前の厄災、いわゆる「アポカリプス事変」の時に、破壊神のお告げを聞いたとのことで、教会に保護されたシスター。
当時は人見知りで誰とも話す事もない大人しい子だったらしいのだけど、7年前から段々と時間をかけてこんな感じのキャラになってしまったらしい。
僕はいつの間にか、何の因果か、シスター・カーリに気に入られてしまったようで、いつも僕にかまって声をかけてくる。100%の確率で。
本質的には優しくて良い人だと思うのだけど、いつも右目と右腕が、シスターの言うことをきかないで何か大切なことを訴えているみたいだし、いつもシスターは深淵に覗かれているらしいので、正直付き合い方は考えた方が良いタイプの人だとは思う。
「「「シスター・カーリ、ごきげんよう」」」
「シスターは今日もお綺麗ですね」
サティ、ルカ、ルリお姉ちゃんが何時の間にか僕の左右に立っていて、シスター・カーリに丁寧な挨拶をしている。サティお姉ちゃんは飴のために教会関係者にゴマすっているつもりなのだろう。
「おう、サティにルリにルカか。お前達もよく
来たな。さっさと中に入りな!」
シスター・カーリはゴマすり挨拶にはまったく興味は無いようで、お姉ちゃん達にさっさと入れと、教会の中に入るように促していた。
僕も流れに乗ってお姉ちゃん達の後に続いて教会の入ろうとしたところで、
「シルバ、お前はこっちだ。オレと讃美歌デュ
エットだって言っただろう」
首根っこをガシッっと掴まれてピアノがあるステージ下の方へ連れて行かれる僕を、ルリ・ルカお姉ちゃん達は心配そうに見ているが、サティお姉ちゃんはグッジョブみたいな感じを出して僕に親指を立てて合図してくる。
身内を売ってまで飴が欲しいのかな?
シスターと讃美歌デュエット。7歳の僕には荷が重すぎると思うのだけど、最近では当然の様に行われている。
ことの始まりは1年前の誕生祭の練習日、サティお姉ちゃんの代役で練習に出た。サティお姉ちゃんは歌がうまいから、弟のシルバも上手いかもとみんなに囃され、期待半分面白半分でシスターの前で歌った所、本気で歌に感動されて、このような展開になってしまった。
僕の歌はシスター・カーリの琴線に凄く触れてしまったみたいで、事あることに僕と一緒に歌を歌おうと迫ってくる。
「サビでシャウトな!声は高め、濃い目で!」
「讃美歌でシャウトはちょっとだし、高め濃い
めもちょっとかな」
普通が一番良いからです。でも、シスター・カーリは信じられない!と、言う様な眼で
僕を見てきた。
・・・いや、何事も普通が一番良いからさ。
「じゃ、じゃあブラックメタル調ならどうか
な、・・・ワンチャン、ロックでシャウトで
祈ります。神に感謝、みたいな?」
「ミサでそれはないと思います。むしろ絶対に
やってはいけないことだと思います」
何でそんなにシャウトしたいのかな?
ストレスかな?
教会と言えば閉鎖的な空間ではあるし、疲れているのだろうね。シスターは「贄となれ」とか「修正してやる」とか、1人で言っているのよく聞くし。
そんなこんなやり取りをシスター・カーリとしているうちに、神父様の説教がステージ上で始まった。
「主を恐れることは、知恵の初めである」
「愛はすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを
望み、すべてに耐える」
「隣人を自分のように愛しなさい」
「ラブ アンド ピース」
神を敬い、人を愛し隣人を愛する。この世界には神が存在し、人やエルフ、ドワーフ、獣人と言われると呼ばれるような多種族が生活している。
みんなで愛し合って助け合って生きていきなさいってことだよね。僕としては当然のことだと思うけど、簡単なことではないことも知っている。住んでいる人が多ければ多いほど問題も多いから難しい問題だよね。
「神はおっしゃた。世はデストロイ。デット
オア アライブだと」
「目標は皆殺しデストロイ」
「こんな世界は修正、贄としてやる」
僕の隣りから不穏な説教が聞こえてきた。シスター・カーリの説教である。
神父様の説教が始まるといつもシスター・カーリはトリップしてしまう。
シスターなヘッドバンキングな説教には始めは腰が抜けるほど驚いたけれど、もう毎度の事なのであえてスルーし、聞いてし見てない振りをする。
前に突っ込んでひどい目に遭った経験もあるし。
けど、シスター・カーリの言っていることも理解できる面もある。
一部だけどなぜか懐かしくて、スッと入ってくることがある。
解釈すると、シスター・カーリの神の教えは世の中の理不尽と戦えって感じなのかなと思う。使っている言葉の表現は刺激的だけど。
そんなデュアルな説教タイムも終わり、いよいよ歌の時間となってきた。みんなは楽譜を取り出し楽しそうにしている。
シスター・カーリとの讃美歌デュエットもあるけど、みんなで一緒に聖歌も歌う。
僕が教会の古いピアノを弾き伴奏をはじめると一斉にみんなが歌い出す。
サティお姉ちゃんは絶唱、ルリお姉ちゃんは熱唱、ルカお姉ちゃんは普通、シスター・カーりは力を溜めている。
「驚くばかりの恵み、なんと甘い響きだろう」
「主よ、人の望みの喜びよ・・・」
歌はとっても楽しい。音楽は本当に心の栄養だ。僕は勉強も好きだけど音楽も大好きだ。ミューズお母さんの影響かな。
僕はミューズお母さんはから歌もピアノも教わったし。そう言えば、お母さんは何処でピアノを教わったのかな?
楽しい時間は一瞬で過ぎ去り、最後の歌シスター・カーリとの讃美歌デュエットの時間が始まる。
「「主よ、みもとに近づかん、 のぼる道は、苦しくとも。なお、わが歌は、みもとに近づかん。みもとに、みもとに、近づかん」」
うん。良い出だしだ。シスター・カーリも安定してる。シスター・カーリは天使の歌声と地元では有名なのだ。
「「たとえ、さすらいの身となりて、野路に一夜を過ごすとも。夢にも、わが魂は、みもとに近づかん。みもとに、みもとに、近づかん」」
やっばり2番で変化が現れた。歌声にこぶしが効いて癖が出てきた。
「「見よ、あまつ使いの いでまして、わがために光を 賜えば、めざむる時には、感謝して、みもとに近づかん。みもとに、みもとに、近づかん」」
思った通り、3番では顕著に変化が現れる。全身を使って腹から声を出している。シスター・カーリは身体を反ったり屈めたり震えたりと忙しそうだ。
「時は過ぎゆき、空のぼり、翼を広げて飛ぶごとく、あめなる日には、なおさらに、みもとに近づかん。みもとに、みもとに、近づかん」
4番、もうシスター・カーリは誰にも止められない。教会のありがたい石碑に片足を乗せてヘッドバンキングで絶唱、讃美歌でどうしてこうもなれるのか思うほどに逝ってしまい、僕もこれ以上事態に巻き込まれるのが嫌なので、1人で歌ってもらう事にする。
歌うことをやめて少しメンタル的な余裕が出た僕は、演奏しながら教会の中を見回すがシスター・カーリの歌を批判する人は一人もいないことに気が付く。
頭を激しく振って、教会の大切な石碑の上に
立って器用にも海老反りしながらトランスして歌うシスターの歌に、みんなは感動した様子で聞き入っている。
神父様なんかはシスターの歌に合わせて、一体となって頭を振っている。
本当に広い良い教会だと思うことができた。
お祈りが終わるとやって来るのはお楽しみ。飴の時間だ。みんなはワクワクを隠し切れずに今か今かと飴を貰うのを待っている。
「よし、ガキども!飴の時間だ。神様に感謝しろよ!」
「わーい」
「僕はこれー」
「私はこれがいい」
みんな大きな飴から選んで取っていく。なので残っているのは若干小さい。
サティお姉ちゃんは「ああ」とか「あれ狙ってたのに」とか「止めて、もう私から奪わないで」とか「次こそは」と震えたり、悔しんだり、悲しんだり、怒ったりと忙しく豊かな変化を見せている。
僕は飴に執着はないし、余り物には福があると思っているので一番最後でいいや。
やがて、飴は参加した全員に無事に配ばられた。あんなに文句を言っていたサティお姉ちゃんも、今は貰った飴をおいしそうに僕の隣りで食べている。勿論、ルリお姉ちゃんとルカお姉ちゃんも一緒だ。
「シルバ、今日は最高だったぜ!」
「シスター・カーリ、喜んでくれて良かったです。僕も楽しかったです」
「おうよ。それにしてもお前、子供のくせに妙
に礼儀だだしいよな。まあそこがお前の良い
所だけだな。ほれ、これ今日の報酬な」
そう言うとシスター・カーリが飴を2つ僕に差し出した。
「僕の分はもう貰いましたよ」
「これは今日の感謝と報酬だ。特別だからな。
オレに感謝しろよ」
「ありがとうございます」
「おう、またな」
シスター・カーリが僕の頭をくクシャクシャと撫でると何事もなかった風に教会へ帰って行った。
でも、問題はこれから。
僕の手には飴が3個。それは今3人の甘い物好きの女子に注目されている。
特にサティお姉ちゃんは距離が近い。ほぼゼロ距離で僕の手にある飴を見つめている。
「飴、3つ、一人、羨ましい、私、欲しい」
「シルバ、私は分かっているよ信じているから
ね」
「ん」
何故か片言のサティお姉ちゃんに、分かってる感をだすルリお姉ちゃん、そして何かに納得を示すルカお姉ちゃんと、戸惑う僕。
「飴、3つ、一人、羨ましい、私、欲しい」
「シルバ、私は分かっているよ信じているからね」
「ん」
正解はこれ。
「・・・・・・、実は、僕お腹一杯で食べられ
ないや。お姉ちゃん達、折角貰ったのにもっ
たいないし、替わりに食べてくれると嬉しい
な」
「「「・・・・・・」」」
「し、仕方ないわね。シルバがそう言うなら貰
ってあげるわ」
「ふふ、ありがとうね。シルバ」
「ん」
3人の姉たちは飛び切りの笑顔で僕の手から飴を取り、嬉しそうに、美味しそうに口に含んだ。
(飴は食べれなかったけど、今日はみんなの笑顔が見れてとっても良い日だったな)
サティお姉ちゃん、ルリお姉ちゃんそしてルカお姉ちゃん。
僕達は仲良く一緒に帰路へと着いた。
「
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