4. 可愛い子には旅をさせよ
「……えーーーっと、迷子ってこと?」
久しく聞いたことのなかった言葉に、耳を疑います。
迷子!? この私が迷子ですの!?
「あらまぁ。じゃあ警察まで連れて行かなければいけないかしら」
警察……衛兵のことかしら。どうしましょう、馬鹿正直に話してしまえば、異世界にきて早々不審者扱いで詰所行きでは??
この世界でもおかしくない、適度な嘘を考えなければ……でも私この世界についてまだ何も知りませんのに。
「ま、迷子ではなくて」
「えだって身ひとつで放りだされた……ってまさか誘拐とか!? お嬢様っぽい!」
「いえ、誘拐でもなく!」
ある意味世界に誘拐されたようなものですが。身ひとつで放り……そうだわ。
「私、勘当させられましたの!」
これなら、庶民でもよくある話でしょう。この世界に勘当があるのかどうか不安ではありますが……。
「婚約破棄されたから!?」
「ええ、まあ、多分、はい」
「お金持ちって厳しー!」
「ほ、ほら、可愛い子には旅をさせよと言うでしょう?」
獅子は子を千尋の谷に落とすとも言いますが……。
なるほどと納得してくださるナナさん。ど、どうにか誤魔化せたようだわ。よかった……。
「ですから、まずは住むところを探しているのです」
物語のように野宿など、さすがに無理ですから。これが庶民ならまだしも、私は生粋の貴族。護身術の心得はありますが、やはり怖いのです。
「お金なら、この指輪を売ればなんとかなるはずですわ」
舞踏会に出ていたこともあって、宝石を多く身につけていられたのはよかったわ。殿下の隣に立つものとしてふさわしい宝石達ですもの、お金になるはずです。
「……おばあちゃんにはよくわかりませんけれどもね、昔も今も、大変なのねぇ」
静かに聞いていてくださったお婆様がゆったりとそう仰いまして。
「あなた、うちにくる? 二階の部屋が空いてるのよ」
お話によると、この商店の裏に二階建ての家があるらしく、そこは人に貸すための部屋がたくさんついているのだとか。
「ああ、でも、息子夫婦に怒られちゃうかしら。詐欺に気をつけろってよく言われるのよ。今海外でお仕事しているのだけれどね」
二つ返事で返そうとして、口を閉じます。
そうだわ、今の私は、侯爵令嬢としての身分が保証してくれないのよね。ご家族からしたら、怖いに決まってるわ。
スカートを握ると、何かがポトリと落ちまして。何かしら、これ。カード?
「落ちましたよ……ってまあまあこれ大事なものじゃない」
拾ってくださったのは……在留カード? なんですのこれ。
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日本政府 在留カード
氏名 BEATRICE BAENARD
生年月日 2004年7月23日 性別 女 F 国籍 英国
住居地 縺薙l縺九i螟峨o繧
在留資格 逡ー荳也阜霆「遘サ
在留期間 荳肴?
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ところどころ読めませんし。そもそも私のドレスにポケットなんてなかったはずですわよ。
「まあ細かいことは追々決めましょう。老眼鏡がないと小さい文字はよく見えなくてねぇ」
「え、ああ、はい」
とりあえず、これは身分証明書のようなものだと考えればいいのかしら。
なぜかついていたスカートを探ってみるとまだ何か入っていました。何か重要なものかもしれませんし、誰もいないところで確認しましょう……。
「あなた、お名前は?」
「ベアトリス・バーナードです」
「まぁ! 孫がね、てでぇベアっていうのが好きでね。あなたクマちゃんなのね」
く、クマ……? クマってあれよね。あの動物……。
私と同じドレスを着たクマを想像してしまい、頭を振る。
「ウメコさん、それテディベアだよ」
「あらそうなの!」
そんな時、ニャイン! と音がしました。
ナナさんがスカートから薄い板のようなものを取り出します。
「あ、やっばい、ママからお使い頼まれてたんだった。じゃ、ウメコさん、ベア、またね!」
「えらいわねぇ〜」
目にとも止まらぬ速さで板を触り、慌ただしく去っていったナナさん。
「じゃ、お部屋に案内しましょうかね。私は常田梅子。これからよろしくね、クマちゃん」