破壊神
我は今、絶望していた。あまりに世界が変わってしまっていたことに、我が知らない、想像すらできなかった世界になってしまっていたことに絶望していた。
我れはかつて憤怒と暴力をもって人間達を支配し、恐怖と苦しみが絶える事のない暗黒の乱世を作り上げ、何千年と、血で血を洗う狂気と怨嗟の世界を作り、生きる者全てを蹂躙してきた。
我れは、世界中の全ての生きとししける者どもから恐れられた、破壊を司る神の古からの一柱。
この星が生まれて我れが生まれたのか、我れが生まれて星が生まれたのか。それが思い出すかとが出来ないほどの時間を生きた最古の破壊神。
この世界に現出した我は「皆殺しデストロイ」と目標を掲げて、向かってくる勇者たちをぎっては投げ、ちぎっては投げと世界滅亡に向けて精進した。勇者の中にはなかなかのやる奴
もいた(特に双子の姉妹の勇者は良かった)が、我の前で、すべからくに散っていった。
だが、我の力を恐れ、嫉妬した他の神々から、
「世界が無くなったら、我々の存在する意味が
ない」
「あいつやり過ぎです!」
「あの方に、私は弄ばれました!」
と、他の神々にアイツは駄目だとか弄ばれたとか告げ口されて、我れは父神たる主神様に冤罪で、活け捕りとなり折檻をされた。
「やり過ぎ」「思いやり、ラブ アンド ピースが大切」「女神には優しく」と主神様はたいそうお怒りになり、無限牢獄の反省房に3,000年間謹慎させられ、我れは膝を折り道徳と写経と反省文を中心とした責め苦を受け続けた。
本心では何が「ラブ アンド ピース」だ。我れは破壊神ぞ。
「デッド オア アライブ」の方が刺激的ぞ!
(後、我の名誉にかけて言うと、女神には、何もやっていない。無視しただけだぞ)
そうずっと考えていたが、それを我れが正直に言うと、「破壊神というなら破壊と再生の意味を知れ」と余計に課題が増えて怒られてしまうため、おとなしく毎日苦行をやり過していた。
先日そんな我れの苦しみの生活が、ようやく終わりを迎え、我は世界へと帰って来たのだった。
我れが不在の間、世界はどうなったのだろう。きっと我れの好みの死と絶望が蔓延る阿鼻叫喚な世界に違いない。
どれ、と我れは世界を覗いてみた。
「な、ん、だと・・・」
我れは、絶望した。
我れは帰ってきた世界を見て絶望した。
世界は、光で満ちていた。
空は蒼穹、青く澄み渡り、野には花が無き乱れ、森は動物や樹木の生気に満ち、海には原初から命を繋ぎ続く豊かな命に溢れている。
世界は幸福に満たされ、国は栄え、様々な種族が争いなく生活をしていた。そして住人達は、笑顔で笑い、愛し助け合い、楽しそうに睦まじく寄り添い生活をしていた。
文明はそんなに昔と変わってはいないように見えるが、街の中心には立派な白い大きな城があり、城を囲う様に城下町が発展し、数多くの店や露店に人が行きかっている。我れが覚えているどの時代の記憶よりも賑わいを見せていた。
それに、そこかしこから我れを遠ざけた、貶めた神々の加護も感じる。
「愛しているよ、ハニー」
「私の方がもっとダーリンを愛しているもん」
人間とエルフが私を貶めた神の教会で身体を寄せ合い、愛を語り合う若い男女の甘く酸っぱい、ヤな感じが我れの五感に届く。一ヵ所ではない。似たような波動が、数を数えることが出来ない程にあちらこちらに存在している。
「なんと言う事だ。なんと不快な・・・」
かつて、暴力、狂気、絶望、死が蔓延し支配された世界で、絶対に感じる事さえなかった、陽の感情がそこかしこから伝わってくる。
魔物の存在や、争いの気配など負の気配もあるが、それでも圧倒的な幸福が世界を満たしているように感じる。
「何だ、何なのだ、この世界は!!」
気持ち悪い、何だ、この世界の変りようは。何だ、この腑抜けた者達は。一体何だと言うのだ。我れが反省房に入っている間に何があったと言うのだ?
今の世界の現状に、我れの怒りは頂点に達した。
我れが求めた世界は、死と恐怖と憎しみに満ち溢れたデッド・オア・アライブな世界!
我れが求めるのは破砕して粉砕して崩壊したところで更に何度も爆破してから悔いが残らないようにしっかりと破滅し尽くされた、静寂と虚無の世界。
「こんな世界は我が、修正してやる」
我れは破壊神だ。我が世界を正しい方向へ導かねばならぬ!破壊神として今一度、世界に目にものを見せてやる!
まずは、目の前の平和な国を阿鼻叫喚の地獄絵図にするため、空へと飛び立つ。
風よりも早く飛び、雲を抜け天空の頂より、国を見下ろす。
これから起こることも知らずに汗を流し畑を耕す農民や元気に走りまわる子供の姿も見える。
「ふふ、これより暗黒世界の始まり、いや再来だ。我が世界をもう一度死が溢れる混沌の闇で覆ってやる」
我れは天に拳を掲げ、叫び、力を集める。
「ハァー!」
我が気合いをいれると、わずか数秒で既に眼下に見える国を全て消滅させることが出来る力が集まった。
我れは力を圧縮し、濃縮させていく。すると、やがて力は巨大な真紅の光球となって現れ、滅び光を放つ。
世界にも変化が表れ始める。我れの強大な破壊の力が世界に影響を与え、世界が悲鳴を上げはじめたのだ。
蒼穹の空に暗雲が立ち込め闇に包まれて、稲妻が轟き暴風が吹き、大地は裂け、海が荒れる。
眼下に見える人々は、突然の天変地異怯えて慄き、神に救いを求めて跪いて祈りを捧げている。
「ククク、貴様ら今日この日を忘れるな。これから訪れる混沌と暗黒の生き地獄の始まりの日を。そして感謝せよ!我の復活の贄となる事が出来るのだからな!」
ハッハッハ、最高に気分が良い。過去これ程に充実した瞬間を迎えたことがあるだろうか。
眼下に広がる世界に、生きる者達に死を!我れは溢れる笑みを隠すことなく世界へ向かって言葉を放つ。
「消えろ」
世界を破壊する真紅の光球が、ゴミ共を滅亡へと誘おうとした時、
「だから、駄目じゃって言うておろう」
しわがれた声が聞こえ、我れの頭にとんでもない痛みと衝撃が走った。
我れの、破壊神の持つ次元防御結界を一撃で粉砕し、意識迄も刈り取る程の強烈な一撃。軽く大陸を吹っ飛ばすほど威力をもった拳でぶっ飛ばされた。
薄れていく我れ意識の中で見たのは、我れの巨大な破壊の光球が一瞬で消滅し無力化されていくところ。
の薄れていく我れ意識のなかで、聞こえる声。
「まさか、解放から一時間もたたずに又やりおるとは。しょうがないやつじゃ。しかしお主も腐っても神の一柱。殺すことも出来ぬ。じゃから、此度はお主に封印を施し、下界に人の赤子として転生させよう。下界で生き、愛を知り、自分の道を見つめ考えるとよい」
ラブアンドピースじゃ、主神様の言葉と共に、我れの意識は完全に喪失した。
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