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竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
清次郎と柔太郎

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芹の浅漬け

 二つの腹で二匹の腹の虫が同時に鳴いた。


「ああ、疲れた(ごしてえ)な、腹が減った(ひだるい)な」


 弘がつぶやいた。


「然様でございますね」


 清次郎が同意する。

 それを合図としたかのように、襖の向こう側から


「旦那様、先生。晩飯のお膳を運んでよろしゅうございますか?」


 秀助の声が聞こえた。


「おお、丁度良い、丁度良い。こっちへよこしてくれ」


 弘は明るい声を上げ、手を叩いて応じた。空元気だ。


「へぇ、失礼いたしやす」


 秀助が膳を二段重ねにして持ち込んだ。

 菜飯と味噌汁、固い梅漬け、(せり)の浅漬けが並んでいる。

 浅漬けは、芹に熱湯を掛け回して塩で揉んだものだ。

 何も用意がない中でこれだけ作りあげたのだから、弘が、


「秀助とやら、お()さんなかなかに台所仕事の腕が高い。器用なものだ」


 と褒めそやすのも()()とはいえない。


「ほぅ(せい)よ。まず飯を()()()。話はそれからで良いわ」


 弘は秀助を手招いて、膳を並べさせた。

 それを眺めながら清次郎が、


「義父上、食事の前に……芦田の家から預かってきたものがありますので」


 縦長の風呂敷包みを差し出した。


「ん? (じゅう)からか?」


 風呂敷から檜の柄が二本突き出ているのを認めると、弘の表情は渋くなった。


「酒か?」


「柳町にある(つくり)(ざか)()()(さかい)()(へい)(すけ)で醸した()(れい)という酒だそうです。おれなどは酒の味がわかりませんのが、芦田の兄が祝いの品としてわざわざ持たせたものですから、よい酒なのでしょう」


「しかし酒は……いや、柔太郎は(ゆん)()わしらが()()()()()()()を知らんわけだから、文句は言えぬが……だが酒は、もうわしらには不要のものだ」


「お止めになりますか?」


「わしは今後一切、酒を口にせん。一滴も飲まぬ。()()にも飲ませぬ」


 当然の考えだ。昨晩、弘ときぬが鷹女の「外出」に気付けなかった原因は酒にある。


「それはよろしいお考えです。しかし、この酒を無駄に捨てる訳にはゆきません」


「亀齢が味も値もいいのはわしでも知ってるだで。たしかに捨て(ぶちゃ)るには勿体(げいも)ないがな」


「そも、これを無駄に捨てたりしたら、わざわざ(めい)(しゅ)を選んで持たせてくれた芦田の()()兄姉(きょうだい)におれが怒られます」


 清次郎は笑って見せた。


「ほぅ、保身に走りおる」


 弘も笑って答えた。清次郎と語るうちに、少しずつ心が軽くなってきているようだ。


「ともかく、酒は有難く使わせてもらいましょう」


「使う? (なん)に?」


「例えば……そう、今日一日中鷹殿を探して歩き回った権太や、義母上につきっきりでいてくれた直の労をねぎらうために一杯飲ませてやってもよろしかろうとぞんじますが。

 残りは料理に使うなり、ご近所にお裾分けするなりいたせば、すぐに始末がつきます」


「そりゃいいが……。(ごん)めはわし(だれ)の酒での()()()()を知っている。やつも『酒を止める』と抜かしかねん」


「ならば、義父上の同僚上役の方々に献じましょう。

 義父上が『長くお役目を休む』ことになったことの詫びの品として押しつけ……いや、お届けすれば、きっと喜んでもらえるのではありませんかね?」


「つまり賄賂(そでのした)かえ?」


「いやですね義父上。贈物(つけとどけ)ですよ」


 清次郎は縦長の風呂敷包みの結び目を解いた。


「さて、柄樽の中身の行き先は決まったようなものですから、柄樽の上の中身の行き先を決めましょう」


 現れた柄樽の上には、ズッシリと重そうな竹皮(たけのかわ)の包みが乗っている。


「そりゃなんだね?」


「おはぎです。酒がダメなら、甘いものをお上がりになればよろしいのですよ」



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