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竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
柔太郎と鷹女

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38/85

小銭十両分

「いや、全く先生の仰る通りでございます。せっかく皆が出しおうてくれた金ですから、鐚(びた)一(いち)文(もん)も無駄にする訳にはまいりませんので、このような状態で以て参りました次第です。

 それで今のところは合わせて十両に少し足りない金額になりますが、どうかお受け取り下さい」


 銅銭も混じって十両というのがどれほどの『量』になるのか柔太郎には想像できなかったが、父親が、


「ほう」


 と嘆息したぐらいであるのだから、相当の嵩(ボリューム)があるに違いない。

 それに、多くの人々が少しずつ少しずつ自分のために出してくれた金(きん)子(す)は、金額以上に大きく見えるのだろう。


「倅(せがれ)の怪(け)我(が)の具合からすれば、むしろ多すぎではありませんかや?」


「薬(やく)石(せき)の代に余るなら、来春に近づいた柔太郎どのの昌(しょう)平(へい)黌(こう)遊学の費用に充てくださいませ。我が藩随(ずい)一(いち)の大秀才が、幕府・各藩の秀才たちに気後れしてもらっては困ります」


 勘兵衛は楽しげに、高らかに、笑った。


「ははは。

 たしかに当家は貧(ひん)寒(かん)の趣(おもむ)きを呈しております故、揃えられる旅費も限度がございますでな。

 なにしろ、すでに江戸に出ておる次男の清次郎への仕送りには、柔太郎の役料をほとんどつぎ込んでおりますでな」


 芦田家の現当主は勘兵衛だ。柔太郎は家督前でありながら句読師助を勤めている。これは部(へ)屋(や)住(ずみ)勤(きん)仕(し)などと呼ばれる制度を使ってのことだ。

 武家の『雇用』は家単位で行われる。一つの家から出仕するのは一人だけということになる。またその職は世(せ)襲(しゅう)されてゆくのが習わしだ。

 一つの家に優秀な当主と優秀な部屋住がいる場合、そのどちらも雇用することで、藩は人材と能力の取りこぼしをせずに済むというわけだ。

 この制度のために、芦田家には家(か)禄(ろく)十石三人扶持の他に、柔太郎の役料として三人扶持が与えられている。

 金高に換算すれば、年に五両二分(三十万円弱)ぐらいになるだろう。


「皆々様よりのお志(こころざし)、有難く頂戴いたします」


 じゃらりと重い音がした。

 芦田柔太郎は想像した。父・勘兵衛が頭を下げて、贈られた金(きん)子(す)を高々と掲げ上げている姿しか思い浮かばない。


「快くお受けいただきましてありがとうございます」


「あっありがとうございます」


 しばしの無言は勘兵衛に続いて金一郎と弥門も、三人揃って頭を下げている状態を表している。

 この沈黙を見計らったものであろうか、母・志(し)賀(が)が座敷へ茶を運んだ様子だ。

 三名は茶を喫しながら当(あ)たり障(さわ)りのない世間話を二つ三つした。

 やがて金一郎が、


「先生、長々お邪魔いたしまして、申し訳ございませんでした。さ、弥門どのよ帰(けぇ)らず」


 弥門を促した。それに勘兵衛が答える。


「相(ほー)かい。態(やく)々(やく)見舞いに来てくだすったに、当の柔太郎はまだ他(ひ)人(と)に会わせられぬ状態であってのぅ。申し訳なかった」


「いえいえ、お構いなく。柔太郎どのには、良く休んで体を治すよう、お伝えくださいませ」


 またお辞儀合戦があってから、勘兵衛が、それに続いて加舎金一郎と鈴木弥門が立ち上がり、三人連れだって座敷を出て行く。


 冠(かぶ)木(き)門(もん)の外まで出て客人二人を見送った芦田勘兵衛の足音は、家中に戻ると自室に入っていった。

 柔太郎の耳にギリギリ聞き取れる小ささで、墨(すみ)を磨(す)る音と紙を広げる音がする。

 しばらく経って、勘兵衛が柔太郎の病間に入ってきた。手に一枚の紙を持っている。


「清次郎に文を出そうと思う」


 勘兵衛が柔太郎の枕頭に座り、件の紙を柔太郎の眼前に拡げて見せた。

 柔太郎は腹の筋力(ちから)を振り絞って起き上がった。



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