第13話 闇の勢力
「久しぶりだな、レオン」
「ご無沙汰しています、団長」
レオンは敬礼をし、前に進み出た。
団長は重厚な木製のデスクに座っている。
その背後の壁には、王立騎士団の紋章が描かれた旗が飾られていた。
デスクの上には、地図や書類が整然と並べられている。
「なんでも到着早々、新人たちを全員叩きのめしたそうだな」
「ああ、それはガレス隊長に指導を頼まれまして、実戦形式も含めた形で魔法武技の稽古を行ったんです」
「そうか、騎士たちの中には、お前に憧れている者も多い。その指導を受けられて喜んでいるだろう」
「そうですか」
レオンは、自身の人気にはあまり気づいていなかった。
「ところで、今回の招集の目的は、すでに分かっているな?」
「ええ、各地で活発化している盗賊団の討伐だと」
「そうだ」
団長は地図を広げながら説明を始めた。
「ここのところ王国内の各地で、盗賊団による略奪が頻発している。商隊を襲い、村々を荒らし、貴重な物資を奪っている。国王陛下も事態を危惧されており、これ以上の被害を放置するわけにはいかない」
団長が説明を続けながら、地図の印がついた場所を指で示した。
「まず先日、調査隊が派遣されて、いくつかある奴らの拠点の場所を突き止めた」
レオンは地図に目を落とし、団長の指し示す先に目をやった。
「我々の任務は、この拠点に攻撃を仕掛け、そのすべてを制圧することだ」
団長は地図を見ながら説明を続ける。
「討伐部隊には、いくつかの班を編成する。そして盗賊団の拠点へと同時に奇襲を仕掛け、これを壊滅させるのだ」
それから団長は、レオンの目を見据える。
「レオン、お前には班の一つでリーダーを務めてもらおうと思っている」
「了解しました」
彼はすぐさま応えた。
「討伐部隊は、どの班も選りすぐりの精鋭たちで構成してある。しかし、盗賊団の奴らは得体の知れない魔法を使うという情報もある。くれぐれも油断するなよ」
「はい、承知しました」
「よし、それでは何か質問はあるか?」
「質問ではないのですが、王都へと向かう途中で、盗賊団の仕業と思しき襲撃された集落を見ました」
「ほう、そうか」
そして彼は、そこで見たあのおぞましい光景を語った。
およそ人間の所業とは思えない、その有り様を。
団長は黙ってそれを聞いていた。
「普通の盗賊であれば、あの様なことはしません。彼らは略奪がその主な目的であり、時間と手間のかかる余計な行為をすることは無いからです」
「ふむ」
レオンは自身の見解を述べていく。
「暴君の圧政による見せしめや、悪魔崇拝の信者などが行う狂気の類いに似ていると思いました」
「ただの盗賊ではないと……では、お前は一体なんだと思う?」
「分かりません。ただ人の道から外れた、得体の知れない何かであることだけは確かです」
◇◇◇
フレイムハート家の城にある図書室は、重厚な木製の本棚に古びた書物が並ぶ静かな場所だった。
リサは大きな机に向かい、幾つもの古文書や書物を広げていた。
彼女の魔力が宙でかすかに光り、文字を明るく照らしている。
リサは注意深く、それらの本を読み進めていた。
「リサ、こんな所にいたのか」
呼びかけてきたのは、リサの父であるエドガーだった。
エドガー・フレイムハート。
フレイムハート家の現当主である。
逞しい身体をした熱血漢で、周囲からの信頼も厚い。
フレイムハート家の伝統を守りつつ、家の発展と王国の防衛に尽力してきた。
また炎の魔力を操るだけで無く、その怪力を駆使した武器術や格闘術も得意であった。
「お父様」
リサは顔を上げた。
「ちょっと魔物について調べてるとこなの。最近、村の子供たちから不審な影を見たっていう話を聞いてね」
エドガーはリサの隣に座り、彼女が広げている書物に目を向けた。
「魔物か……では、王国の古い伝説について聞かせてやろう」
「伝説? お父様、私は子供じゃないんだから」
「まあまあ、聞きなさい。我が家にまつわる話でもあるからな」
エドガーはゆっくりと語り始めた。
「遥か昔、この王国がまだ若く、小さな村々が点在するだけだった時代、アストリア王国には偉大な英雄がいた。その名はアレキサンダー。彼は王国の最初の王であり、強大な魔法の力を持っていた」
「英雄アレキサンダー……初代国王にして伝説の英雄ね」
エドガーは続ける。
「アレキサンダーは、当時のアストリア王国を脅かしていた闇の魔物たちと戦った。彼は剣を振るい炎の魔法を操り、その力で数多くの魔物を倒し、王国を守った。そしてその際、最も恐ろしい敵は、アビスと呼ばれる闇の勢力だった」
「アビス……」
その言葉が、リサの耳に残った。
彼は話を続けていく。
「アレキサンダーは最後の戦いでアビスの者たちを封印したが、その戦いで深い傷を負い、やがて命を落とした。残された者たちは、彼の遺志を引き継いでいくことを誓った。それは、いずれ目覚めるであろうアビスの者たちと戦い、王国を守るという誓いだった」
エドガーは、しっかりとした口調で語っていく。
「そして、王家の中でアレキサンダーの炎の力を受け継ぐ者たちは、防衛のための拠点を建設した。そこで武具をつくりながら、来たるべき戦いに備えた。それが、我々フレイムハート家の祖先だとされている」
「え、それじゃあ、私たちも初代国王の血を引いているの?」
「そうだ。なので現王家のヴァレリア家とも、遠い親戚にあたると言えるな」
「初めて知った、そんなの」
リサは思いがけない話に、驚きの表情を浮かべていた。
「あまり公にはされていないからな」
「そんな大事な話、もっと早く教えてくれればいいのに!」
「すまんすまん」
彼はリサをなだめた。
「そしてフレイムハート家は、英雄アレキサンダーの遺志を受け継ぎ、アビスの者たちからこの王国を守ることを使命としてきた。我々の炎の魔力は、その対抗手段として継承されてきたものとされているんだ」
そうしてエドガーは、話を締め括った。
「これが我が家に代々伝わる逸話だ。お前も覚えておきなさい」
「分かった、なかなか面白い話だね」
最初から最後まで、リサは興味深く父の話を聞いていた。
するとエドガーは、ここぞとばかりに本題を切り出す。
「ところでリサ、この前の縁談の件なんだが」
しかし、彼女は即座に回答を返す。
「お父様、前も言ったけど私はまだ結婚なんて考えてないの。それに、結婚する相手は自分で決めたいって言ってるでしょ」
彼女は、自分の意思を気丈に貫くタイプであった。
そして、当主である父親に対しても、臆することなく意見を言うのであった。
「いいか、リサ。お前もフレイムハート家の一員として、家のために尽くすことが必要だ」
「もちろん、私はフレイムハート家の一員であることを誇りに思ってる。でも、自分のことは自分で決めたいの」
エドガーは深いため息をつき、この末娘を説得するにはどうしたものかと考えるのだった。
この世界において、結婚の相手を自分で選ぶというのは、一般的な常識とは離れたかなり少数派の異端なものだと言える。
まして貴族間のそれとなれば、政略結婚が当たり前である。
それでもリサは、堂々とハッキリ自分の意見を示すのであった。
「分かったよリサ、また機会があったら話そう」
「ええ、お父様」
今回もしぶしぶ折れたエドガーは、立ち上がると図書館を後にするのだった。
残されたリサは、今聞いた物語を繰り返していた。
「闇の勢力、アビスの者たち……それに対抗するための炎の力」
リサの手のひらの上に、小さな炎が現れる。
「まさか……ね」
◇◇◇
朝もやが晴れ、陽光が村の家々を優しく照らしていた。
鳥たちがさえずり、村の広場では子供たちが楽しげに遊んでいる。
平和で満ち足りたこの風景が、まるで永遠に続くかのように思えた。
すると突然、角笛の音が鳴り響いた。
それは、盗賊たちの一斉攻撃の合図だった。
すでに村の周囲には、馬に乗り武装した者たちが集結していた。
そして盗賊たちは、一斉に村へと突入していく。
先ほどまでの穏やかでのどかな村の雰囲気は、一瞬にして消え去るのだった。




