表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

第6話 シルヴァンデール家

教会の鐘が、荘厳な音を響かせる。

村では収穫祭の準備が着々と進んでいた。

シルヴァンデール家の広大な領地に、黄金色の麦畑が広がる季節になると、村々では伝統的に収穫祭が催される。


村の教会前の広場には、色とりどりのテントが立ち並び、風に揺れる旗が賑やかに翻っている。

村人たちは、各々が育てた新鮮な野菜や果物、手作りのパンやチーズ、ハムやソーセージなどを持ち寄り、長いテーブルに並べていた。


そして、シルヴァンデール家の者たちも、自分たちのつくった料理をテーブルに並べていった。

執事たちだけでなく、家の者たちも率先して働いていた。


この村では例年、領主であるシルヴァンデール家の面々が、来賓として迎えられていた。

今年は侯爵夫人エレノア、三男レオン、長女セシリア、次女モニカであった。

そして、いつも彼らは積極的に、祭りの運営に参加し協力するのだった。

領地の民との交流を深めることも、シルヴァンデール家の慣わしである。

歴代の当主は、土地と人々を守るために尽力し、地域社会との強い絆を築いてきたのだった。


五つの名家の一つであり、侯爵家という大変な地位にありながら、シルヴァンデール家の者たちは皆、それを鼻にかけたり他を見下したりすることは一切無かった。

領地の者たちに対しても、支配者として圧政を強いることは無い。

そうした性格もあり、民からの信頼は非常に厚かった。


すると、村の長老が、ゆっくりとこちらにやって来た。


「おはようございます、皆様。おかげで今年も、素晴らしい収穫祭を迎えられそうです」

「ご機嫌、村長。準備は順調に進んでいるようですね」


エレノアは微笑みながら挨拶を返した。


「シルヴァンデール家のご支援とご協力には、いつも感謝しております」

「村の皆さんが、いつも一生懸命働いてくださるおかげです」


村長は深く頷く。


「皆様の温かいお心遣いに、村人たちも喜んでおります。ぜひ皆様も、ごゆっくりと楽しんでいってくださいませ」

「こうした祝いの場を通じて、我々の絆が一層強くなることを願っています」


エレノアの言葉に、村長は再び感謝の意を示した。


シルヴァンデール家は、王国で古くから続く名家である。

代々に渡り自然との共生を重んじており、それが家柄の特徴と言えた。

初代当主は、大自然の女神との契約を結び、土地を豊かにする力を授かったと言われている。

そして農業と林業を中心に栄え、今では国の食糧供給を支える重要な役割を果たすほどだ。


すると、収穫祭が盛大に始まった。

楽隊が陽気な音楽を奏で、祭りの高揚した雰囲気をさらに盛り上げた。

会場のテーブルの上には、鮮やかな料理や食材がふんだんに置かれている。

村の女性たちは、色とりどりの花を編み込んだ冠をかぶり、伝統的な踊りを披露している。

子供たちは、教会の鐘楼の下で楽しそうに駆け回り、笑い声が絶えなかった。


シルヴァンデール家の者たちは来賓の席に座り、振舞われた料理や酒を口にしながら、それらを眺めていた。

村人たちが挨拶に来ると、皆気兼ねなく交流していた。


「モニカ様、うち自慢のチーズです。ぜひ召し上がってください」

「まあ、ではいただきます……わあ本当ですね、とても美味しいです、これ」

「まだまだ沢山あるので、お土産にも持っていってください」

「ありがとうございます」


モニカは特に人気で、村人たちから様々な贈り物を貰っていた。


「お兄様も如何ですか? この頂いたチーズとても美味しいですよ」

「ああ、そうか。じゃあ一つ貰うよ」


レオンは、モニカからチーズを一切れ受け取って口にする。


「ん、本当だ。こりゃ美味いなあ。ワインにもピッタリだ」

「でしょう?」


レオンも家族と共に、収穫祭を楽しんでいるのだった。

しかしながら、祭りの賑やかな雰囲気の中にあって、彼はまったく別のことに考えを巡らせていた。


——さて、再度状況を整理しよう。


まず詳しく現状を確認したところ、どうやら自分は三年前に回帰している様だと分かった。

時間が巻き戻されて、レオンだけがそれを認識している様である。


——この現象に関しては、正直言って何なのかまったく分からない。気にはなるが、今は優先するべきことが他にある。


実際のところ、彼にとって有難いものであることだけは確かだった。

これにより、自分や家族の凄惨な死という結末をリセットすることが出来た。


——館襲撃の主謀者は、ダリウスと見て間違いないだろう。しかし、相手は奴個人という訳ではない。敵はブラッドウィン家だ。


今の彼にとって、それが最も重要な懸案だった。

ダリウス一人を暗殺するだけであれば、レオンの技量を持ってすれば不可能ではないだろう。

しかしながら、家全体を相手にするとなると簡単にはいかない。


——奴らの目的は、シルヴァンデール家を潰すことによる、勢力拡大と見て間違いないだろうな。


地位か領土か資源か、明確な狙いは定かではないものの、いずれにせよ侵略の意図は明らかであった。


——奴らを手っ取り早く潰す方法は、戦を仕掛けることだろう。


戦力はシルヴァンデール家がだいぶ上回っていた。

また、現王家であるヴァレリア家とも友好的な関係にある。

戦において、シルヴァンデール家が負けることはまず無いと思われた。


——しかし、それはあまり現実的じゃないな。


戦争になれば、双方共に大きく消耗する。

よっぽどの戦力差がない限りは、デメリットの方が大きすぎた。


——父上の性格からしても、シルヴァンデール家から戦を仕掛けることは考えにくい。


無益な争いは好まない人柄であり、それはシルヴァンデールの性格とも言えた。

また、ブラッドウィン家から戦を仕掛けて来る様な可能性も、ほとんど無いと言えた。

五つの名家同士が正面からやり合うと言うのは、無いとは言えないが、なかなか考えにくい事態である。


——やはり、このまま裏で動いていくのが良いだろう。


ワインを飲み、祭りの様子を眺めながら、レオンは現状と今後の方針について確認するのだった。


「お兄様、お兄様!」


いつの間にか、モニカが話しかけてきていた。

考え事をしていたのと、祭りの賑わいとで気がつかなかった。


「ん、どうした?」

「もう! お母様の焼いたパイ要らないのですか⁉︎」


モニカは、エレノアが焼いたパイの皿を手にしていた。

香ばしく焼き上げられたアップルパイである。

シルヴァンデール家の者で、エレノアのパイが好物でない者はいなかった。


「それを逃す訳にはいかないな」


彼はそう言うと、パイを一切れ受け取るのだった。




村の近くの森の中では、数人の少年たちが遊んでいた。

彼らは木々の間を駆け回り、祭りの合間に隠れんぼや鬼ごっこを楽しんでいるのだった。

祭りの高揚感もあり、少年たちはいつも以上にはしゃぎながら駆け回っていた。

その時である。

森の奥から、なんとも言えない不気味な音が聞こえた。

それを聞いた少年たちは、一斉に立ち止まる。


「い、今なんか……」

「ああ……」

「なんだろ……」


いつの間にか鳥たちのさえずりが止まり、森は異様な静けさに包まれていた。

風が木々の葉を揺らし、不吉なざわめきが広がる。

少年たちは不安そうにお互いを見つめた。


すると突然、森の奥で木々が大きく揺れ動き、葉が騒がしく音を立てた。

枝が次々と折れていき、恐ろしい何かが、こちらに向かってきていた。

それは明らかに、人の手には負えない様な巨大で獰猛なものであった。


「これ……やばいって」

「こっち来てる……」

「に、逃げなきゃ」


逃げなければいけないことは分かっていたが、少年たちは恐怖で足がすくみ、なかなか動き出すことが出来ずにいた。


そして、木々の間からそれが姿を現した時、少年たちは息を呑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ