6. 適応が早すぎる悪役令嬢
「ウメコさん、お茶が入りましたわ」
「ああ、ありがとう」
お茶を飲みつつ、梅干しをつまみまして。うーん、酸っぱくて美味しいですわ。テレビからは相変わらず賑やかな声が聞こえていまして。
やっと、この世界のご飯のおいしさやテレビにも驚かなくなってきました。本当に、最初は大変でしたわ……。
『な、何ですのこれは!!』
お夕飯にしましょうかね、と言われ台所へついていった時でございました。
ウメコさんが黒い突起を押して傾けると、炎が出たのです。私は、やはりウメコさんも魔法が使えるのではと疑いましたが、どうやらこれも誰でもできるらしく。その上で当たり前のように料理をするというのですから、またもやカルチャーショックを受けました。
『す、涼しい!?』
しかしそれだけではなかったのです。クローゼットのような奇妙な箱は、開けると涼しく、食材を新鮮なまま保存できるのだとか。氷が入っているわけでもなく、逆に氷まで作れる……恐ろしいですわ。
『美味しい!?』
そしてできた夕飯の美味しいこと。お箸という二つの棒を使うのに慣れていなかったので妙に小さく持ちやすいスプーンとフォークで頂きましたが。
……最初は、一食ずつではなく全てを少しずつ食べるという謎の文化に抵抗を覚えました。が、それは間違いだとすぐに悟りましたの。
リゾットなどでお米を食べる機会はありましたが、そのお米とはまた違ったふんわりとしながらももちもち食感なジャポニカ米。しょっぱくも謎の深みがあるお味噌汁。歯応えがよく、単体で食べるには少々しょっぱすぎるお漬物。これらは、三位一体でした。
『黒い板の中で小さい人が喋ってますの!!』
食後に黒い棒を持ったウメコさんが教えてくださったのはテレビというものは、どうやら別の場所の違う時間のものまで映せるものらしく。衝撃的でございました。
『お、お風呂に使用人もなく……!?』
そしてお風呂は狭く、謎の蛇とジョウロを合わせたようなものがありました。しかしそこから出るお湯の素晴らしい適温さといったら。石鹸を液体にしたようなものらしいシャンプーは泡立ちがよく、リンスはツルツルで。他人と背中を洗い合ったのも初めてでした。
『床で寝ますのーー!?』
なんと極め付けは、床に布団のようなマットレスを引いて寝るのですから、もう脱帽ですの。しかも全て自分で。寝心地が悪いかと思えば案外そこまででもないですし。
『早起きは三文の徳ですよ』
朝は早く、そして顔を洗うのも着替えも全部一人で。昨日敷いた布団を畳んで、壁に埋め込まれたチェストにしまって。
『朝ごはんは卵焼きと……しゃけでも焼きましょうか』
お米を洗うのも、卵を割るのも、何もかも初めてで、時折危ないことをして叱られてしまいました。それでも何度でも教えてくださるので、何度も挑戦して。やっとできた朝ごはんは、昨日の晩よりも美味しい気がしました。
その後も、食器洗いやお洗濯、掃除などなど……。
カルチャーショックで失神しそうな日々でございました。
「はぁ……本当に、このTシャツとジーンズは最高ですわ」
今やドレスを脱いで売り、貰い物だというTシャツとサイズ違いで買ってしまったらしいジーンズを身に纏っている私を見て、お母様たちはなんていうかしら。いいえ、でもこのコルセットもいらない快適さを手放すなんて私できませんわ。
「似合っていますよ」
「お褒めの言葉をありがとうございますわ」
でも、まだまだ、異世界人になるために修行の日々なのでした。
「ああ、そういえば。そろそろお買い物に行くのだけれど、ついてくるかしら?」
お買い物……そういえばここ数日お外に出てませんでしたわ。
「ええ、もちろんついて行かせていただきますわ!」