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第4話 狂戦士の牙

「アハハハハハ。すごーい、何あれー、まるでこっち見てるみたい」


ミラがはしゃぎながら、二階を見上げて言った。


「さすがお父様! やることが一味違うわ」

「まあな、ちょっとした美意識ってやつだ」


ダリウスが得意そうに言った。

レオンはうずくまったまま動かない。

するとミラが、レオンの側に歩み寄っていく。

そして、しゃがんでレオンに顔を近づける。


「ねぇねぇ、今どんな気持ち?」


首を傾げてレオンのことを覗き込んだ。

その顔には無邪気な笑顔があった。

後ろ手に縛られた彼は、額を床につけて、うずくまったままだ。


「命をかけて守ったと思ったら、実はもう死んでましたー、ってさあ?」


絶望の淵にいる人間に、さらに追い打ちをかけにいくのだった。


「まあ、俺の周到な準備の賜物だな」

「けど私的にはさー、もう少し派手でもよかったかも」

「そうか?」

「両目えぐっておくとか、鼻削いでおくとかね。あ、けどそれじゃ誰かわからないか。アハハハハハ」


父娘ともに、その性格も感性も常人とはかけ離れていた。


「ねぇせっかくなんだからさぁ、もっと見ておきなよ」


ミラが、またレオンの方を向いて言った。

顔一杯の笑みを浮かべながらである。


「ほら、妹さんこっち見てって顔してるよ。見てあげなよー」


相手の精神を壊すことを楽しんでいるのだった。


「ちなみにさ、あの子のこと殺したの私だから。ナイフでサクっとね」


その言葉を聞いた時、レオンの瞳孔が大きく見開かれた。


「あ、首ちょん切ったのは違うよ。その辺の兵士にやらせたんじゃないかな」


ミラは飄々と話し続ける。

その辺りはダリウスとよく似ていた。


「ねぇねぇ、あの子の最期がどんなだったか知りたい? ねぇねぇ、知りたいでしょ?」


邪悪な笑顔を浮かべながら、楽しんで彼女は話す。


「シルヴァンデールの魔法は厄介だけどさ、母親に変身して近づいたら、あっさり殺れたよー」


ミラの笑い声が響いていた。


「あんたと同じで『何で?』って顔してた。アハハハ。最期に母親の顔を見ながら死なせてあげた私って、優しいでしょー?」


すると、レオンがわずかに動く。

ゆっくりと身体を起こしながら、片膝を立てた。


「アハハハ。そうそう、起きてもう一回見てみなよ。最期のお別れにさぁ」


二階のモニカの首を指差しながら、彼女は言った。

そこでレオンが、ゆっくりと口を開く。


「外道ども……今地獄に送ってやる」


彼は下を向いたまま低くつぶやいた。

相手の仕組んだ卑劣な裏切りや騙し討ちの数々に、その心の中で何かが振り切れていた。


「え、何? 今なんか言った? ショックで声張れないのかな? アハハハハハ」


するとレオンは、顔を上げると同時に超人的な瞬発力を発揮する。


「アハハ……ハ……」


ミラの声がそこで止まった。


「あ……がっ……」


彼女はもはや、声を出すことも息をすることも不可能だった。

レオンの歯が、喉元に深々と食い込んできたからだ。


「何⁉︎」


ダリウスが突然の事態に驚きの声を上げた。

レオンは後ろ手に縛られたまま、ミラの首に噛みついていた。


彼は一切躊躇することなく、その歯を相手の肉に食い込ませ続ける。

ミラはすでに、ほとんどの身体の自由を奪われており、まるで人形の様であった。

人間が人間に対して、殺すために本気で噛みついている様子は、異様な光景であった。


レオンはそのまま、凄まじい咬筋力で肉を喰いちぎる。

首から鮮血を吹き出しながら、ミラが床に倒れた。

彼女は目を大きく見開いたまま絶命していた。


モニカの首を晒すことで、レオンの心を折りその力を削ぐ。

ダリウスのその策自体は、うまく機能していた。

予想外であったのは、絶望の淵に落とされたレオンが、憤怒と憎悪の化身とも言うべき怪物へと変貌したことであった。


レオンは立ち上がると、ダリウスの方を向く。

そして喰いちぎった肉片を、勢いよく床へと吹き出した。

口の周りを赤く染め、まるで死神の様な出立ちであった。


「ちっ」


ダリウスは剣を抜いた。

しかし気づくと、レオンは一気に間合いをつめていた。


「うぬっ」


なんとかダリウスは反応して剣を振るう。

その一閃をかわすと、レオンは敵の脇腹に強烈な足蹴りを叩き込んだ。

ダリウスは鎧を着ていたが、それでも衝撃で後ろに吹っ飛んだ。


「ぐっ」


ダリウスは床に倒れ込む。

しかし、すぐさま身を起こした。

戦闘に関しては、それなりに場数を踏んでいる様だった。


——あの縄で拘束している以上、奴は魔力を一切使えないはず。素の身体能力だけでこれか⁉︎


「奴はまだ動けるぞ! 確実に仕留めろ!」


ダリウスの指示で、敵兵たちが一斉にレオンに向けて襲いかかる。

すると、レオンは跳躍した。

そして、敵の頭を踏み台にして、さらに跳んだ。

彼は兵士たちの頭上を飛び越えて、ダリウスの目の前へと着地した。


「なんだと⁉︎」


そして、一直線に目標へと向かう。

ダリウスは、突っ込んで来る相手めがけて剣を振り下ろす。

それとすれ違い様、レオンの足が内回りの弧を描いた。

その動きで敵の手首を蹴ったのだった。

すると剣が宙を舞い、地面へと落下して音を立てた。


「くっ」


レオンは間髪入れず、驚きと焦燥の表情を浮かべる敵の首筋へと、噛みつきにいった。

それをダリウスは、レオンの肩と頭を手で押さえて止めようとする。

しかしながら、相手の膂力は尋常ではなかった。

まるで飢えた獣の如き凶暴さで、喉元に喰らいつこうとしていた。


「があああああ!!!!!」


その表情は、まさに狂戦士だった。


「ぬおおおおお!!!!!」


ダリウスも必死の形相で抵抗している。

そしてあと一息で、レオンの牙は敵の命に届こうとしていた。


その時であった。

突如として、両者の足元に魔法陣が展開された。

そこから数本の魔法の鎖が伸びると、レオンに巻きついてその動きを封じた。


「ぐううう!!!」


突然の出来事に驚きつつも、鎖を振りほどこうとレオンは抵抗する。

しかし、その魔法の鎖から逃れることは不可能であった。


すると、濃いワイン色のローブを着た者たちが数名、兵士の間から姿を現した。

一体いつからいたのであろうか。

彼らは皆前方に手を伸ばしており、共同で魔法を発動させている様子であった。


「待機させておいた精鋭の魔法部隊さ」


レオンの猛攻を凌いだダリウスは、肩で大きく息をしていた。


「念には念をってな。いやしかし、本当に恐れ入ったよ」


彼は荒れた呼吸を整えていた。

それから少し歩いて剣を床から拾うと、鞘に収めた。


「まさか、これ程の化け物とはな。正直言って、俺の想定を遥かに超えていた」


レオンの驚異的な力に、素直に賞賛を送っていた。


「だからこそ、確実に消さないとな。お前を生かしておいたら、間違いなく俺たちの障害になる」


それも素直な本心から来ていた。


「やれ」


ダリウスの合図と共に、敵兵たちが動くと、その剣が次々とレオンに突き立てられる。

何本もの刃が、彼の身体を貫いた。


「ぐっふ……」


血の味が口全体に広がっていく。

取り返しのつかない損傷を受けたことが感覚で分かった。

剣を引き抜かれると、身体中の傷から血が勢いよく流れ出す。


「もういいぞ、魔法部隊」


ダリウスが指示すると、レオンを拘束している魔法の鎖と魔法陣が消える。

そしてレオンは、床に倒れ込んだ。


傷口からは、止まることなく血が溢れ出していた。

刻一刻と、彼の命は終わりに近づいていく。

しかし、その意志にはまだ消えぬ炎が宿っていた。


「貴様ら……俺が……必ず」


もはや虫の息でありながら、その闘志は消えていなかった。

そのレオンを見ながら、ダリウスが語りかける。


「シルヴァンデールはこれで終わりだ」


広間の二階に置かれたモニカの首が、階下の床に倒れた兄を見つめていた。

戦う意志を残しながらも、レオンはやがてその動きを止めた。

ダリウスがそれを確認する。


「悪いが、生きていられると困るんだよ。特にお前はな」


英雄と謳われた彼の最期は、無念と屈辱にまみれていた。

しかし、勇猛であり壮絶で、英雄の名に恥じない散り際であった。


程なくして、先ほどまでの狂乱は収まり、打って変わって荒涼とした静けさが訪れる。

館の至るところに血に染まった遺体が転がり、部屋のあちこちに戦闘による破壊の痕が刻まれている。

それはまるで、巨大な災厄が通り過ぎた後の様であった。


空に浮かんだ月は、相変わらず美しくも冷たい光を放ち続け、シルヴァンデール家の惨劇を見守っていた。

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