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第10話 交錯する思惑

ギルドリーダーは意識を取り戻し、薄暗い部屋の天井を見上げた。

頭が重く、全身が痛む。

千切れた指には、包帯が巻かれている。

彼は自分がどこにいるのか、何が起こったのかを思い出そうとした。

目を瞬かせ周囲を見渡すと、自分が古びた石造りの部屋の中にいることに気付いた。

手足は堅い革のベルトでしっかりと拘束されており、動こうとするたびにそのベルトが食い込んで痛みを感じた。


「どこだ、ここは……?」


その時、部屋の奥にある扉が軋む音を立てて開き、暗闇から一人の男が姿を現した。

ダリウス・ブラッドウィンであった。


「おや、お目覚めのようですね」


ダリウスは軽快な口調で言った。

ギルドリーダーは、恐怖に押しつぶされそうになりながらも抵抗を試みる。


「こんな事をして、ただで済むと思っているのか⁉︎」


彼は声を振り絞って叫んだ。

ダリウスはその言葉に少しの反応も見せず、ただ冷ややかな目で相手を見下ろしていた。


「ここにいるのはあなたと私だけだ。そして、この場所は誰も知らない。一体誰がどうやって、今ここで起きていることを知るんですか?」


その声は静かで冷徹だった。

恐怖が彼の胸を締め付け、冷や汗が額を流れ落ちた。

そして気づくと、目の前には木製のテーブルが置かれていた。

その上には、布製のシートが被されている。


「さてと」


ダリウスはテーブルに歩み寄ると、そのシートの覆いをゆっくりと取り去った。

そのテーブルの上には、様々な拷問器具が並べられていた。

鉄の鉤、鋭利なナイフ、ハンマー、ノコギリ、そして奇妙な形をした器具類が、綺麗に整理されて置かれている。


「や、やめろ」


ギルドリーダーの顔から血の気が引いていた。


「いや、これらは使いませんよ。最近は少し飽きてしまいましてね、別の趣向を凝らそうと思うんです」


するとダリウスは、ゆっくりと部屋の片隅にある木製の棚に歩み寄り、そこから瓶を取り出した。

こちらに戻ってくると、その瓶を彼の前にやって中身をよく見せた。

瓶の中には、蠢く不気味な生物が見え隠れしていた。

細長い形をしていて、脚だか触手だか分からないものが無数に生えている。

その頭部には鋭い口器があり、それが不規則に動いている様子は不気味でしかなかった。


「な……何だそれは⁉︎」

「お、興味を持ってもらえましたか? それでは丁寧に説明していきますよ」


ダリウスは、意気揚々としながら話し始める。


「これは『キチクウジバエ』と呼ばれる、魔物の幼虫です。まあ蠅のウジですな」


ダリウスが続ける。


「この虫は、まず生きた動物の傷に卵を産みつけます。そこから孵った幼虫が体内に侵入していき脳に到達すると、そこから中枢神経を麻痺させます。そうして自由を奪った後で、ゆっくりとその肉体を食らっていくんです」


ギルドリーダーは、恐怖で固まっていた。

話を聞く彼の表情からは、生気がどんどんと失われていく。


「あ、死にはしませんよ。宿主をすぐに死なせては、寄生した意味がないですからな。そこが絶妙なところなのです」


ダリウスは楽しみながら話している。


「初めは軽い頭痛やめまい等を感じるでしょう。そして、次第に神経が麻痺し、身体の自由が利かなくなる。そこからは、寄生虫との共同生活の始まりです。死なない程度に、じっくりと肉体を喰われ続けるのです」


ギルドリーダーは全身を震わせながら、寄生虫の入った瓶を見つめる。


「わ、わかった。これから一切、ブラッドウィン家の事業に口は出さない。誓約書の件も白紙に戻す」


彼の心はすでに、深刻なまでに恐怖に蝕まれて折れていたのだった。


「おっと、何か勘違いされている様ですな。別に撤回を求めてる訳じゃないんですよ」


そしてダリウスは、自身の意図を簡潔に伝える。


「これは単なる趣味なんです」

「……え?」

「定期的にね、こういう楽しみがないと退屈してしまうのですよ。人生には何かと刺激が必要でしょう?」


目の前の男の邪悪なまでの異常性に気づいたとき、彼の顔からあらゆる希望が消え失せていた。


◇◇◇


シルヴァンデール家の館は、美しく広大な森に囲まれている。

その壮麗な外観は、一目で見る者に強い印象を与えた。

広大な敷地の中央に立つ建物はバロック様式で作られており、昼間の太陽の光を受け輝いている。


「レオン様、トロールの襲撃以後、村の周囲における安全対策が強化されましたので、その内容をご報告いたします」

「分かった、続けてくれ」


エリックは手元のメモを見ながら、詳細を伝え始める。


「まず、村の周囲に魔物除けの結界を増設致しました。トロールなど一部の強力な者は突破する恐れもありますが、大抵の場合、村に近づく魔物は減るでしょう」


エリックがメモを見ながら続ける。


「さらに、見張り塔を村の四方に建設しました。各塔には昼夜を問わず監視員が配置されており、村人たちが交代で監視を行っています」

「そうか、村の人たちが自主的に警備を担うのはいい手だな」


エリックは、さらにメモをめくり報告を続ける。


「また、警備兵を増員して巡回を強化しております。緊急時には、さらに迅速に対応できるようになりました。以上が、今回実施された対策となります」

「なるほど、了解した。これで、ひとまず安心といったところだろう」

「またセシリア様も、農地の運営のかたわら、暇があれば村々を見て回っていらっしゃる様です」

「姉上が? そうか、それは心強いな」


——やはり姉上も、今回の村への襲撃を受けて相当に警戒している様だな。


セシリアは、シルヴァンデール家の領地における、牧場や畑などの農地の運営と管理を任されている。

また同時に、その騎士としての腕前から、治安部隊としての役割も担っているのだった。


「それではレオン様、例の件の報告も併せて宜しいでしょうか?」


レオンの目が冷たく光る。


「ああ、構わん。続けてくれ」


エリックは報告書をレオンの前に置いた。


「先日の件に続き、ブラッドウィン家の事業内容を詳しく調査致しました。まず公の情報通り、彼らの主要な収入源は海運事業です。他国との貿易により、大きな利益を上げています」

「なるほど、取引しているのはどんな品だ?」

「スパイス、宝石、絹織物などの高級品を主に取り扱っている様です」


レオンは、報告書をじっくりと読み込みながら考え込んでいた。


——港を叩いて貿易ルートを妨害するか? いや、ダメだ。その他の船舶にも影響を与える恐れがある。


「またブラッドウィン家は、フレイムハート家と領地を巡って敵対関係にあった過去があります。もう長いこと武力衝突などは起きていませんが、まだ対立の火種は残っているかもしれません」

「フレイムハート家と……」


レオンはしばらく沈黙して考えを巡らせる。


——フレイムハート家とブラッドウィン家の対立か……それならば、フレイムハート家との同盟を築けるか、模索するのもいいかもしれない。


そこでエリックが口を開く。


「それとレオン様、ブラッドウィン家に関する黒い噂を耳にしました」


レオンは顔を上げた。


「黒い噂?」


エリックは慎重に報告書を広げ、細かい字で書かれた内容を指し示した。


「ブラッドウィン家の当主、ダリウス・ブラッドウィンを中心として闇取引に関与しているという噂です。具体的には、ブラックマーケットにおける、奴隷をはじめとした数々の違法商品の取引に関わっていると言うものです」


レオンは報告書に目を通した。


「もし、それが事実ならば、王国に仕える者としても看過出来んな。では、引き続きブラッドウィン家に関しては監視を続けろ。何か動きがあれば逐一報告してくれ」

「かしこまりました」


エリックは一礼して部屋を後にした。

レオンはまた書類に目を落とす。

ブラッドウィン家による数々の違法行為と言うのは、レオンにとっては特段驚くべきものではなかった。

その邪悪さをよく知る彼にとっては、むしろ納得がいくものですらあった。


——しかしながら、これはいい標的かもな。違法取引を常習的に行なっているのであれば、そこからの収益もかなり大きなものになっているはず。それを叩き潰してやれば、奴らにとって大きな打撃になるだろう。


ブラッドウィン家をいかに潰すか、彼は常にそれに集中していた。


「しかしブラックマーケットか。実際に現場の様子を確認してみたいが……」


書類をめくりながらレオンは考える。


「直接潜り込んでみるのも、ありかもしれないな」


◇◇◇


王宮の中にある元帥の執務室は、豪奢でありながらも実用的な装飾が施された空間だった。

大きな窓からは庭園が一望でき、重厚な木製の机の背後には、王国の紋章が刻まれた大きな旗が飾られていた。


この日、執務室には王立騎士団の団長が呼ばれていた。

そして今、大きな机を挟んで、二人が対面している。


「団長、急に呼び立ててすまない。国王陛下から新たな任務を承ってね」

「構いません元帥、何なりとご命令を」


団長は静かに応じた。

元帥は立ち上がり、机の上に広げられた地図を指し示した。


「ここのところ王国内の至るところで、盗賊団の活動が急激に活発化しているのだ。奴らは各地の村や町を襲い、略奪を繰り返している」

「噂は聞き及んでいます。何か怪しげな魔法も扱うそうですね」

「うむ、その様だ。すでに被害は甚大であり、このままでは影響が広がり王国の安泰が脅かされる恐れもある」


盗賊団の活発化に関しては、王国政府内ではすでに広く知れ渡っていた。

団長は地図に目を落とし、指し示された場所を確認した。


「根城となる拠点は特定されていますか?」


元帥は首を振った。


「まだだ。ちょうど今、調査隊を派遣している。ようやく大体の目星が付いてきたところだ。どうやら奴らは、いくつかの拠点を設けている様だ。近日中には、その正確な居所を突き止められるだろう」

「なるほど、承知しました。では我々の仕事は、その拠点の制圧と盗賊団の殲滅ということですね?」


団長の言葉に元帥は頷く。


「その通りだ。盗賊団の討伐は、王立騎士団に委ねることにする」

「承りました」


団長はすぐさま応じた。


「それでは、精鋭の者たちを招集しておきましょう」

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