4.宴もたけなわ
4.宴もたけなわ
優子が公園口の改札前まで行くと、スーツ姿のフィアンセが手を振っていた。
優子も手を振り返した。
信号が変わって彼がこちら側にわたってくるなり、優子は彼の腕を取って歩きだした。
「もう始まってるよ」
「そうだろうな・・・」
彼、前園隆は、優子の微妙に高くなっているテンションにすぐに気が付いた。
宴会場では、皆、それぞれ好き勝手に話題を繰りだしては、人が聞いていようと聞いていまいとおかまいなしに盛り上がっている。
話しが弾んでいるというよりは、それぞれが奇声を上げたり、大声で高笑いしたりと、はたから見ればまるでまとまりのない集団に見えるだろう。
もしくは、よほどストレスがたまっているに違いない。
まあ、お通夜みたいな花見よりはましかもしれない。
仕事帰りとあって、皆、腹が減っているようで、15人前ある寿司が見る見るうちになくなっていく。
知美は優子と彼女のフィアンセの分を取り皿にキープした。
すると、ちょうど優子がフィアンセを連れて戻ってきた。
「お帰り!」
知美が優子たちに向かってそう言うと、皆の視線が一斉に優子達の方を向いた。
「おっ! 来たな。 まあ、ここに座れ」
社長の志田がそう言って自分の隣に一人座れる分のすき間をつくった。
「失礼します」
何を血迷ったのか、優子のフィアンセは志田の横に座ってしまった。
優子は、その後ろで「婚約者の前園さんです」と照会すると、知美や純のそばに来て座った。
「彼、大丈夫なの?」
純が聞いた。
「はい、けっこう社交的ですから。 あっ! お寿司美味しそうですね。これもらっていいですか?」
そう言って、知美がキープしておいた寿司を手でつまんでパクリと口に放り込んだ。
隆は、座るや否や500ml入りの缶ビールを渡され、既にほろ酔い気分の親父たちの相手をする羽目になった。
「へ~え、なかなかイイ男じゃないか。 まあ、飲め! 駆けつけ3杯だ」
隆は志田に礼を言って、とりあえず、缶ビールを口にした。
「いい飲みっぷりじゃないか! 遠慮せずにどんどん飲めよ」
「はい、頂きます」
そう言うと500mlの缶ビールを一気に飲み干した。
すると、ヤンヤヤンヤの喝さいとともに、あちこちから、缶ビールやら缶チューハイやらを手渡され、いろんな質問を浴びせられた。
隆が褒められると、優子も嬉しくなって彼を自慢した。
そのうち、八田が得意の民謡をアカペラで歌い始めた。
「いよ~っ! 待ってました」
部長の麻田が掛け声を発し、手拍子が鳴り響いた。
歌い終わると、通りすがりの外国人観光客が拍手して写真を撮っていった。
すると、調子に乗った八田は今度は軍歌を歌い始めた。
すでに、かなり酔っているようだった。
歌い終わると八田は座ったまま、いびきをかいて寝てしまった。
「あれっ? 八田さんもう終わり? こんなところで寝ちゃったら置いて帰るよ」
八田はその声に一瞬反応したが、すぐにいびきを再開した。
宴会が始まって、1時間が過ぎる頃から、徐々に席を立つ酔っ払い達。
年を取るとトイレも近くなる。
一度席を立つとなかなか戻ってこられない。
トイレが混んでいるせいもあるが、場所が分からなくて戻って来られないのだ。
あげくの果てに良介の携帯に電話をかけて、迎えに来いと言ったり、場所を見つけられず、あきらめてそのまま帰ってしまう者まで出る始末。
「あれっ? そう言えば中江さん戻ってこないね」
「きっと迷子になってるんじゃねえか? おい、日下部、ちょっと中江さんの携帯に電話してみろよ」
志田に言われて良介が中江の携帯に電話をすると同時に、テーブルの下から呼び出し音が鳴りだした。
秋元が中を覗くと、黒いカバンの中から聞こえてくるようだった。
鞄を取り出し中を覗くと携帯電話が鳴っていた。
秋元はその携帯をとり出し電話に出た。
「もしもし・・・」
良介は、中江が電話に出てくれてほっとしていた。
「もしもし、中江さん?」
「いや、秋元だけど」
「あれ?」
良介が秋元の方を見ると携帯電話を耳にして秋元が手を振っている。
「すいません。間違えました」
「間違ってないよ。 これ、中江さんの電話。 鳴ってたから出た」
良介は電話を切った。
「ちょっと! ややこしいことしないで下さいよ」
「でも、中江さんが携帯置いていなくなったのが分かったじゃん」
「まあ、そうですけど・・・」
その時、また中江の携帯が鳴った。 公衆電話からだった。
秋元が出たとたん、受話器から声が聞こえた。
「もしもし、誰?」
「誰?って、お前が誰だよ」
「ああ! 中江と言います。 その電話の持ち主の・・・」
「な、中江さん? どこに居んの?」
「いやあ、トイレに行ったら、場所が分からなくなっちゃってさあ、面倒くさいから帰るわ」
「帰るって、荷物置いたままだよ」
「悪い! 会社に置いといて」
「会社にって・・・ 迎えに行きますからどこにいるか教えて下さいよ」
「いや、もう電車のっちゃって、いま東京駅だ」
「ちょ・・・ まじっすか?」
「じゃあ、頼んだよ」
電話をたたんで呆然とする秋元。
事態を把握した皆は一様に知らん顔を決め込んだ。