第15話 地獄の光景
レオンは、鉄の檻の中に囚われた人々を見ていた。
——やはり、奴らは徹底的に潰す必要がある。シルヴァンデール家のためだけでなく、王国のためにもだ。
そう確信するのだった。
レオンであれば、見張りの兵を倒して倉庫を制圧することは、問題なく可能であろう。
王立騎士団に報告してから、一気に突入するという手もある。
しかし、今はまだ動くことは出来なかった。
この場所は、ブラッドウィン家の事業にとってごく一部でしかない。
やるなら、重要な拠点を一斉に抑えたいのだ。
そのためには、今騒ぎを起こして警戒されることは避けたかった。
その時、倉庫内の空気が一変していく。
レオンには超人的な感覚が備わっており、周囲の状況の変化を素早く察知することができる。
特に、魔力や魔物などの気配に関しては敏感であった。
その瞬間、不穏な気配が背後から迫ってくるのを感じ、彼は反射的に身を低くした。
すると、巨大な糸の塊が頭上をかすめて通り過ぎた。
それは檻の鉄格子へと張りついて、網状に広がった。
「ひっ……」
檻の中の者たちが、突如として現れた脅威に怯えた。
レオンは素早く体を回転させ、振り返る。
そこには、恐ろしい魔物が佇んでいた。
その体は漆黒の甲殻に覆われ、八本の鋭い足が地面に刺さるように立っている。
赤く輝く複眼がレオンを捕らえて不気味に輝き、その口からは毒液が滴り落ちていた。
それは、巨大な蜘蛛の怪物であった。
「こんな場所で、こんな魔物が……」
レオンは低くつぶやくと、その怪物を詳しく観察する。
——これは罠か。檻に近づいた者を、自動的に襲う様に仕込まれたものだろう。ダリウスの魔術だろうか?
今レオンは剣を手にしていない。
建物への侵入と調査が目的であったので、なるべく身軽な装備にして来たためだ。
しかし、彼は一向に焦ってはいなかった。
「主人が醜悪な奴だと、その使い魔も同じな様だな」
レオンが皮肉を言うと、魔物が再び攻撃を仕掛けてくる。
その口から、糸の塊を続けざまに飛ばして来た。
レオンはそれを難なくかわしていく。
避けた糸の塊は、床や壁に貼り付いて網状に広がった。
彼は攻撃をかわしながら、手に魔力を集中させる。
その手の中で、光と音が生じて放電が起こり始めた。
それから彼は片腕を前方に伸ばすと、人差し指と親指を立てて、敵に向けた。
すると指の先端から、勢いよく電撃の弾が発射された。
雷の魔力が込められた弾丸が、敵に突き刺さる。
その瞬間、激しい音と光が周囲に放たれた。
敵の身体からは、感電による煙が上がり、小刻みに痙攣している。
しかしながら、少しすると魔物はまた動き出し、レオンに向けて襲いかかって来た。
「ふーむ、結構頑丈だな」
魔物が今度は毒液を吐きかけてきたが、レオンは素早く動いてその攻撃を回避する。
すると蜘蛛の怪物は、今度は勢いよく突進して来ると、まるで金属の様に硬く鋭い足を伸ばして突いてきた。
その攻撃を、レオンは身を開きながらかわす。
それから彼は、再び魔力を集中していく。
今度は両手に魔力を集めると、先ほどよりさらに大きな光と音が生まれていく。
その両手には、激しく放電する槍が形成されていた。
その槍を手にした彼の姿は、まるで神話に登場する雷神であった。
「これで終わりだ」
雷の槍を手にしたレオンは、襲い来る敵に向けて正面から突進する。
蜘蛛の魔物は、また鋭い足による攻撃を仕掛けてきた。
次の瞬間には閃光が瞬き、それに続いて轟音が響いた。
レオンの手にした雷の槍は、敵の眼の一つを潰してから身体全体を貫き通し、尻の部分から突き出ていた。
見事に、蜘蛛の怪物を串刺しに貫いているのであった。
怪物の身体は、所々が焼け焦げて煙を上げながら、時折光を放って激しく痙攣している。
レオンがその手を離すと、蜘蛛の魔物は地に伏せ、やがて雷の槍は消滅していった。
それから彼は、魔物の生命反応が無くなり活動を停止していることを確認する。
魔物の身体はどんどんと崩れ始めており、やがてすべてが塵となった。
どうやら、そうした性質の使い魔の様である。
すると、倉庫の入り口付近が騒がしくなった。
「何か物音がしたぞ」
「倉庫の中からだ」
見張りの者たちが、異変に気づいた様であった。
「おっと、まずいな。今回はここまでだ」
そう言ってレオンは素早く動き出すと、侵入して来た時と同じ天窓から出て行った。
◇◇◇
その日もリサは、いつもの様に村へ向かう準備をしていた。
フレイムハート家の城の厩舎で、馬のたてがみを撫でながら鞍をつけているところだ。
今日は城の外の風が少し冷たく感じ、鳥たちのさえずりもどこかぎこちなかった。
「さーて、行こうかな」
準備が整うと、彼女は馬にまたがった。
そして手綱を引くと、城を出発して村へと向かい進んでいった。
——何だろう、この嫌な感じ。
リサは馬を進めるにつれ、どこかいつもとは違う雰囲気を感じていた。
その理由の分からない不安は、村へ近づくにつれてよりハッキリと鮮明になっていく。
——わかる。この先に進めば、良くないものと出会うことになるんだって。
そう告げるのは、彼女の直感であった。
しかし、そこで踵を返して引き返すことは出来なかった。
言い様のない不安を抱えたまま、それでも彼女は進んでいく。
「あれは⁉︎」
リサは息を呑んだ。
村の方角から、黒い煙が立ち上っているのが見えたのだった。
彼女の心臓は一瞬で鼓動を早め、緊張が全身を駆け巡っていく。
直感が告げた不安は、早くも現実のものとなっていた。
彼女は躊躇うことなく馬の腹にかかとを打ちつけ、村へと急がせるのだった。
「一体何が 、村のみんなは⁉︎」
リサは燃える様な髪をなびかせながら、空気を切り裂く様に馬を走らせていく。
その激しく駆ける蹄が、地面を強く打つ音が響き渡る。
村の入口に差し掛かると、信じがたい光景が目に入って来た。
焼け落ちた家々と、そこからいまだ立ち上る煙。
そして、ところどころに転がる遺体。
「そんな……」
その惨状を目の当たりにして、リサは言葉を失っていた。
そして、馬から降りると荒れ果てた村の中へと入っていく。
村全体が灰と瓦礫に覆われ、立ち上る黒煙が空を曇らせている。
かつて活気に満ちていた村の通りは今や静まり返り、焼け焦げた家々の残骸が残っているだけであった。
地面に倒れた遺体にはどれも、武器の襲撃による傷跡が残っている。
つい先日までの平和な村の面影は、もはやどこにも存在していなかった。
「みんな……嘘……」
子供たちの笑顔が、彼女の脳裏をよぎった。
リサは放心状態で、もはやなす術のない現状を見つめている。
ふとその時、村の広場の方から不穏な気配が流れて来るのを感じた。
何か物音も聞こえて来る。
そこには、誰か複数の人物がいる様であった。
彼女の心臓は、再び鼓動を早めていた。
すぐにこの場を立ち去るという選択肢もあった。
しかしリサは、広場の方へと歩みを進めた。
ここで起きていることから、目を背けたくなかった。
広場に近づくにつれ、鼓動はさらに高まっていく。
そして、彼女は広場へと出た。
眼前に広がるのは、まるで地獄の様な光景であった。
もしかすると、地獄の方がまだ幾分マシかもしれない。
広場の地面には、おびただしい数の遺体が転がっていた。
老若男女問わず、村人すべてを虐殺したであろうことは明らかだった。
そして広場の中央には、木の棒を削ってとがらせたものが何本も打ち立てられている。
その先端には、バラバラにされた人体のパーツが刺してあった。
頭部や手や足や胴体など、使用されている部位は様々である。
そして何よりおぞましいのは、今まさにその光景を作り出している最中であることだった。
木の棒を鋭く削っていく者。
削られた棒を地面に立てて行く者。
遺体をノコギリで切断する者。
切断されたパーツを、立てられた棒に刺していく者。
その悪魔の様な所業を、分担して淡々とこなしているのであった。
まるで、工場における流れ作業でもあるかの様に。
明らかに、まともな人間が行えることではなかった。
リサは絶句して、その場に立ち尽くしていた。
自分の目の前で行われていることを、現実として受け止めるのが困難であった。
すると、男たちの一人がリサに気づいた。
「おい、生き残りがいたぞ」
他の男たちも気づいて一斉に手を止める。
そして、リサの方を向いた。
「どこかに隠れてたのか?」
「わざわざここまで出てくるとはな」
一人の男が武器を取ると、リサの方へと近づいていく。
しかし、いまだ彼女はその場を動かない。
まるで蝋人形にでもなってしまったかの様に。
リサの心の中では、何かが切れていた。




