5. おばあちゃん(90歳)といっしょ
「角部屋だから他の部屋よりちょっと高くてね。あんまり人が入ってくれなかったのよ」
お店の脇の人ひとりくらいしか通れなさそうな道を通って、カンカンと音のなる階段を登り、四つほどあるドアの一番端に案内されます。
「まぁ……」
そこは、使用人部屋くらい狭く、そして何もない部屋でした。
「トイレもお風呂もちゃんとついていますよ」
ウメコさんが靴を脱ぎまして。ああ、靴を脱ぐ文化なのね、と私も脱ぎます。どうやらソックスは脱がなくて良いようで。
パチン、と音がすると電気がつきます。
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「う、ウメコさんも魔法が使えましたの??」
「まほう? そんな魔女じゃないんですから。ああ、ここが電気のスイッチですからね」
ま、まさか魔法が使えなくても、光を灯せるの……?? 異世界、凄すぎるわ……。
「というわけでここなのだけれど、本当にいいかしら?」
若者の勢いに釣られてろくに説明しないで紹介してしまったから……と仰るウメコさん。
思わず部屋を見まわしまして。奥には謎の緑色のマットが敷かれていて、踏んでみるとなにやら絶妙に柔らかい。玄関の方は木製の床で、キッチンもある。厨房室以外にキッチンなんて初めて見たわ……。まぁ、ですが。
「選べる余裕はありませんので。どうか、住まわせてくださいまし」
「じゃあ、一度母屋に戻りましょうかね。何もないからおしゃべりには向かないもの」
というわけで、また靴を履いて、今度は商店の横のドアから入ります。横に引くドアなんてありますのね。
「上がってちょうだい。今お茶を用意しますからね」
「はい」
先ほどのお部屋よりは広いけれど、やはり元の世界の家より小さくて天井も低いですの。庶民だからかしら……それとも世界的に?
「ああ、ちょっと待ってちょうだいね。その前におトイレへ」
とウメコさんが行ってしまったのでこっそりポケットの中身を確認しまして。
……何でしょう、この、新生活応援パックみたいなものは。戸籍、保険証、住民票、通帳(?)に印鑑など、所々読めない文字で書かれているけれど大丈夫なのかしら。
一通り確認し終えたので、戻ってくる前にまたポケットにしまい直します。
「お待たせしました。はい、お茶どうぞ」
「……このカップ、持ち手がありませんわよ?」
「外人さんには珍しいわよねぇ。こう、覆うように持つのよ」
スッと持ってそのまま啜るウメコさん。あ、熱くないのかしら。あと、この薄黄緑色は一体……。
「遠慮せずにどうぞ」
「え、ええ。いただきます」
お、臆してはいけませんわよ、ベアトリス・バーナード。腹を括って、手で覆いましたが……あら、以外と熱くない。青葉のような爽やかな香りと、心地よい渋みが広がりまして。悪くないわ。
「凄いですわ……」
元いた世界とは全然違う文化、文明。これが、カルチャーショックというものなのかしら。
「ウメコさん、私、何も知りませんの。ですから、全然、よくわからなくて……」
あまりにも忙しく、なのにどこか穏やかで、思わず弱音を吐いてしまいました。
「じゃあしばらくはうちで一緒に暮らしましょうかね。教えてあげるから」
「そんなの悪いですわ。ご家族とか……」
「もう夫は先に逝ってしまってね、私一人なのよ。だから心配いらないわ」
あなたは悪い子じゃなさそうだもの、とウメコさん。自分で言うのも何ですが、ご老人がそんな簡単に人を信用してはいけませんわよ? 良心が痛み、自分からポケットのものを見せまして。
「まあ、すぐにでも契約できそうね。でも、外人さんが最初から一人暮らしは難しいでしょうし、お部屋を借りるかどうかは慣れてからもう一度お話しましょうか」
「そんな、人が良すぎますわ……」
あら、でもあなたの身元もわかったし、困っている若者を老人が助けなくてどうするの、と仰るウメコさん。普通逆でしてよ……。
「でも、その代わり、家事を手伝ってもらいますよ。手が届かなくて電球が変えられないのよ」
「私がお手伝いできることならば、いくらでも手伝わせていただきますわ」
私を、立派な異世界人にしてくださいまし!