3.宴会準備
3.宴会準備
4時半になった。
5時になったらガードマンを帰さなければならない。
それに、業務報告書にサインをしてやらなければならない。
良介は、行き先表示板に“上野 直帰”と書いて出かけた。
これから花見の準備だということは一目瞭然だが、定時前に会社を出ても文句を言う者は誰もいない。
良介が花見の場所に行くと、若いガードマンは一人でシートの上に落ちた桜の花びらを一所懸命、掃いている。
彼女の姿はなかった。
「ご苦労さん」
「ああ、お疲れ様です。 この花びら、掃いても、掃いても、きりがないですよ」
「そうだな。 もう、散り始めだな」
そう言いながら、良介はガードマンの業務報告書にサインをし、ガードマンを見送ると、時間を確認した。
そろそろ、頼んでおいたオードブルや寿司を取りに行かなければならないのだが・・・
ちょうどその時、柳瀬純と笠原優子がやってきた。
「また、今年もハリキッちゃいましたね」
二人は、小林商事の元社員で、寿退社ってやつだが、良介の企画するイベントには必ずといっていいくらい、やって来る。
「ちょうどよかった。 買い出し行くから付き合ってくれ」
「いいですよ」
「じゃあ、純ちゃんと行ってくるから、優ちゃんは留守番してて」
「はーい! お掃除しながら待ってまーす」
この時間になると、アメヤ横丁はすごい人出で、前から来る人とすれ違うことさえ容易にできないほどになっていた。
良介はゆっくり歩いているつもりだったが、純は人波をかき分けてついて行くのがやっとという感じだった。
良介は純の手を取って引っ張った。
「迷子になるなよ」
「良ちゃん、歩くの早いよ。 でも、こうやって、手をつないで歩いてると恋人同士みたいだね」
最初に、御徒町のスーパーで酒類を買った。
酒は、それぞれが来る時に買ってくる手筈になっていたので、自分たちが欲しいものだけを買った。
ちなみに良介は毎度お馴染み“燗番娘”、蓋を開けると熱くなる仕組みの日本酒だ。
純は、優子と一緒に飲むといってワインを買った。
それから1階の食品売り場でオードブルを受け取った。
オードブルは大して重くはないのだが、大きな丸い容れ物なので持つのにカサばる。
良介と純は、アメヤ横丁を回避して、遠回りになるが、広い通りを歩いた。
最後に寿司を受け取って花見場所に戻ってきた。
花見場所には、まだ優子しかいなかった。
ところが、優子は隣の会場の若いサラリーマン風の連中と意気投合していた。
良介と純に気がつくと、既に赤い顔で手を振った。
「私が一人でお掃除してたら、隣の人がね、寂しそうだからって、ビールくれたんですよ。それでね・・・」
「はい、はい、分かったから並べるのを手伝ってくれ」
「はーい!」
来てからまだ何分も経っていないはずなのに、優子は既に宴会モードらしい。
まあ、元々こんな感じの子だったな。
「そういえば、優ちゃん、今日はフィアンセ連れてくるんじゃなかったのか?」
「そうでした。 忘れてました。 現地集合だから、迷子になってるかも知れませんねぇ」
「おい、おい、ちょっと電話してやった方がいいんじゃないのか?」
「大丈夫ですよ! まだ時間が早いから。 着いたら、向こうが電話くれますよ」
料理を並べ終わる頃に、常務の佐島と秋元がコンビニの袋をぶら下げてやってきた。
秋元は缶ビール、佐島はアメ横で買ったらしい焼き鳥を持参してきた。
「わーあ、常務、お元気でしたか?」
「ああ、笠原さん、久しぶりだね」
そうこうしているうちに、続々と集まってきた。
最後に、社長の志田と井川が到着すると、ほぼ全員が揃った。
管理部の連中は、決算の処理が大変だということで遅れるということだった。
「それじゃあ、皆さん、大方揃ったので始めましょう」
良介が、そう、号令を掛けると、一同、待ってましたとばかりに缶ビールのプルトップを鳴らし始めた。
寿司にオードブル、佐島が買ってきた焼き鳥、志田と井川が買ってきたマグロのぶつ等々。
けっこう豪華な宴会になった。
女性陣は辞めた二人と積もる話があるようで、固まって座っている。
「そういえば、笠原さん、フィアンセは?」
企画部の佐々山知美が尋ねた途端に優子の携帯電話が鳴った。
「今、来ました! ちょっと迎えに行ってきます」
そう言って優子はフィアンセを迎えに駅の方へ歩いて行った。
「なんだ? 優ちゃんはどこ行ったんだ」
志田がそう聞くと、佐島が「トイレだろう?」と言ったので純が「バカなこと言わないでください」と戒めてから、今日は優子がフィアンセを連れてくることになっていることを打ち明けた。
「なんだ、そうか。そりゃあ、楽しみだな」
この酔いどれ軍団の中に、初めて入ってくる優子のフィアンセはこの後どんな目に合うのか・・・
良介がそんなことを考えていると、純と知美が同じような話をしていた。
「いくら、彼女に誘われたからって、よく、こういうところにこようなんて思うわね」
「そうね。 勇気があるわね」




