1. 悪役令嬢、現代日本に飛ばされる
「ベアトリス・バーナード侯爵令嬢との婚約破棄をここに宣言する」
その声と共に絶望に落ちましたの。
愛おしい殿下は、あの身の程知らずを抱き寄せ、火傷してしまいそうな視線で見つめました。彼女は私が恋焦がれるほど欲しかったものを一身に受けて、応えるかのように微笑んで。
そこからはよく覚えておりません。きっと、侯爵令嬢としてのプライドに賭けてどうにかし、その場を離れたのでしょう。
迎えの馬車を待つ間、庭園のベンチに座っていると、涙が溢れてきました。俯いていたせいで、ドレスに丸い染みができてしまいます。
ああ、私の、何が、いけなかったのでしょう。
私はただ、この国を、殿下を、愛していただけなのに。侯爵令嬢として、婚約者としての責務を果たしていたはずなのに。
「へ?」
突如、キーンと耳鳴りがして、顔を上げますと、空には流星が降り注いでいて。
これは、あの聖女が、異世界より降臨した時と同じ……。
その眩しさに思わず瞼を閉じて、次に開けた時、
「は?」
……目の前は別世界でした。
*
座っていたはずのベンチがなくなり、尻もちをつく。硬い。思わず地面を叩けば、庭のはずなのに、土ではなく、何か謎の黒い建材で舗装されていた。そのまま見上げれば謎の柱と青い空が……夜だったはずよね?
周りには見たことのない建物が立ち並び、謎の異民族がこちらをチラリと見ては通り過ぎていく。
「ここ、どこですの……」
少なくとも、我が愛する母国じゃないことだけは確かだった。
とりあえず、淑女として地面に尻をついていることなんてできず立ち上がる。
「あ、え、うぅ……うーん?」
軽くスカートを払いながら、瞬きを繰り返す。ええと、殿下に婚約破棄されて、庭で泣きべそをかいていたらあの流星が降ってきて、眩しくて目を閉じて、それで、目を、開けたら……。
「もしかして、異世界ですの、ここ……」
ちょっと待ってくださいまし、涙も引っ込んでしまいましたわよ?
「……はぁ?」
自分で思いついたくせに理解が追いつかず、ぼうっと立っていると、目の端に光る何かが映りまして。
金……髪? でも上の方が黒くて……。
「ちょ、お姉さんめっちゃ目ぇ赤いけど大丈夫そ?? 彼氏に振られでも……ってうわガチ外国人じゃん。あーし英語5点なんだけど……えっと、あーゆーおーけ?」
何やら制服のような何かをだらしなく着た、同い年くらいの方が話しかけてきました。先ほどから通りかかる異民族だわ。
不思議なバッグには小さいぬいぐるみが所狭しと付いていて、底にはカラフルな文字でチヨコと書いてある。チョコレートのことかしら。
「いえ、なんと仰っているかは分かりますけれど……」
「えっ、日本語ペラペラすぎない!? マジウケるんだけど!」
はい?
ニホンゴ? ウケる?