第5話 王国と五つの名家
アストリア王国は、長い歴史と伝統を持つ大国である。
大陸の南西部に位置しており、北部は雪に覆われた山脈が連なり、中央には広大な平原に森林や湖が広がる。
南部は豊かな海に面していて、海岸線には港湾都市が並ぶ。
王国内では様々な産業が営まれ、また他国との交易も盛んである。
そして王国には、幾つもの貴族の家系が存在する。
その中でも有力なものが「五つの名家」と呼ばれる存在だ。
それぞれが広大な領地と軍事力を有しており、政治にも大きな影響を与えている。
それが「ヴァレリア家」「シルヴァンデール家」「フレイムハート家」「セレスティア家」「ブラッドウィン家」の五つである。
これら五つの名家が大きな影響力を持ち、同時に王国の発展にも寄与してきた。
そして名家同士の同盟や対立は、まさに権力争いそのものであった。
王都の中心部には、その荘厳さで知られる見事な王宮が佇んでいる。
外壁は白大理石で造られ、屋根の部分はターコイズブルーの色味で、凛々しさを感じさせた。
また高くそびえる尖塔がいくつもあり、それぞれが天空に向かって伸びている。
そして今、王宮の中では、国王と重臣たちが集まり会議を行っていた。
会議室の高い天井には美しいフレスコ画が描かれ、壮麗なシャンデリアが煌めいている。
長いマホガニーのテーブルが部屋の中央に据えられ、その周りに人々が腰を下ろしていた。
その中心にいるのが、現国王のアルバートである。
アルバート・ヴァレリア。
アストリア王国の現国王である。
聡明で思慮深い人物で優れた戦略家であり、外交にも長けている。
また、類まれなる剣の才能を持った戦士でもあった。
そして、ヴァレリア家の現当主である。
ヴァレリア家は古くから続く名門であり、現在の王家である。
その起源は、王国の創立者にまで遡るとされている。
強いリーダーシップと戦略眼により、国を導いてきた。
すると大臣の一人が立ち上がる。
「それでは陛下、始めさせて頂きます」
会議室のテーブルの上には、幾つもの巻物と報告書が積まれていた。
本日の議題は、違法行為の増加をはじめとした、ここ最近の国内における不穏な情勢についてであった。
「報告にあります通り、ここ最近、王国内の各地で盗賊団の活動が活発化しており、各地の村や町を襲っては略奪を繰り返しています。さらに、都市部ではブラックマーケットが拡大し、不正取引が横行している模様です」
大臣が続ける。
「盗賊団は統率された動きを見せ、さらに怪しげな魔法も用いている様です。もはや、地方の治安部隊だけでは歯が立たない状況です。これにより、交易路や周辺地域の安全性も脅かされています」
大臣が報告書をめくる。
「またブラックマーケットでは、法の目の届かない所で様々な禁制品が取り扱われています。特に問題なのは、奴隷の売買が盛んになっていることです。どこかで強制的に連行した者たちを、奴隷として取引している様です」
皆が顔を曇らせていた。
何人かが続けて声を上げる。
「治安部隊を増強していく他ないでしょう」
「交易路の停滞が起これば、由々しき事態ですな」
「まずは罰則を強化するべきだろう」
「奴隷を取引している業者を、一斉に洗い出しましょう」
様々な意見が飛び交う。
すると王は冷静な表情で手を上げ、皆を静める。
「今起きている問題はわかった。どれも早急に対策を講じていく必要があるだろう。しかし同時に、根本的な原因も突き止めて行かねばならぬ」
重臣たちは王の言葉に耳を傾けている。
「侯爵、其方はどう思う?」
国王は、シルヴァンデール侯爵に意見を求めた。
侯爵は内務大臣として長年王国に仕えており、国王も信頼を寄せていた。
忠実な側近の一人であり、忌憚なく意見を交わすことのできる友人であるとも言えた。
リチャード・シルヴァンデール。
名門シルヴァンデール家の現当主である。
侯爵の爵位を持ち、同時に王国の重臣を務める。
誠実で頼りがいのある人柄で、周囲からの信頼は厚かった。
冷静沈着で知略に長け、また魔法と剣術に優れた戦士でもあった。
すると、侯爵は立ち上がる。
「陛下の仰る通りかと存じます。これらの問題は、どれも王国の安泰をおびやかす恐れのあるもの。その原因の調査も、併せて進めていくべきかと」
「ふむ」
王はゆっくりと頷いた。
「では元帥、盗賊団への対策はどうするべきだと思う?」
国王が、次は元帥に向かって尋ねた。
アストリア王国の国防における最高司令官である。
元帥は立ち上がると意見を述べる。
「まずは調査隊を派遣して敵の実態を把握した後、討伐部隊を派遣するのが宜しいかと」
「ふむ、そうか。では指揮を任せる」
「承知しました」
「うむ」
国王は頷くと、次は全体へ向けて話す。
「ブラックマーケットに関しても、まずは詳しく調査を行え。その実態をできる限り把握してから、さらに対策を講じていくこととする」
「はっ」
「また各都市と諸侯たちにも、情報共有はじめ協力を要請しておけ」
「はっ」
「では、本日の会議はここまでとする」
王の言葉により会議が解散されると、皆それぞれの職務へと向かって行くのだった。
◇◇◇
「レオン、野菜を切るのはいいけど、もっと細かくしてくれるか? それだと火が通りにくいぞ」
セシリアが注意する。
レオンは必死に野菜を刻んでいるが、どれも不揃いな形であった。
モニカはそれを見て、くすくすと笑った。
「お兄様、剣も魔法もあんなに器用なのに、何で包丁になるとそんな不器用なのですか?」
レオンは少しむっとしながらも、野菜を刻んでいく。
「モニカ、俺だって一生懸命やってるんだ」
セシリアはさらに追い打ちをかけるように、レオンが切った不格好な野菜を手に取る。
「これなら村の子供たちでも、もっと上手に切れるぞ」
——なぜ二人してそんなに俺をいじめるんだ?
レオンは、姉のセシリアと妹のモニカ、母のエレノア、それと数名の執事たちと一緒に、村の食堂の厨房に立っていた。
収穫祭の料理を手伝うことは恒例行事であり、彼もその例外ではなかった。
しかし、その不器用さのため、姉妹たちから注意されたりからかわれたりしている最中であった。
そして侯爵夫人エレノアは今、キッチン奥のオーブンでパイを焼いていた。
オーブンの中では、パイがゆっくりと焼き上がっていく。
リンゴの甘い香りがさらに強くなり、キッチン全体に広がった。
「うわぁ、いい香り」
モニカは、その芳しさに思わず胸を躍らせる。
「もうすぐ焼き上がるわよ」
エレノアの声に、キッチンにいる家族全員が一斉に集まってきた。
それから彼女は、慎重にオーブンの扉を開けた。
甘いリンゴとシナモンの香りが一気に広がり、室内に漂った。
黄金色に輝くパイは、美しい焼き色が付き、完璧な仕上がりだった。
「見事な焼き上がりだ」
「さすがお母様!」
「うーむ、美味そう」
シルヴァンデール家の者たちは皆、エレノアの作るパイの美味しさをよく知っていた。
エレノアは厚手のミトンをはめ、パイを優しく取り出す。
熱気と共に立ち上がる香りに、その場の全員が高揚していた。
「では、会場に運ぶとしようか」
セシリアがそう言うと、全員が料理を運び出す準備に取り掛かっていった。
その時、執事の一人がレオンの側にやって来た。
そして近くに寄ると、密かに報告をする。
「レオン様、先日の件に関して報告書がまとまりました」
その言葉に、レオンの目つきが鋭く冷たく変わる。
「分かった、また館に戻ってから受け取ろう」
「かしこまりました」
彼はすでに動き出していた。
復讐を果たすため、そして家族を守るために。
——これからは、戦略を立てていく必要がある。奴らを叩き潰すための戦略を。
すると、レオンが片手に持っていたリンゴが、粉々に砕けて割れた。
跡形も無くなったリンゴの破片と果汁が、手の隙間から滴っている。
——これから実施していくことは、主に諜報や隠密、工作活動といった類いだ。
それは、これまで敵が行ってきたことであった。
そして敵は、すでに動き出しているのかもしれない。
あれだけ大規模で周到な襲撃を行った所から見ても、だいぶ以前から準備を進めていたはずである。
——奴らが様々な陰謀を張り巡らせていたのであれば、こちらも様々な策を講じるまでだ。
名家同士による熾烈な争いが、静かに始まっているのであった。