場所取り
本番はまだだけど、とりあえずスタートです。
1.場所取り
毎年、この時期は夜になるとけっこう冷え込む。
昼間は暖かいのに・・・ 花冷えってやつか。
良介は、日中、時間を作って上野公園へ行ってみることにした。
公園口から動物園の入口手前まで来ると、そこには、平日の昼間だというのに青いシートを張って宴会を開いているグループが溢れている。
そうかと思えば、夜のために一人、本を読みながらじっと座っている青年もいる。
来園客が歩くための通路以外は辺り一面青色だ。
そうだろう。 今が八部咲きといったところか・・・
明日の花見は最高のコンディションで迎えられるに違いない。
良介は週末の金曜日だということで、花見の予定を早くからその日に設定していた。
まあ、予想通りだ。 明日が勝負だな。
その日の夜は、会社に泊まった。
目が覚めると4時少し前だった。
「やばい!寝過ごすところだった」
良介は前日に用意しておいてブルーシートとガムテープが入った袋をぶら下げて会社を出た。
通りに出て、最初に走ってきたタクシーに向かって手を上げると、袋を抱えて乗り込んだ。
「上野公園まで。 公園口に近い方まで行ってください」
「花見ですか?」
「ええ、これから場所取りです」
タクシーが公園口前に着いたのが4時15分。
「間にあったな」
最初に上野駅に到着する京浜東北線の下り列車が4時29分。
それより早く行かないと、競争率が高くなるのだ。
案の定、電車がつく時間を過ぎると、シートや段ボールを抱えた場所取り役の連中がもうダッシュでやってきた。
メイン通りの目ぼしい場所には、既にシートが張られている。
昨夜の宴会が終わってから、場所を譲り受けた連中が寝袋にくるまって転がっている。
動物園入り口から少し行ったところに、誰も場所取りをしていないスペースがある。
スペースはあるが、そこには浮浪者のような連中がしゃがみ込んでワンカップ片手にひそひそ話をしている。
いい場所なのだけれど、だれも近づこうとしない。
良介は『しめしめ』と思いながら連中に近づいた。
「おじさんたち、ここ場所取りしてるの?」
すると、浮浪者風の男達は首を横に振って答えた。
「いいや、場所取りするならどうぞ」
男達はそういうと、その場を立ち去って行った。
「本当? ありがとうございます。じゃあ、ここにシート張らせてもらいますね」
良介の思った通りだ。
ちょっと前までは、こういう連中は早々と場所を取って、それを花見客に売りつけていたものだ。
最近は、現金を貰うと警察に捕まってしまうため、趣向を変えたのだ。
良介がシートを張り終えると、再び彼らが戻ってきて、良介のそばでたむろして立ち話を始めた。
しばらくすると、一人の男が良介の方へやってきた。
「おにいさん、俺らが見ててやるから便所行くときとかは言ってくれよ」
「それは助かるなあ」
そして、良介は、お礼だと言って財布から千円札を1枚取り出した。
すると彼らは首を横に振って良介の申し出を断った。
「そんなつもりじゃないから、いらないよ。 どうせ暇だからさ」
「じゃあ、なんかあったら遠慮なく声を掛けさせてもらうよ」
そうやって彼らは、良介から見える位置で再び立ち話をはじめた。
『計算通りだ。』
7時を少し過ぎたころ名取が応援にやってきた。
「日下部さん、いい場所じゃないですか! さすがっすね」
「まあな。それよりお前、朝飯食ったのか?」
「いや、まだっす」
「じゃあ、なんか買ってくるから代わりにここにいてくれ」
「わかりました」
良介と名取は握り飯を食いながら、一足早い花見を楽しんだ。
「宴会になったら、桜なんて見てるどころじゃなくなっちゃいますからね」
「まあな。 ところで、お前何時くらいまでいられるんだ?」
「そうですねぇ、8時過ぎくらいまでならいられますかねぇ」
良介が時計を見ると、7時50分だった。
「ちょっと出かけてくるから、戻るまで待ってろ」
「えぇ~っ! 今からですか?」
「ああ、すぐ戻るよ」
名取が時計を気にしながら待っていると、言葉通り、良介はすぐに戻ってきた。
良介の後には、いつもイベントのときに警備を頼んでいる警備会社の制服を着たガードマンがいた。
「ガードマン頼んだんですか?」
「そうさ。 俺だって仕事があるんだ。 一日中、ここに座っているわけにはいかないんだぞ」
「まあ、そうっすね。 当然といえば当然っすね」
今日のガードマンは、まだ20代後半の若いガードマンだった。
「じゃあ、後、頼むな。 何だったら、彼女でも呼んで花見やってていいから」
「はい。 大丈夫です」
ガードマンに引き継ぎすると、良介と名取は、一旦、会社に戻ることにした。