第2話 惨劇の月夜
その夜、シルヴァンデール家の館は惨劇の舞台となっていた。
——なぜ……どうして……こんなことに?
レオンの内では、どうしようもない悲しみと絶望と怒りとが交錯していた。
彼の目の前には今、無残にも殺された家族が倒れている。
「父上……母上……姉上……」
その信じがたい光景は、レオンの脳裏へと焼きつき、決して消えることの無い傷として刻まれていく。
他の家族も皆、すでに同じ様な状況にいると思われた。
もはや取り返しのつかない事態に、彼は現実を受け入れきれなかった。
「そんな……バカな」
空には月が浮かび、美しく輝きを放ちながら、銀色の光を大地に注いでいる。
風は穏やかで、木々の葉がそよぐ音がかすかに聞こえる。
この静かな月夜の情景とは、まるで対照的な無慈悲で混沌とした狂騒曲が、館の中では奏でられていた。
シルヴァンデール家は、名家として多くの民に敬愛されてきた。
常に民に寄り添いながら、領地を治めてきたのであった。
だが、運命は冷酷だった。
突然の襲撃に、シルヴァンデール家の人々は執事も使用人も皆、次々と命を奪われていった。
それは、入念に練られた計画によるものであった。
すべては、ブラッドウィン家の策略によるものだ。
ブラッドウィン家は、シルヴァンデール家と並ぶ名門であるが、その影にはいつも嫉妬と野心が潜んでいた。
彼らは組織だって巧妙な陰謀を巡らせ、シルヴァンデール家を陥れようと画策していたのだ。
そして今夜、その本番とも言える部分が実行に移された。
それは周到な計画であり、非情な裏切りであった。
まずブラッドウィン家の当主は、シルヴァンデール家との同盟を提案してきた。
それは近年になり活発化している闇の勢力に対抗するためという、共通の目的に向けられたものであった。
それは王国全体の脅威でもあり大きな懸念であったので、シルヴァンデール家はこの提案を受け入れる。
「これからは互いに、共闘していきましょう」
「ええ、喜んで」
双方の当主は固く握手を交わすのだった。
しかしこれは、友好関係を装ったものであり計画の下準備であった。
実際その腹の内にあるものは、冷酷で無情な算段である。
そして次に、闇の勢力が王都の近くで活動しているという情報がもたらされた。
その場所と言うのは、王都の郊外にある古城である。
シルヴァンデール家は同盟に従い、兵士をその場所まで派遣させた。
しかし、兵士たちがその古城に到着すると、そこには何の異常も見当たらなかった。
「一体どういうことだ?」
「何もないぞ」
兵士たちは不思議がる。
さらに奇妙なのは、ブラッドウィン家の兵がまったく見当たらないことであった。
同盟が結ばれているのだから、本来ならそこには兵士たちがいるはずである。
実際のところ彼らは、一人の兵士すら派遣していなかった。
情報は完全なるフェイクであり、操作されたものだった。
当然この時、シルヴァンデール家の防衛が手薄になっていた。
さらにブラッドウィン家は、事前にシルヴァンデール家の館への訪問を申し出ていた。
訪問の理由は、新たな同盟としての互いの門出を祝うためである。
シルヴァンデール家はこれを快く受け入れ、宴の準備を進めたのであった。
互いに派兵している日に、なぜ急いで訪問して来るのか、もう少し疑問を抱いてもよかったかもしれない。
そして、宴会の夜が訪れた。
会場となる広間は豪奢なホールで、天井には繊細な彫刻が施された梁が走っている。
壁にはシルヴァンデール家の歴史を物語る、絵画やタペストリーが飾られていた。
ホールの中央には、長いテーブルが据えられ、銀の燭台に灯されたろうそくの柔らかな光が揺れていた。
そして、シルヴァンデール家の者たちは皆、客人たちをもてなすために準備を整えて待っていた。
「さて、そろそろかな」
「皆、失礼の無い様に気をつけなさい」
当主であるリチャード、その夫人エレノアをはじめ、一族の面々が優雅な礼服やドレスに身を包んでいた。
しかし、やって来たのは訪問者ではなく襲撃者であった。
それは完全なる不意打ちであり、非道なる裏切りであった。
「え」
「こ、これは⁉︎」
突然の出来事に、シルヴァンデール家の誰もが驚き混乱していた。
ブラッドウィン家は、歓迎の準備をして待っている相手の所へ、武装した兵士たちを一斉に送り込んだのである。
それは人の道を外れた、余りにも卑劣な手口だと言えた。
そうして今、シルヴァンデール家の館には、無数の兵士たちが次々と突入し、一方的な虐殺を行っていた。
至るところで悲鳴や叫び声が上がっては消えていく。
名家の華やかな館は今、血にまみれた惨劇の場と化しているのであった。
壁に飾られた古い絵画や豪華なタペストリーが、今や崩れ落ちた状態で床に散らばっていた。
そんな中、レオンは館の広間に一人踏み止まり、迫り来る敵を迎え撃っていた。
彼の前には今、無数の兵士たちが立ち塞がっている。
それらはすべて、ブラッドウィン家が送り込んできた者たちである。
数の上では圧倒的に不利だった。
しかし、次々と繰り出される剣閃をかわしながら、彼は一人、また一人と敵を倒していく。
「うおおおおお!!!!!」
卑劣な裏切りによって家族を殺された怒りと憎しみで、レオンはまるで修羅の如き様相で戦っていた。
恐るべき太刀筋で、次々と敵の首を刎ね飛ばしていく。
剣を敵に振り下ろすと、頭から鎧ごと真っ二つに切り裂いた。
その刀身には強力な魔力が込められており、あらゆるものを容易く切断するのだった。
そして、彼の足元から一筋の青白い光が走る。
次の瞬間、その手には雷のエネルギーが凝縮されていた。
そこから一気に放たれた電撃は、全方位に広がり、敵兵たちを次々と撃ち抜いていく。
雷鳴が鳴り止む頃には、剣を構えたまま立っているレオンの周囲に、無数の兵士たちが横たわっていた。
倒れた骸は、電撃によるショックと熱で、ところどころ焼け焦げて痙攣しながら煙を上げている。
「つ、強すぎる」
「本当に人間か⁉︎」
レオンの戦士としての実力は、剣術も魔力も明らかに桁違いのものであった。
敵兵たちは、その鬼神の如き戦いぶりに、次第に気押されしていた。
その間にもレオンは休むことなく、次々と敵を葬り去っていく。
有名な英雄を相手取るため、敵も様々な準備をしてきたのだろうが、それを意にも介さない圧倒的な強さであった。
その時である。
「レオン・シルヴァンデール!」
兵士たちが入り乱れる館の広間に、とある声が響いた。
レオンがそちらに目を向ける。
兵士たちが道を開けると、ブラッドウィン家の当主、ダリウス・ブラッドウィンが現れた。
「まったく見事な暴れぶりだったよ、さすが英雄様だ」
「貴様」
レオンが斬りかかろうと剣を構える。
この非道な計画の、元凶そのものと言える人物である。
彼の中で殺意と憎悪が溢れ出していた。
「おっと、待て待て。そう焦るな」
ダリウスはなだめる様に言った。
すると、一人の少女が兵士たちに引きずられるようにして連れて来られた。
その瞬間、レオンは目を見張った。
彼にとって、誰よりも見覚えのある人物がそこにいた。
現れた少女は、妹のモニカだった。