8. 【私は日本語が喋れます】
「何か刷りたいのあります?」
そう聞いてくる田中さん。ウメコさんはニコニコとただ見守っていらっしゃるだけ。
どうしましょう……やはり愛国心を見せるために国章かしら。いいえでもそれって国旗を着ているようなものでしょう? 少々アピールが過ぎるというか痛々しいというか。
「外国人の方だと漢字一文字とか多いですけど~、でもベアトリスさん日本語ペラペラだし嫌かな」
なんですのそれ。同じく他国どころか異世界から来ましたが、何が良いのかさっぱりわかりませんわ。嫌というか困惑でなくて? 米やら梅やら書かれたTシャツなんて、何をアピールしたいのか。
でも他に何も思いつかないですし、私も大衆に合わせるべきなのかしら……。
「ほんと、不思議なくらいペラペラですよね。イントネーションもおかしくないし。もしかしてハーフか何かですか?」
「いいえ、全く」
「ひぇー。凄いなぁ」
田中さんが大袈裟にのけぞりなが仰いまして。ああ、この方お喋り好きな商売上手だわ。そんな気がしますの。
ペラペラ、アピール……そうですわ!!
「私が同じ言語を使っていると伝えられないかしら?」
これでもう、わけのわからない言葉で話しかけられることが少なくなるのでは。名案を思いつきましたの。
「“私は日本語が喋れます”みたいな?」
「ええ。どうかしら?」
「わかりやすくていいわねぇ」
とウメコさんも仰ってますし。なのに、当の田中さんといえば目を丸くした後に……なぜ大笑いしているのです!?
「わはははは! いいですねそれ!!」
と代わりに余っていた田中電気店Tシャツを渡されたので、お店の奥で着替えて先ほどまで来ていたものを渡したのでした。
「今日はこの後ご用事は?」
「スーパーと商店街でお買い物しなくちゃなの」
「じゃあ落としちゃいけませんし、帰りに買ってた方がいいのでは?」
あらそういえばとウメコさん。確かに。あんなに薄いガラスですもの。割れてしまいますわ。
「忘れないようにしなきゃ」
「私がいますわ!」
「安心ですね、梅子さん」
というわけで一度お店を出まして。ウメコさんはそのシャツも似合ってるわ、と。この田中電気店Tシャツが、ですの? よくわかりませんわ。
そのまま歩いて行くと、何やらバザールのようなところが。アーチに掲げられた看板には三丁目商店街と書かれていますわ。
「ここが商店街よ」
お肉にお魚、お野菜。あれは……布団を売っているところかしら。色々なお店がありますわ。
「今日の晩御飯は何にしましょうかねぇ」
と仰るウメコさんと歩いていると、活気のある声が響いてきまして。
「おっ、梅子さん。今日はカレイが安……って外人!?」
「まあ! カレイの煮付けもいいわねぇ。そうそう、この間からうちに住んでるのよ」
そ、そんなに驚かれなくてもいいんじゃないかしら。
ウメコさんよりも少し高く、しかし小さいおじ様はどうやら魚屋の店主らしく。その頭の上についている布地の輪はなんですの? エプロンも私が使っているのとは違って光沢がありますわ。
「ハ、ハロー! オレ、英語、シャベレネェ!」
「……私も英語とやらは話せませんわ。ごきげんよう、私はベアトリス・バーナードと申しますの」
「クマちゃんよ。私はそう呼んでいるの」
もうこの流れも何回目かしら。そしてウメコさん以外は基本的にクマと呼びませんことよ?
「熊にしてはほっせえけんど。嬢ちゃんペラペラですげえなぁ!」
浅黒い日焼けも相まって元気な印象な方だわ。
……それにしても色々な魚がありますのね。もしやこの世界には伝説の海があるとか?
「オレは学がねえからわからねえけどよ。英語じゃねえってこたぁあれか? フランスとかロシアとか……」
「……いいえ、私、日本語しか喋れませんの」
田中さんに頼めてよかったわ。流石私ですの。