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『アングラ(暗✕2)』  作者: 髙山志行
8/8

6・coming GENERATION

「あと一時間で、排気用の超巨大なコンプレッサーが、全開で動き出すんだ」


 俺とリカがここに侵入しようとした時、俺たちを吹き飛ばそうとした・あのターボ型オバケ圧縮機だ。


「あと一時間? そりゃキツイぜ!」


 俺たち四人は支流の排気ダクトから、「滑り台」を滑り降りるようにして主坑道に出ていた。


「もうタイマー、セットしちまったよ」


 俺は胸の痛みにたえながら、皆に遅れないようにとガンバッていた。

 できることなら、ひと言も発したくなかった。せめてもの救いは、排出側のトンネルなので、若干ではあるが追い風だということと…ここには独立した排気口があるので、ほんの数キロ走れば地上に出られるということだ。


「フイ~!」


 地上へむかう・巨大な縦坑道にたどり着いた所で、ひと休みだ。

 ここからは「亀梯子(かめばしご)」と呼ばれる、壁に埋め込まれた半円状のハシゴを登って行かなくてはならない。

 そして終点には、「放風消音器(ブロー・サイレンサー)」と言う巨大な筒があるはずだ。排出される空気の消音と・坑道内に雨水や花粉が入り込まないように設置されている。吸入側とは違い、吐き出すためだけの物だから、簡単な構造しか持たない。ドア一枚で、すぐ表に出られるはずだ。


「早く行くんだ!」


 俺は神作を先頭に、ユカ・リカの順で先に登らせる。


「ヨイショッ…と」


 俺はあおむけに横になって、皆が登って行く姿を見つめる。


「…」


 やがて、全員の影が闇に消えていくと…後には暗闇しか見えない。

 こうやってジッとしていると、それが上なのか下なのかも、わからなくなってくる。


『?』


 しばらく・そうしていると、闇の中から白い物が舞い戻ってくる。


『リカだ!』


 ハシゴを降り切り、俺の所までやって来る。


「何してるのよ?」


 俺は半身を起こしながら…


「いや…ちょっと休んでるだけだよ」


 そんな返事をすると…


「元気だしなさいよ!」


 彼女は俺の頭の上から、発破(ハッパ)をかけてくる。


「もうすぐよ!」


 そして続けて…


「これで最後でしょ!」


 そう言いながら、俺を立ち上がらせようと、首根っこをひっつかむ。


「テ・テ・テッ!」


 右胸に激痛が走る。


「ケガしてるの?」


 リカがのぞき込んでくるが…


「な~に、これくらい…たいしたこと、ないさ」


 俺はそう返事をしながら、立ち上がろうとした。


「ツッ!」


 でもやはり、脇腹に痛みをおぼえる。


『まだ、あきらめたわけじゃない』


 そう思いながら右手で胸を押さえ、ケガをしているのとは反対側の左手をついて、中腰の姿勢になると…目の前には、しゃがみ込んだリカの顔が間近(まぢか)にあった。


「!」


 眼と眼が合う。俺たちの顔が、触れあわんばかりに接近したところで…


「ひとつ、教えてくれないか?」


 俺は真顔で尋ねる。


『…うん』


 リカはチョット表情をこわばらせて、うなずく。


「アドベンチュールってのは、どういう意味なんだい?」


 俺が・あの清掃工場に拉致(ラチ)られた時…彼女が口にした言葉だ。


「え?」


 リカは『意外だった』という顔を見せ…


「けっこう余裕ね。こんな時に・こんな場所で、そんなことをきくなんて」


 そう言って、相好(そうこう)を崩す。


「いや、ずっと気になっていたんだけど…なかなか聞くヒマがなくてさ。このままじゃ、死んでも死にきれないだろ」


 俺が彼女の瞳を見つめたまま、そう話しかけると…


「アドベンチュールじゃなくて、アバンチュールよ。今じゃ死語になっちゃって、辞書にも載ってないかもしれないけど…フランス語で『冒険的恋愛』って意味よ」


 彼女は、そう語って聞かせてくれた。


『なるほど!』


 英語の『冒険(アドベンチャー)』に似た響きに、(勝手な想像力を働かせて)文字を創り上げて記憶していたのだが、語源的なものはともかく…


『そう大きく、はずれてはいなかったぜ!』


 納得だ。


(実のところ仏語「aventure(アバンチュール)」は、それだけで「冒険」という意味を成し…特に、「恋の冒険」を表す言葉だ)。


「フフ…」


 そんな俺を見て、リカはニコッとほほ笑む。そして…


「これで最後ね。ありがとう」


 そう言いながら、軽く唇を重ねてくる。


『サンキュー! 良い思い出になったぜ』


 たしかに、こういう事も「これで最後」だ。


「さ、行きましょ」


 彼女は俺の手を取りながら…


「ケガしてるんだから、先に行って」


 そう(うなが)すが、そんなリカにむかって俺は…


「男にハジかかせるなよ!」


 痛みにたえて、見栄をはる。

 俺には、『三位一体(さんみいったい)』(つまり「(ファーザー)()(サン)と聖霊」だ)が優先される教義を奉じる宗教圏の娯楽作品には、納得がいかない物が多かった。

 ヒロインや準ヒロインが命を落として、親父(おやじ)と息子が生き残るなんて…ナンセンス!


(映画で例を挙げたら、枚挙に(いとま)が無い!)。


「男女同権」ヅラして、やってることは「男尊女卑」の最たるもの。


(男優の方が、ギャラなどで優遇されているのも、その(あら)われだろうし…「セクシャル・ハラスメント」の醜聞(スキャンダル)も、後を絶たない)。


冗談じゃない!


『ストーリー的には破綻してるぜ!』


(目をさませよ、女性たち! あいつらの語る「レディー・ファースト」なんて思想は、さっきのオッサンと同じで、今みたいな「開拓時代」に希少価値があったからにすぎない)。


 俺は、そんな結末はゴメンだった。


『ヒロインを犠牲にしてまで…そこまでして生き残って、いったい・どうなるってんだよ』


 興ざめだ。


『どっちにしたって…』


 今のところ、人類の死亡率は…一部の祭り上げられた救世主や・イカサマ聖者をのぞいて…100パーセント。


(宗教なんて、しょせん軍隊と同じ。自分が「白」だと思っても、上官が「黒」だと言えば、従わなくてはならない。「真」が「偽」かなんて、どうでもいいことで…妄信的に服従しなければ、そういった類いの強権的組織は動かない)。


『物語を崩壊させないでくれよ』


 俺は…どうせ死ぬなら、カッコ良く死にたかった。


「君が先だ」


 リカの(ケツ)をたたくようにして、先に登らせる。


     *     *


「がんばって! あと少しよ!」


 遅れがちな俺にむかって、上からリカの声が飛ぶ。でも、腕を使って身体を引き上げるという動作は、傷ついた胸には、こたえる動きだった。


「ゼエ・ゼエ…」


 荒い息をしながら俺は、たびたび休んでは、両足メインでヨタヨタと登り続ける。


「フウ~!」


 目の前のハシゴにかけた、左手首のダイバーズ・ウォッチを見ると…


『あと5分だ』


 上を見上げれば…出口の丸い口が見えてきた。

 神作が、施錠(ロック)のために巻かれた(チェーン)をはずしているようだ。リカもピッチを速める。


『それにしても…リカはタフだよな』


 俺は一段・一段、やっとの思いで登っていた。


『ハラへったな~。そう言えば、何も食ってないよな』


 俺は怪我のせいもあってか、軽い貧血気味だったし…腕もしびれてきた。


『メシも食わせないで働かせるなんて、労働基準局にでも訴えてやるか』


 俺はもともと、残業が大嫌いだった。

『金さえ払えば働く』なんて思われたくなかったから、そう公言していたし…基本、残業代は取らなかった。


(だいたい、『働くために生まれてきたんじゃない』くらいに思っている人間だ)。


「(機械を)開けてビックリ・残業しなくちゃならない」というなら、あきらめもついたが…営業が下手で・はじめから「残業ありき」でしか工事日程を組めない奴の仕事など、まっぴら御免だった。


『今回は、後でタップリ載っけて請求してやるぜ! 覚悟しとけよ』


 そう思った瞬間だった。

「グオ~ン!」と闇の中に、不気味な音が響き渡った。


『来る!』


 ふたたび上方に視線を走らすと、相棒とユカの姿が見えなくなったところだ。

 潜水艦のハッチのような丸いハンドルを回し、頂上に出たようだ。


「早く!」


 リカが叫ぶ。残すところは、あと数段。


「チックショ~!」


 俺は、上からのぞき込む三人の顔を見て、最後の力をふり絞る。


「グワン! グワン!」


 下からこみ上げてくる轟音(ごうおん)は、どんどん大きくなる。


『あと一段』


 下から迫ってくる(とどろ)きは、もう俺の足に触れんばかりだ。


「つかまれ!」


 神作とリカの手が伸びてきて、俺を引っ張り上げる。


「ゴーッ! ! ! !」


 上部構造物の小部屋に出た、その時だった。

 下から一気に、空気の(かたまり)が吹き出してきた。


「こっちよ!」


 俺たちは、ユカが開けてくれていたドアにむかって・スライディングを決め、夜の闇に出る。

 胸の痛みなんて、感じているヒマも無かった。


(どうやら「痛み」にも、優先順位(プライオリティー)があるようだ。さらなる「苦痛」や「危険」にさらされると、『もうダメだ』と思っていた痛みも感じなくなる)。


 山のてっぺんにあるコンクリート製の建造物。この上には、前人類時代に・どこぞの寺院に立っていたと云う「五重の塔」みたいな、巨大な金属製の放風塔(ほうふうとう)が載っているはずだが…


(もっとも尖塔(せんとう)なんて、「再現図」でしか、見たことはないが)。


 少し小高くなった建屋(たてや)(フチ)から、転がり降りるようにダッシュする。


「ハア! ハア! ハア…」


 俺たちは脇目もふらず、その塔を囲むフェンスにむかって走った。


「キュイ~ン!」


 後方からは、急上昇する空気のカン高い音が響いてくる。


「ガシャン!」


 柵に到達した神作は、金網にむかって鉄製のレンチを投げつける。


「…」


 何の反応もないところを見ると、高圧電流は流れていないようだ。

 でも、大型のワイヤー・カッターでもあれば話しは早いのだが…あいにく俺たちは、小型のニッパーしか持ち合わせていなかった。太いフェンスのワイヤーでは、歯が立たない。


「どうする?」


 右隣りに並んで・荒い息をする相棒は、正面の囲いを凝視したまま、そう問いかけてくる。


『!』


 俺は柵を見上げる。

 背丈の倍はあるが…引きちぎられたメッシュ地の金網や、パンチ穴の開いた鉄板が飛んで来る。放出用消音器のエレメントの破片だ。モタモタしていたら、せっかくの苦労が水の泡だ。


『どうする?』


 地面には、フェンスの支柱を立てるために、グルリとコンクリートが打たれている。掘ったところで、どのくらいの深さがあるか、わかったものではない。


『う~ん…』


 一方、柵のほうは…結構な高さがあったが、針金をクロスさせただけの金網だ。手をかければ、登れないことはなさそうだ。

 たぶん警報装置が付いているから、この程度の高さと構造なのだろう。


『よじ登っているところに、奴らが現われたら?』


 でもこの際、そんな事はお構いなしだ。

 他に方法はないし…だいたいあんな奴らが、こんな危険な場所にやって来るとは思えない。もしかしたら連中は、とっくにアジトを放棄して、逃げ出しているかもしれない。


「乗り越えようぜ」


 俺が決断を下すと…


「ヨッシャ~!」


 相棒はフェンスに取り付き・よじ登り…そしてテッペンに張られた有刺鉄線を、ニッパーで切りはじめる。


「急げ!」


 俺たちも後に続く。

 鉄条網は外からの侵入用に、外側に傾けて張られている。だから、内側から切るのは簡単だったが…


「早くしろよ!」


 気の()いていた俺は、相棒にむかって怒鳴る。


「わかってるよ!」


 ヤツはそう怒鳴り返しながら、最後の一本に歯を入れる。


「いいぞ!」


 神作・ユカ・リカ…俺たちは次々とフェンスの反対側に回り、今度は地面を目指す。

 殿(しんがり)をつとめる俺も、頂点を乗り越える。視点が逆になり、目前の・外灯に照らしだされた巨大な円筒形の放風塔に視線が移ると…


『?』


 許容量を越えた空気の圧力に耐えきれず、ふくらんできているのが・肉眼でもわかるほどだ。


『そろそろヤバイな』


 そう思った・その時だった。目の前に、大きな破片が飛んできた。


「ガッシャ~ン!」


 ソイツが金網に当たった衝撃で、俺は手がはなれ・背中から地面に落下する。


『イッテー! ! !』


 俺は目を閉じ・(まふた)に思いっきり力を入れ・歯を食いしばって、痛みにたえた。

 本当に痛い思いをすると、『死にたい』とも思えないものだ。


『完全に折れたな』


 痛みが少しひいてきたところで俺は、天をあおいでそう思った。


『もう動けねーよ』


 いい加減そろそろ、鉄塔が崩れ落ちる頃だが…


「爆発する時の爆風は、45度から135度のあいだで噴き上げる」


 高校の時の、化学の教師の話が浮かんだ。

 俺は自分で試した事はなかったが、その先生の・実際の実験をともなう体験談によると…その角度からはずれていれば、すぐ脇にいても平気なのだそうだ。


『なるほど!』


 戦争映画のワン・シーンには…爆弾が飛んできた時などに…かならず「伏せろ!」という場面がある。それはつまり、この範囲からはずれるためだ。


(それが後には、空中で破裂させたり・水平方向にまでダメージを与える物へと、改良されていったわけだ。それで・それ以降は、伏せた体勢の方が被害が甚大(じんだい)になるし、ボディー・アーマーなどの発達で、しゃがんだ姿勢を取るようになったそうだ)。


「ゲン! くるぞ!」


 神作の叫ぶ声がする。


「クソッ!」


 火薬で爆発するのとは状況が違うだろうが、俺は化学の先生の・あの言葉を信じて…


「ふせろ!」


 俺は胸の痛みも忘れ、ありったけの大声で叫んでから…うつぶせになって、地面にはいつくばる。


『?』


 そのとき誰かが、俺をかばうように、おおいかぶさってくる。と同時に…


「ボン! ! !」


 低くて大きな・にぶい音が響く。


「バラ・バラ・バラ…」


 続いて、あたりに物が落ちる音が聞こえる。その音がやむと…


「助かったわ」


 と、上からリカの声がする。俺をかばってくれたのは、彼女だった。


「サンキュ~」


 振り返って礼を言う。リカはニコッとほほ笑んで…


「一人じゃいかせないわよ」


 そう言いながら、俺を抱き起こしてくれる。


「ブホーッ!」


 大量の空気を、上空に吹き上げている巨大なクレーター。


『やったぜ!』


 ソイツを眺めながら、俺はそう思っていた。

 圧縮機の大部分がイカレてしまい、大容量の機械で空気を吸い出されている奴のアジトは、もはや廃墟も同然のはずだ。


「こうやっておけば、黙って見過ごすわけにはいかないだろ」


 かたわらに立つリカにむかって、俺はそう語りかける。

 彼女は満足そうな視線を、俺に投げかけてきた。


     *     *


「でも、これからどうするの? 相手は大物政治家だから、大変なことになるんじゃない?」


 ユカが、心配そうにこぼす。


『うん』


 俺は無言で思案していた。


「このままじゃ、私たちが悪者にされちゃうかもしれないわ」


 俺たちは、少しはなれた森の暗がりに身を隠し、ひと休みしていた。


「ああ…」


 俺は、フト我に返る。

 眺めれば…少し前まで・放風塔がそびえ立っていた山の(ふもと)には、そこを取り囲むように、あちこちでパトカーや消防車の赤色灯が回っている。


「そうだな。映画やドラマなら、ここで『ジ・エンド』の文字が出るんだけどな」


 神作も、作業の手を止めて、困惑の表情を見せる。一方でリカは…


「…」


 目的を達成した彼女は、満足気でもあり・放心状態のようでもあり、何も言わない。そこで俺は…


「もし10万円拾ったら、どうする? もしかしたら、ヤバイ金かもしれないヤツを…」


 そんな問いかけをしてみる。


(市場規模が極端に小さくなった現代の世の中は、物価も著しく下がっており…洪水前の千分の一と言われている。つまり現在の「10万円」は、その当時の価値に換算すると「1億円」ということになる)。


「どういうこと?」


 ユカは怪訝(けげん)そうな顔をするが…


「そんなの、ビクビクせずにサッサと使っちまうか、ケチケチしないでトットと届けるかだな。貧乏クセ~のが一番イヤだよ」


 ふたたび作業を再開していた相棒は、そう答える。


『ヨシ! 話は決まった』


 俺は神作のひと言でハラを決め、奴を手伝いながら…


「そうだな。そこで俺は正直に、ちゃんと今回の件を届け出ようと思うのさ」


 相棒と俺は、ヤツが持参していた・たためば収納した寝袋(シュラフ)サイズになる「一人乗りゴム・ボート」に、一番原始的な手法…息を吹き込んで、エアーを充填していた。


(もっとも俺は、「深呼吸」すると、肺のあたりに激痛が走るので、補助的な作業しかできなかったが)。


「どうして?」


 ユカは『納得がいかない』といった表情を見せるが…


「実名・顔出しで、堂々と登場するのさ。そうすれば、たとえ奴らが事実を認めなくても、下手に手を出せなくなる」


 かつて、大金を拾った一般人がマスコミで大々的に報じられて、「時の人」となったことがある。

「ヤバイ金ではないか?」とウワサされたが…けっきょく持ち主は現われず、拾得物は全額・有名人となった拾った男の物になった。

 俺が、そんな話をしてやると…


「なるほど!」


 神作が、ポンと手を打つ。


「証拠になりそうな物もあるしな」


 ヤツはそう言って、マイクロ・メモリー・カードを投げてよこす。


「なんだい、コイツは?」


 俺が問いかけると相棒は、ニヤリと笑って、額にかけていたゴーグルを指し示す。


「10万にまけとくよ」


 そう言うヤツの保護メガネの上には…かつての文明で、「ドライブ・レコーダー」と呼ばれていた・自動車搭載型映像記録装置を改造した…小型のカメラがセットしてあった。

 いつだったか、ジャンク市で見つけたと自慢していた代物だ。


『ホント、10万くらいもらわなきゃ、割りに合わね~よな』


 リカの手前、そんなグチをこぼすわけにもいかず…ソイツを神作に返す。

 この後も、まだまだ何が起こるかわからない。もう無用になったとは限らない。


「ま、とにかく…ひとまず、ここから退散しようぜ」


 相棒はそう言って、小舟を引きずり始める。


『たしかに』


 なにしろ、人の命や人権を・何とも思っていない連中が、銃火器などの武器や凶器を持って、あたりをウロついているかもしれない。


『だったら、手っとり早く「自首」するって手もある』


 警察官だって、大勢いるだろう。とりあえず、『保護』くらいはしてもらえるかもしれない。でも…


『政治家や・ソイツらと、つながりがある奴らが相手だ』


 正面きって出頭(しゅっとう)するにしても…「状況がどうなっているのか?」もわからないのに、出て行くのは得策ではない。


『そのタイミングじゃないよな』


 俺たちは神作に続いて茂みから出て、事件現場の反対側へと、丘を下りはじめる。


『まだ早すぎる』


 少なくとも、「今」じゃないはずだ。


     *     *


『10万か~』


 俺たち一般庶民にしてみれば、「宝クジ」にでも当たらなければ、一生・手にすることのできない金額だ。


『フン!』


 だが俺は、「確率論学者」の語る「買えば買うほど、当たらなくなる」という言葉に納得していたので…生涯二~三度、「たまたま連られて」買ったことがあるだけだ。


(『確率論』的に見れば…購買数が増えれば、「当選確率」が下がるのは「自明の理」だ。それに、前にも述べたが…俺は『運命論者』でもなかった)。


 時々、芸能人などが、高額な借金を返済した事が話題にのぼるが…返せる能力があるから、多額の借金を作れるワケだ。


(だいたい一般人では、そんな額…貸してくれるところがないから、したくてもできない相談だ)。


 今も昔も、平民の「人生で一番高い買い物」が分譲住宅なのは、変わらない。


(それでも通常、10万の1/3でも出せればいい方だが…)。


『では、どうやったら、そんな大金が手に入るんだ?』


 俺は自分でそんな金額を提示しておきながら、何のアテもないことに気がついた。


(「金が欲しい」「金があれば」という事を語る奴は多いが…「じゃ、そのために、[具体的に]何をしているの?」と聞いて、明確な返答ができる奴は、まずいない)。



[「物価上昇」などと言うと『物の値段が高くなっている』=『物の価値が上がっている』と思うかもしれないが…一番の原因は「通貨の価値の下落」だ。

 たとえば…皆が「自給自足」の生活に戻れば、「物価」などというものは存在しなくなる。

 ナゼなら…「物々交換」がはじまった時点で、「価格」なるものが誕生したからだ。

 そして…「市場経済」の基本原理は「等価交換」。


(お互い、その日・一日分の「労働の成果」を持ち寄るのが始まりだ)。


 つまり…『量の増加は価値の低下』。市場が拡大すれば、当然の事だが、必要とされる貨幣の量も増える。

 その結果…以前は一万円の価値があった金貨が二倍の数になれば、単純に実質・半分の価値しかなくなり、「二万円を出さなくては買えなくなる」ということだ。


(実際の「経済活動」は、生き物の行動パターン以上に、難解で複雑怪奇。その他・もろもろの要素がからまり合って、そう簡単には事が運ばない・予測不可能なものだが…)。


 しかし…見かけ上の値段は高くなっても、実質的な価値は変わらない。

 例を挙げるなら…『太平洋戦争』当時、一機22万円だった「(ゼロ)戦」。20世紀末ごろの物価でなら、約300倍の7000万円弱ほど。


(大卒・初任給の700円が20万円強になる計算だから、価値としては・まあまあ妥当なセンだろう)。


 やがて…21世紀になる頃を境に、現実でも・フィクションの世界でも、犯罪モノの定番ストーリーだった「ニセ札造り」が激減したのは、その犯行には・コストに見合った価値が無くなったからだ。


(「現ナマ」の価値が上がった現代なら、充分に価値のある行為なのだが…幸い現在の世界は、「電子マネー」が全盛。そちら方面での詐欺(サギ)は横行していたが、実体がともなったアナログ事件は皆無だった)。


 早い話…「日々おなじ暮らし」を続けていれば・いられれば、『物価変動』は起こらない」という事だ。


(「安定」を取るか・「変化」を望むかは、個人や年齢・地位や既得権益(きとくけんえき)などによって変わるものだが…そこで各種の軋轢(あつれき)が発生し・争いへと発展するのが、今まで何度も繰り返されてきた人類の歴史だ)。


 ようするに、この話を聞いているアナタが、いつの時代の人かはわからないが…「現在の10万円という金額は、一般庶民では・おいそれとは手にできない」という事が、わかっていただければいい。]



「冷て~!」


 ボートの右サイドにつかまっている神作の、情けない声で…


『ん?』


 現実に引き戻される。


『これが、たった今の俺の現実だぜ』


 一人用のゴム・ボートは、リカとユカを乗せただけで、なかば沈みかけている。


「ガマンしろよ」


 俺は、反対側にしがみ付いていた。


『俺だって、胸の痛みにたえてるんだ』


 流れに乗って進めば、10分もかからずに目的地に着くだろう。


「もう冬も近いってのに…水遊びかよ」


 相棒は、さらにグチをこぼすが…洞門(どうもん)の水はキラキラと、青く輝いている。


『キレイだ』


 人類が、まだ狩猟採集で日々の暮らしを営んでいた頃に造られた、「日時計(ストーン・サークル)」が残る遺跡の近く。


(あの天変地異でも喪失されなかった、石の文化の痕跡。実際に・その時代に行ってみれば、草・木や皮で作った品々の方が、はるかに多かっただろうと言われるが…各地に残るピラミッドや石像などは、今でも厳然と残っている)。


 小高い峰が張り出した、舌状地(ぜつじょうち)の先端部。まさか、「縄文時代」に掘られた物ではないだろうが…ここは岩盤をくり抜いて造られた、上水用の水の取り入れ口。


(この先の山脈に・この川の水源を持ち、鉄門を備えた(せき)のすぐ下流。西からの流れを、南の方角にそれて行く支流の起点に、頭上を越える高さの鉄柵で囲まれた取水口があった)。


 この隧道(ずいどう)を抜ければ、用水路にフタをした暗渠(あんきょ)が続き、終点には、放射能を除去する設備を備えた浄水施設があるはずだ。


(原子炉の「燃料制御棒」の理論と技術を応用し…放射線を吸収する物質で、線量を基準値まで低減させる)。


 フェンスの裏手の、山側づたいに回りこんで…柵が切れた急斜面を、ロープの助けを借りて下り…敷地の内側へ忍び込んだ。


 そこで、神作が断崖から投げ降ろした・ゴム製の小舟を浮かべたのだが…


「ここまでだな」


 おおよその見立て通り、10分弱ほどで暗渠を抜け、目的地・手前の屋外貯水槽(プール)に出たが…前方にある施設への水路の入口には、太い鉄棒の柵が見える。

 まだ地表だったが、仕方ない。上陸し、舟をたたむ。


「ここで、塩素臭い飲み水が作られてるわけだ」


 ボートを片付けていた神作が、ポツリとこぼす。

自然に水を(さら)す「自然濾過法」に使える土地は、あり余るほどにあったが…放射線の問題もあるし、半屋外の濾過場には限りがある。そこで旧来の日本式の「塩素」が、消毒のために用いられているわけだが…


「下限は決まっているけど、上限は任意なの」


 リカが塩素の量について、そう解説してくれる。それで、自治体ごとに「塩素臭さ」に違いがでるのだろうが…


『金魚も漂白されるわけだぜ』


 俺はガキの頃、祭りの縁日で手に入れた二匹の金魚が、真っ白になった事を思い出す。「塩素抜き」をしていない水道水を、そのまま使ったからだろうが…


(「塩素」は、こういった所で使われているため、一般では危険視されていないが…塹壕戦となった『第一次世界大戦』で、人類史上、初めて使用された化学兵器だ。致死性は低いが、使い方によっては、立派な武器になる。特に、空気より重たいので、塹壕や地下の坑道・シェルターなどには効果的だ)。


 まあ、それはいいとして…


「さて、どうする?」


 飲料水を濾過する施設だ。悪徳政治家一味が(たくら)んだような、テロ行為にさらされる危険性がある。当然、この先の警戒は厳重だろう。


「すぐ先の下流に、汚水処理場があるわ」


 俺が思案するまでもなく…


「むこうなら、警備も手薄なはずよ」


 リカが提案してきた。


「さすが清掃工場の所長さん!」


 神作は、茶化すような言い回しをするが…まあ、同業・他業種には違いない。


「夜明けも近い。急ごうぜ!」


 薄明かるくなってきて、わかったのだが…空一面に低く垂れこめた・遠くの黒雲の中で、雷光が光っている。

 俺は皆の背中を押して、先を急いだ。


「ヨシ!」


 たしかに、屋外に建つ・こんな所に、用がある奴などいないだろう。到着した処理場の背後の(ヤブ)を抜ければ、柵も塀も無く敷地に入れた。


「パシン!」


 神作の持っていた、例のトーチの最後のガスで「焼き破り」。(サッシ)のロック付近のガラスを割る。


「ギ・ギ…キ・キ・キィ~」


 開閉したことなど久しく無いらしく、金属レールがサビついていたので、ちょいと手間を食ったが…ドブ臭いにおいが立ちこめている、建物の中に侵入する。どうやらこの時間、誰もいないようだが…


『?』


 非常灯の薄明かりの中、内部の様子を探っていると…ズラリと30台ほどのバキューム・カーが並ぶ、駐車場に出た。


『なるほど!』


 ここは、下水道を通ってきた汚水を処理して、下流に流す施設だが…扱うのは、通常の下水の水ばかりではない。

 たとえば、「水洗式トイレ」とはいっても、すべてが下水管につながっているわけではない。中には、孤立・独立した浄化槽にためられた汚水もある。


(それに、遠隔地に行けば、いまだに「()み取り式便所」だって多数のこっている)。


 それらを集積するために、それ用の車両が現在も稼働中だった。


(排泄物の処理というのは、地味で・不衛生なので、万人から忌み嫌われるものだが…「(かわや)を見れば、文化レベルがわかる」と言われるほどに…過去の遺構などでも…むしろ下水道施設の普及率が、文明度のバロメーターになるものだ)。


 皮肉なことに現代では、(その言葉とは裏腹に)「上水」を下に降ろし・「下水」を汲み上げているわけだが…『事の始まり』の最初の晩。こういった施設から出た水路に、車ごと落ちた記憶が(よみがえ)る。


『もう、あんな思いはコリゴリだぜ』


 つい二日前のことなのに、遠い昔の出来事のような気がしていた。そんな時…


「パチン!」


 一斉に、室内の明かりが(とも)る。


「誰か来たぜ!」


 そんな神作の怒鳴り声で俺たちは、近くの車の下に、腹ばいにもぐり込む。

 職員が出勤してきたのだろう。


「ブオン! ガラ・ガラ・ガラ…」


 まっ白な・化学消防士のように、頭からスッポリかぶる防護服。そんな連中が、ドヤドヤと入ってきて…あちこちで、クルマの暖機運転が始まるが、年代物の車両ばかり。室内は、排気ガスの青白い煙りと臭いで満たされる。


(絶対数が大幅に減少してしまった自動車。放射線や花粉の量とくらべれば、車が吐き出す「二酸化炭素」や「窒素酸化物」など、物の数ではなかったし…咳やクシャミが止まらなくなる『花粉症』とくらべれば、ガマンできないレベルじゃない)。


「ブオン! ガラ・ガラ・ガラ…」


 俺たちが身をひそめていた車両の、ディーゼル・エンジンが始動されると…


「コイツをパクッちまおうぜ」


 相棒が提案してくる。


「マニュアル車だぜ?」


 俺は問いただす。トラックだって、新たに生産される物はすべて、オートマチック・トランスミッションの現代だ。


(神作が乗ってきたレーシング・カーだって…オリジナルは手動のギヤ・チェンジが必要だが、オートマになっていたはずだ)。


「まかせとけって!」


 人目を盗んで、リカをまん中に、神作が右側から運転席に乗り込む。

 俺は、正面をむいたユカを膝の上に載せ、左の助手席に座る。


「行くぜ!」


 クラッチを踏み込んで、ギヤをローに入れた相棒の合図で、ユカの腰に回した両腕に力を入れると…ユカも握り返してきた。


『?』


 見れば、右端の車両から次々と、右手の左奥に見える出口にむかっている。


「ガックン…ガク・ガク」


 一瞬エンストしそうになるが…


「ブオ~ン!」


 なんとか動き出した。


(本来、トラックなどの・この手のクルマの1速ギヤは、満載時の急坂(きゅうはん)登坂(とはん)用で、通常は2速で発進するものだ)。


「ヨッシャ~!」


 相棒は右にハンドルを切り、まだ走り出していない車の前を通り過ぎる。

 順番を無視して列の最後尾につけ、エアー・カーテンの設置された出入口を目指す。


(屋外から地下への入口には、「エアー・カーテン」と呼ばれる装置が、ほとんど必ず設置してある。20世紀の末には実用化されていた設備に、ヒントを得た物だ。たとえば高速道路などの料金所には、排気ガスが料金徴収ボックス内に入りこまないよう、開口部の上から下にエアーを吹き出し・空気の壁を作っていたと云うし…工場や倉庫などの空調設備には、現在でも同じような物が使われている。荷物の出し入れを頻繁に行う場所では、夏は冷房・冬は暖房されたエアーを吹き出して空気の壁を作り、暑気や寒気が内部に入り込まないようになっているわけだ。そして現代の屋外建築物の出入口には皆、この設備が設けられている。さらに、エアー・カーテンで仕切られたいくつかの部屋の中は、いろいろな方向からエアーが吹き出しており、換気扇を使って空気を循環させている。少しでも花粉を屋内に入れないための処置だ。でも、強力だが・容量や容積に制限のある「エアー・シャワー」と違い…この程度では、物品や人体に付いた花粉を、完璧に払い落とすことはできない。それで人類は、どんどん地下にもぐって行くことになった)。


「早く行けよ!」


 聞こえっこないのだが、神作が前のクルマにむかって怒鳴る。


『マズイ!』


 たぶん、この車の運転手だろう…左のサイド・ミラーに、こちらにむかって走ってくる白服の姿が映っている。


「ガックン・ガックン…」


 相棒は失速(ストール)しそうになりながらも、前の車両について小刻みに発進・停止を繰り返す。


『早く!』


 俺たち四人は、皆そう思っていたはずだが…みな無言だった。


「○! ○! ○!」


 何かを叫びながら駆け寄る白服は、もうすぐそこまで来ている。


「ブオン!」


 駐車場から地下への入口には、トラックが通れる幅のエアー・カーテンの装置があった。


「ダン!! ダン!! ダン!」


 助手席の脇まで追いすがってきた白服は、激しくドアをたたくが…


「ガタン!」


 一発目のエアー・カーテンに到達した所で、白服は歩足がにぶる。


『助かったぜ!』


 立ちつくした姿が、ミラーに映る。どうやら、あきらめたようだ。


「ガタン!」


 二発目で完全に振り切り…


「ガタン!」


 三重(さんじゅう)に張られたエアー・カーテンの、つなぎ目の段差。その最後のひとつを乗り越える。


「やったぜ!」


 相棒はそう叫び、一台ぶんの高さと幅の・狭い自動車専用通路に入った所で、勢いよくアクセルを踏み込む。


『帰ってきた』


 外はドシャ降りの雨になっているようだが…俺たちは、地下都市を目指した。


     *     *


「フザケやがって!」


 相棒は、「水も入れずにレンジでチン」するだけのカップ麺を、すすっている途中で(ハシ)を止め、不平をうめく。


(現代の美食家気どりには、「家畜のエサ」と酷評されているインスタント物だが…味覚のマヒした現生人類の大多数は、「腹にたまれば、それだけで充分」だった)。


 例の事件は、翌日の夕方のニュースで「事故があった」と軽く報じられた程度だったし、ネット新聞にも・すみっこの方に小さく掲載されただけだった。


(俺たちが逃げ出してきたのは、今朝のこと。つまり現在の時刻は、騒動があった「翌日の夕方」だ)。


 その詳細は、まったく報道されていなかったし…むしろ・その事により、真下の地下都市で大量の漏水が発生したことの方が、大きく取り上げられていた。


(こんな暮らしをしている今の時代にあっても、『治水(ちすい)』は…あちこちから湧き出す地下水を、せき止め・排水する…生活を維持する、重要な公共事業だった。だが・それゆえ、排水ポンプが壊れたための浸水騒ぎなんて、「日常茶飯事」的に起きている。すべてが「地下室状態」なので、たまに溺死者が出ることもあるが…「水漏れ事故」だけなら、特別珍しい出来事ではなかった)。


「まあ、そうアセルなって」


 俺は、賞味期限が一年先の・長期保存がきくパンをほおばりながら、神作をなだめる。


『今度こそ、やっと一息だぜ』


 俺たちは、怪しまれないように・それぞれカップルで、別々にホテルに入った。


(事件現場からだと、街の中心部をはさんで正反対側。都市(コロニー)のはずれの・地表に面した、トラッカーなどの運送関係者向けのモーテルだ)。


 ユカは父(つまり、俺の義理の父親でもある)の近隣の知人宅に連絡を入れ…


「おさいふケータイやカード、なくしちゃって」


 などなど、言い訳じみたことをしゃべっていたが…その知人経由で、さらに、その赤の他人名義で、オヤジさんに部屋を確保してもらった。


(こんな状況下、唯一、神作だけがカードを持っていたが…ヤツの物では、アシがつくおそれがあった。ただし、いま食べているインスタント食品類は、相棒の前払い(プリ・ペイド)式の買物カードで自販機から買った、奴のオゴリだ)。


 人相がバレないよう、ゴーグルやマスクという出で立ちでチェック・インした俺たちだったが…「花粉症」が蔓延した現代にあっては、特段に珍しい格好ではなかった。


(クルマの方は…できる限り深い所までもぐってから、「ところ知ったる」廃工場の敷地の一角に、乗り捨ててきた)。


「どうしたのかしら? 夢中で気がつかなかったけど、今日はぜんぜん息苦しくないわ」


 とりあえず落ち着いたホテルの一室で、ゴーグルとマスクをはずしたユカは、不思議そうな顔をしていたが…


「精神的なものも、あるんじゃないか?」


(「花粉症」のクスリを服用していながら、鼻をグズグズさせ・クシャミを連発しているのに…不思議と仕事など・何かに集中している時は、症状が緩和される仕事仲間がいる)。


 それに、もともと平気だった俺は、ユカの言葉を気にもとめず…二階の部屋のカーテンの隙間から、おもての様子をうかがう。

 朝がた降り出した雨は、雷をともなって、まだ激しく降り続いており…夕方も早い時間だというのに、外は真っ暗だ。


「フン!」


 視線を室内に移せば…現代の標準。バス&トイレ付きだが、簡素なイスとテーブルとベッドが二つあるだけの、灰色がかった無地の白壁の、何の飾り気も無い質素な部屋。


(でも…今の俺たちには、それだけあれば十分だった)。


「じゃ、また」


 俺とユカの部屋で、全員でひと息ついた後、神作とリカが別室に移動する。


「フイ~!」


 二人が出て行った後で俺は、ハラもいっぱいになったし・ヘトヘトだったし…シャワーどころか靴も脱がずに、あおむけに・脇腹をかばうように、ベッドに倒れ込んだ。

 しかし、神経が(たかぶ)っていたせいか、まったく眠りにつけない。


「ゲン。あなた、あの人と何があったの?」


 そこへ、タオルを巻いただけでやって来た・湯上がりのユカは、そんな俺の上に馬乗りになり、濡れた長い髪をたらして、のぞき込んでくる。


「あの人って?」


 俺は上半身ハダカになり、胸のケガを冷やすために、濡れタオルを当てていた。


生方(うぶかた)さんよ」


 リカは、俺たち二人に気をつかいながらも…


「ま、この人は、そういった点じゃ人畜無害の役立たずだろうから…」


 と神作に軽い一瞥(いちべつ)をくれてから、俺に熱い秋波(しゅうは)を送り…


「べつに、どうって…」


 部屋を去りぎわ、コチラに投げキッスまで飛ばしていった。


「フツーじゃないわよね」


 思い当たるフシは、ありあまるほどにあるが…


「ヤキモチ焼いてるのかよ?」


 なんでも「浮気」は…たとえ現場を押さえられようとも…「やってない」と、シラを切り続けるべきなんだそうだ。


「あれこれ手助けしてくれただけだよ」


 俺は、矛先(ほこさき)を変えようと試みる。


「それは、わかってるけど…」


 都合の良い事実も、たくさんある。


「それより、どうしたんだい? 今日は」


 うまく話題をそらせそうだったが…


「きょうは、なんかヘンなの」


 ユカは、そう言ってうつむく。


「なにが?」


 そうは問いかけてみるが…実際そうだった。なにやら今日のユカは、いつものユカではない。


『?』


 それが何なのかは、わからないが…瞳が妙に潤んでる。


「あの(ヒト)のこと思い出すと、イライラするし、それに…」


 こういう事にジェラシー感じるなんて、たしかに何か変だ。


「それに?」


 俺が問い返すと、ユカの上唇が、少しだけまくれ上がる。


「それに…オナカの奥が熱いの」


 そう言って、俺の胸や腹に指をはわせてくる。


「ハア~?」


 ユカは、股間を俺の身体にこすりつけながら…


「欲しくてたまらないの」


 そう言って、抱きついてくる。


「イテッ!」


 胸のキズが痛んだ。


「俺はケガしてるんだぜ」


 そんな俺の言葉を、唇でさえぎりながら…


「そっとするから…あなたは寝ていてくれればいいから」


 ユカは自分のタオルを開き、俺の衣服をはいでいく。


「ゲンの匂いがする」


 そう言いながら、俺にかぶさって来た。


『こいつぁ~男にとって、都合の良すぎる結末だぜ!』


 一方、別室では… 


(後で本人の口から聞いた話を脚色すると…もっとも、「大ボラ吹き」の異名を持つ・「話をデカクする」ことにかけては定評のある奴のこと。すでに、かなり大げさに「盛ってある」かもしれないが)。


「でも、意外だったな。あなたが、あんなに勇敢な男だったなんて」


 一人掛けのソファに・深々と腰掛けていたリカは、片足を組みながら神作の方を見る。


「そ~かな~? べつに…あんなの大したことないよ」


 ベッドのはしに、デカイ図体でチョコンと座った神作は、いつものトボケた調子に戻っていた。


「そんなことないわ。今日のアナタ、とってもカッコ良かったわ」


 風呂上がりの二人は、藍染めのような肌触りの・上下セパレートの、備えつけの部屋着姿だ。


「へへ…でもさ、今日はなんかヘンなんだよ」


 奴にとって、オフクロや妹以外の女性と二人っきりの空間なんて、そうそう経験の無いシチュエーションではあるが…


「気分がハイになっているのかな俺? あんなアクション映画みたいな事した後だし。それに…」


 リカは、ソファから身を乗り出す。


「それに?」


 訊き返しながら、立ち上がり…


「何かこう…下半身の、股間の奥から…なんかドクドクと、脈打つようなものを感じるんだ」


 座る神作の正面で、仁王立ちになる。


「ただ話しをしてるって、だけなのに…」


 相棒は、伸ばした両腕を股ぐらに差し込んで…


「カチコチだし…」


 モジモジしながら・照れクサそうに、うつむく。


「なにが?」


 神作を見下ろしていたリカは…


「ちょっと見せて」


 そう言って彼女は・しゃがみ込み、女医が患者を診察するかのように、ふくらんだ奴の下腹部に手を伸ばす。


「どうしたの? 珍しいこともあるものね」


 ズボンに手を当てたまま、顔を上げたリカの直前には…


「どう? 使ってみる?」


 ポカンと口を半開きにした、アイツの顔。


「ああ」


 天をあおぎながら神作は、声にならない返事をした。


 その後、俺たちの部屋では…


「どうしちゃったのかしらアタシ? なんだか怖いわ」


 俺の上に乗っていたユカは、腰の動きを止め・別世界に入って行く手前で、ためらっていた。


「なにも怖がることはないさ。自分の気持ちに素直になればいいんだよ」


 そう言って俺が先端で、『奥の院』の入口(くちばし)を押し開くように突き上げてやると…


「あ!」


 ユカは熱い吐息をもらし、いっそう深く入ってくる。


「あん! あん! あん…」


 そして俺は汗だくになって・ユカはシーツをビショビショにして、お互いを確かめあった。


「何があったかは知らないけど…今までのことは許してあげる。わたしも、アナタの期待にこたえられなかったんだから」


 終わった後で、俺の胸にソッと倒れ込んだユカ。


「でももう、はなさない」


 そう言って、それ以上は追及してこなかった。


「ね。もっとイイでしょ」


 そして俺たちは、さらに求めあい、最後は泥のような眠りに落ちて行った。


 そのころ別室では…


「ゴメンよ。さわられただけで…」


 相棒は、情けない声を出すが…


「いいって。でも、まだ元気じゃない。まだできるでしょ?」


 奴はコクリとうなずく。


「…」


 女は無言で初めての男を導き・男は目覚めた本能の(おもむ)くままに、互いに腰を振る。


「すごい! まだ硬い」


 最初の儀式を終えても、なお・おさまらない。


「もっとできるでしょ?」


 下になっていた女は、(ホト)に根をくわえたまま・両足をカニ開きにして、男の腰に回し…


「ね。たくさんして」


 さらに二人は、たまりに・たまったお互いの「にこごり」で蜜壷をあふれさせ、最後は甘美な眠りへと()ちて()く。


 地表では、俺たちの激しい交わりをかき消すように、強い風と・(とどろ)く雷鳴をともなった豪雨が、嵐のように吹き荒れていた。


     *     *


『ん?』


 俺は、カーテンのすき間から差し込む木漏れ陽で、目を覚ます。

 バスローブを羽織って窓辺にむかうが…


「来てみろよ! なんか変だぜ!」


 カーテンを開けて、雨上がりの屋外を見た俺は、まだ寝ていたユカを呼ぶ。


「ほんと、へん。まだし足りない」


 ユカはハダカのまま、後ろから俺に抱きついてくるが…


「そうじゃなくって! おもてを見てみろよ!」


 そして別室でも…


「来てみて! なにか変よ!」


 さえずりながら・窓ガラスをたたく小鳥たちの気配で目覚めたリカが、神作を起こす。


「ほんと、へん。朝立ちしてら」


 相棒の股間は、毛布(ブランケット)をふくらませていたが…


「あら、ほんと! でもその前に、ちょっと外を見てよ!」


 すっかり嵐の去った、地表の世界。


『いったい、どうしたんだ?』


 そこには、何ものにも邪魔されずに、燦々(サンサン)と降り注ぐ太陽の光と、それに照らし出された美しい自然の姿があった。


「フイ〜!」


 残念ながら、窓は開かないが…俺は太陽の光にむかって、大きくノビをする。やがて…


 チェック・アウトの時間。


 それまでに、それぞれ・もう一回、お互いを求めあった俺たち二組は、シャワーを浴びてから部屋の出口にむかう。


『?』


 俺が、左の腕にもたれかかるユカの重みを感じつつ、廊下に顔だけ出して様子をうかがうと…左手・ななめ向かいの部屋のドアがソッと開き、神作が(ツラ)を出す。


「右・左・右…確認ヨシ!」


 右手の人差し指を左右に振って、『安全確認』を行ってから外に出る。


(もちろん、怪しい奴でもいないか、確かめたわけだが…おもに「鉄道」などの交通機関や・多くの工場や建設現場などで奨励されている『指差(しさ)呼称』。俺が・たびたび「ヨシ!」と掛け声をかけてしまうのは、このクセが身体に染みついているからだ)。


『?』


 おもてに出てきた相棒に続いて…小柄なリカが、奴の左腕にブラ下がるように現われる。


『へへ…』


 俺と眼があった神作は、テレ臭そうな笑みを浮かべる。


「フン!」


 リカは満足気に、奴を見上げたままだ。


ーbeauty&beastー


『美女と野獣』みたいだが…案外、「お似合い」だ。


『次の研究テーマが見つかったようだな』


 俺は、二人のその姿を見て、すべてを悟った。


『でもこれで、悪党どもの計画も、すべてパーだ』


 答えは、意外と簡単だったのだ。


『自己再生機能』


 生命力さえ残っていれば、「時」が解決してくれる。

 やっと地球は・そして人間は、本来のバランスを取り戻した訳だ。


『あとは…』


 残された問題は…このあと人類が、この美しい自然と、そして男どもは今後・この厄介な「女」という生き物と、(いな)、「(うるわ)しき女性たち」と、「どうやって共存していくか」という事だけだった。


『それに…』


 まだ、後始末が残っている。


     *     *


「ああ…わかった」


 受話器を置くと、ユカは熱いコーヒー・カップを俺に手渡しながら…


「二人っきりになりたいなー」


 そう言って、物欲しげに・俺の肩に指をはわせてくる。


『?』


 ユカの視線の先を追うと…むこうのテーブルでは、神作とリカが、画像や映像の修正や編集をしている。

 その仲睦(なかむつ)まじい光景に、当てられたのだろう。おかげでユカは、俺に対する猜疑心(さいぎしん)も・リカへの嫉妬心も失っているようだ。


「フン!」


 俺にしたところで…もともとリカとは、愛があっての関係ではなかった。時がくれば、お互い・何のわだかまりも無く解消される仲だった。


(遭難し・生死をともにした男女二人。「九死に一生」を得て生還したが、それでロマンスが生まれることはなかったと云う。そんな話を聞いたことがある)。


『?』


 作業がひと段落したところで、神作とリカは、手に手を取り合って、奥の倉庫の方にむかって行く。


『朝・昼・晩と、よくヤルぜ』


「毎日の恒例行事」。

 ここのところ・ほぼ日課となっていた、「昼のお勤め」を果たしに行くのだろう。


「さてと! 次だ」


 俺はふたたび、古風(いにしえふう)の・黒いダイヤル式固定電話の受話器を取る。


「つまんな~い」


 ユカは甘えた声を出すが、それも仕方ない。

 俺たち四人はここ数日、義理の父(オヤジさん)工場(こうば)に「缶詰」になって、身をひそめていた。


(工作機械や・お手製の道具が並ぶ、油のシミと匂いに満たされた室内。整理整頓はされていたが、どこか雑然とした雰囲気が漂う。しかし・かえって、何か落ち着く空間だった)。


 その間、俺は電話に取り付いていた。

 大学時代の友人で、今ではジャーナリストの「はしくれ」ぐらいにはなっている男がいた。俺は奴の所在を探し出そうと、あちこちに電話をかけまくっていた。


(今では、すべての競技がマイナーになってしまったスポーツ界だが…彼は、とある種目の「追っかけ」型フリー・ライターをやっている。分野は違ったが、何かツテくらいはあるだろう)。


 さらにオヤジさんの方には、俺たち…俺と神作が、「毒物混入事件」の目撃者としてインタビューを受けた時のTV関係者に、直接あたってもらっている。


(「インターネット」という手もあったが…(フェイク)情報があふれているネット界では、信憑(しんぴょう)性に欠けるし・即座に規制や制限が入るおそれもある)。


「あ、もしもし。あの~そちらに…」


 おとなしく・目立たなく出頭したのでは、『もみ消される』可能性がある。いきなり「大事件」にしなくてはならない。


(保身のための、当然の自衛手段だ)。


『いよいよ本番だぜ!』


 そして…その数日後。俺は、まだ痛みの残る胸いっぱいに、ゆっくりと息を吸い・ゆっくりと吐き出した。


「もうすぐよ!」


 腹のすわった声で、リカが言う。


「全部ブチまけちまおうぜ!」


「相棒」改め・リカの「相方」になった神作は、彼女がついていれば、プレッシャーも感じないようだ。


「みんな落ち着けよ」


 俺は、努めて平静を装っていたが…内心はドキドキだった。


『?』


 そんな俺の心の内に気づいたのか、ユカが手を握ってくれる。


『タバコ吸いて~』


 あれ以来、禁煙状態だったが…禁断症状ではない。俺は、極度の緊張の中にあった。でも・それは、「恐怖」や「怒り」の感情ではなかった。


「フ~!」


 俺はこれでも、けっこう「テレ屋」なのだ。


「生放送じゃなきゃ、意味ないわ」


 それがリカの主張で、それでこうなったワケなのだが…俺たちは『街の発明家』として、テレビ・カメラの前に立つことになった。

 地元コミュニティーのケーブル・テレビジョンの、夕方の時間帯に生放送されているニュース番組だ。


『金なんていらね~から、帰らせてくれよ!』


(これが、面倒くさい仕事や・やりたくない作業をさせられている時の、俺のいつもの口グセだ)。


 急激に減少した花粉の特集の後、『世界のトピックス』として「核廃棄物の焼却、実現まぢか」というニュースが流れる。


(あの大災厄で、『前人類時代』の多くの・優秀な頭脳が失われてしまったが…大洪水を境に、人類史は前期と後期に分けて語られている…欧州の地下で生き残った「素粒子高速加速器」を使った実験が行われていた。現在考えうる最高の、科学者の知識を結集し・技術者の力を集結した試みの末、いよいよ「核廃棄物の焼却処理」実現の目処(メド)が立ったと言う)。


 続いて…俺とユカに義理の父、それに神作とリカが、生で画面に映し出される。


『しゃ~ね~な』


 みずから望んだ事ではないが…ここまで来たら、御託(ゴタク)を並べても始まらない。


『覚悟を決めるしかなさそうだ』


 俺は、腹をくくる。


『べつに、命まで取られるわけじゃないさ』


 まずはオヤジさんが、「パワー補助装置」の構造について解説し…次に俺が、「形状保持ゴム」の原理について説明する。

 それらの合い間に、神作とユカが、その実例を…もちろん空気銃は出さなかったが…披露した。


「これらの道具があって、実際どんなことに役立ちましたか?」


 最後に…まだ、じゅうぶん時間は残っていたが…女性アナウンサーの持つマイクが、リカにむけられる。


「先日発生した、かなりの規模の漏水事故、おぼえていらっしゃいますか?」


 そこでリカは、当初の予定になかった話題を切り出す。


「はい?」


 女子アナは、キョトンとした表情に変わる。


『フン!』


 プロデューサーやディレクター・クラスには、裏で大方のハナシはついていたが…秘密保持のため、末端までは情報が伝わっていないのだろう。


(油断は禁物だ。『太平洋戦争』の緒戦「真珠湾攻撃」は、参加将兵ですら、直前まで攻略目標を知らされていなかったと云う。一方で…最初のつまずき・大敗を喫した「ミッドウェー海戦」は、出撃前から、花街の芸妓(エス)にまで知れ渡っていたと伝わる)。


 だがかえって、臨場感たっぷりだ。そしてリカは…


「あれは事故(アクシデント)ではなくて…わたしたちが起こした事件(インシデント)です!」


 新世界はじまって以来の、史上最悪の陰謀・前代未聞の謀略(たくらみ)について、暴露した。


「ご覧ください!」


 神作が手に持つモニターから、一部始終の映像を流しつつ…


「あいつは今、あそこの水槽の中で罪を(つぐな)っています」


 リカは最後を、そう締めくくった。


『フウ~! やっと終わったぜ』


 この日に合わせ、警察や大手放送局に証拠の映像を(匿名でなく実名・連名で)送り付けてあったし…例の元学友に頼んで、事の詳細を綴った顛末記も記事にしてあった。でも…


『カメラのむこう側で、いま何が起こっているのか?』


 俺は少々不安だった。


『でももう、大丈夫だろう』


 なぜなら人類は皆、「善良なブタども」ではなくなっているのだから。


     ※     ※


「禁断の果実はウマかったぜ!」


「で、どうだった?」


 俺のそんな質問に答えた神作は、開口一番、そんな文句を吐くが…


「な~に言ってんだよ。オマエが食ったのは『狂った果実』だぜ!」


 俺は相方のセリフにツッコミを入れる。


「なに? ずいぶんなこと言ってくれるじゃねーかよ」


 でも・たぶん『アダムとイブ』だって、いつまでも子供のままで「恥じらい」の心を持たなかったら、きっと「セックスしよう」なんて気にはならなかったはずだ。


「ところでオマエ、リカとヤッてないだろうな?」


 ヤツは、俺が一番触れられたくないところを突いてきた。


『しまった!』


 からかうつもりで、余計な質問をしたせいだ。


「そ・そんなこと、あるわけないだろ。サッサと買物に行ってこいよ。俺はケガしてんだよ!」


 俺は心中を読み取られないように、ワザと面倒臭そうに・ブッキラぼうに、現場から戻ってきたばかりの神作に告げる。


『ヤベー・ヤベー。墓穴を掘ったぜ』


 相方の後ろ姿を見送った俺は、ここ数日…怪我で療養中ということで、事務所で待機だ。

 そんなヒマな時間を利用して俺は、次の計画…「金持ちになる作戦」を練っていた。

 なにしろ…これから世界は、「超」が付くくらいの・「右肩上がり」の成長期に入ることは、間違いない。それに…


「世のため・人のためになる物を作って、世の中に送り出せば、富や名声は、おのずと後からついてくる」


 それが、現在の俺の自論&持論だ。


(「人間なんて、みんな◯◯」と、自説や持説を展開する奴は多いが…「◯◯」に当てはまるものは・たいてい、「盗人(ぬすっと)」「ウソつき」「見栄っぱり」、「色魔(しきま)」に「強欲」、「なまけ者」や「自己中心」などなど…だいたいが、語ったソイツの本性を表わしているものだ。もしかしたら、生まれついての「善人」や「賢者」もいるかもしれない。もちろん、その逆だってあるだろう。しかし、「人間は理性の生きもの」。『自分の美意識をはぐくめば、価値観はどうにだって変えることができる』と、今の俺は・そうかたく信じている)。


 きっと、利益ばかりを追及している「金の亡者」では、いっとき儲かる事はあっても、たしかな成功はおぼつかない。


(以前、地下都市に甚大な被害をおよぼした地震があった。流通機構がマヒし、生活必需品にも事欠いた。その時、人の弱味につけこんで、「ここぞ」とばかりに高値で暴利をむさぼった小売店があった。しかし復旧後、数年もたたずに店をたたんだ。そんな実例を知っている)。


 要は、社会に利益還元。


(末長く商売を繁盛させるためには、『(あきな)いの達人』などの先人もおっしゃる通り、社会的信用が大切だ)。


 ラッキーなことに、必要な時間や資金がタップリできたのは…


「災い転じて何とやら」


 あの後…あの暴露放送の後、俺たちはそれぞれ・個別に取り調べを受けた。

「凶器準備集合罪」など、理由をつける気になれば、いくらでもできただろう。唯一さいわいだったのは、俺たちは誰ひとり・(あや)めていないことだった。


『最悪の事態だけは、避けられるかも?』


 俺はそんな予測を立てていたが、ある程度の懲罰を受ける覚悟はできていた。

 しかし・そこで、悪徳「政治屋」の陰謀や謀略などの悪事に関する、あらたな有力証言があったようだ。


(「政治屋」とは、政治家としての使命や責任を失い、私利・私欲に走る連中のことだ)。


『きっと、あの四人だ』


 あの時・奴が氷漬けになった研究室で対峙した、武装した四人の男たち。


『たぶん…』


 あの身のこなしからすると…おそらくアイツらは、警察機構や自衛軍など、公式な機関の関係者だったのだろう。


(そうでなくとも当然、俺たちがリークした・自分たちが出演している映像を、見たはずだ)。


 軍事組織など、一歩間違えば「人殺し」の集団になりかねないが…中には高い(こころざし)(国防や国益、国民の安全や権利・財産を守るという義務感だ)を持った崇高な人間だって、大勢いるはずだ。

 それにえてして、純真で高潔な人間の方が、かえってダマされやすかったりもする。


(ましてや、旧『帝国軍』の「服従の精神」ほどではないだろうが、軍隊は「トップ・ダウン」が鉄則。「命令厳守」ゆえ逆に…中間管理職クラスの・屈折した[?]信念や野望による暴走で、本人の意思とは無関係に…『事変』や『事件』に加担してしまう案件も、発生する訳だ)。


『助かったぜ!』


 とりあえず俺たちは、無罪放免ということになった。


(しかし…当の本人が生きているならともかく、あのくらいの男だから、敵も多かったことだろう。ライバル政党ばかりでなく・身内の中にも反旗をひるがえす政治家が後を断たず、政界だけでなく、経・財界をも巻き込んでの大騒動になっていた)。


『ツイてたぜ!』


 オマケにスポンサーまで現われて…俺はまず、「実用新案」や「意匠登録」「特許権」の申請中だ。


(営業の方は・人の心をつかむ才のあるリカにまかせ、義理の父(オヤジさん)も巻き込んで起業するつもりだが…リカは、政治家を目指した方が良いのではないだろうか? 「政治はね~」と、今は言うが…神作なら、「付き人」兼「用心棒(ゴリラ)」にもピッタリだと思うのだが…)。


 さらに…


『しっかし、不思議なモンだぜ』


 俺は一文(いちもん)も払ってないのに…


(もっとも、これから「それなりの手間と金」はかかるだろうが…)。


 生涯でもっとも大切なものが、タダで手に入ることになった。


(ところがサルは、「自分たちがした行為の結果として、こうなった」ということを、自覚してないと言うが…)。


「やっと孫の顔が拝めるわけだ」


 そんなところに訪ねてきたオヤジさんは、満足そうだ。


『フン!』


 俺たち…俺とユカ、そして神作とリカに、子供ができた。

 彼女たち二人は今日、そろって産婦人科に行ってきたところだ。


「予定日が同じか。二組とも、同じ日に・同じ行動をとったワケか」


 義理の父は、ニヤケ顔をする。


『このエロおやじ』


 たしかに、たぶん俺たち…俺とユカの場合は、間違いなく「あの日」の子供だ。


『でも…』


 でも俺は、ちょっと不安だった。「出産予定日」というものは、その前後の生理日から計算されるわけだ。一日や二日のズレくらい、わかりっこない。

 俺は「廃墟の上での情事」が引っ掛かっていたが…


「大丈夫よ。あなたの子供じゃないわ」


 そんな俺の心を読んだのか? リカは後ろから俺に、そっと耳打ちしてくる。


「どうしてわかるんだい?」


 ビックリして振りむく俺に…


「あの時、あのホテルでの嵐の晩。たしかに着床(ちゃくしょう)したって実感があったもの」


 なるほど!


『野性のカンってやつか』


 俺はナゼだか妙に納得し、動かすと痛む胸をなで下ろす。それにしても…


()き物が落ちたみたいだな』


 あれ以来リカは、悪く言えばナレナレしいが・良く言えば打ちとけた雰囲気の女になり、まるで家族(ファミリー)のように、俺たちの一員になった。


(子役の頃は激烈なオーラを放っていた女優が、気がつけば、いつの間にか…上品だが・平凡な家庭の主婦役をやっていることがある。そういう事例を見ると『守護霊ってのは、ホントにいるのかな?』と思ってしまう。「人は簡単には変わらない」と言うが、『守護霊が交代したとしか思えない』というほどの、劇的な変化を見せる人間も、中にはいる)。


 そんなリカの姿を見ていると…


『一番大切なのは「出会い」だ』


 そんな事を実感する。


(たとえば、どんな分野…実業でも・学問でも・芸能でも・スポーツでも…その道で「功なり・名をとげた人物」には…良き相棒・良き師匠・良き伴侶・良きライバル…かならずひとつは、「良い出会い」のエピソードがあるものだ)。


『やっとわかったよ』


 きっと自分が・それにふさわしい人間でなければ、出会いの機会があっても、みな素通りしていくだけだろう。


『それをつかめるかどうかは、自分しだいなのさ!』


 俺はそう思い、そこで麦茶を一杯、口に含むと…


「べつに、アナタの子供でもかまわないんだけどね」


 去りぎわに、ポツリとひと言。


「ブッ!」


 俺は思わず、麦茶を吹き出す。


「冗談よ」


 リカはそう言って、買物から帰った神作の元へ歩み寄る。


「トオルさん」


 リカは甘えた声を出し、ソファに座った相方の肩に、後ろから両手をはわす。


『な~にが「とおるさん」だよ』


「神作透」がコイツのフル・ネームだ。


『俺に似てたら、どうすんだよ』


 ま、そんな心配は無いだろう。


『こういった事に関する「オンナの勘」は、絶対に当たる』


 俺には…理由は無いが…確信めいたものがあった。


『あいかわらず、罪作りな女だぜ。「罪作り」の女なんだから、仕方ないか。神作のカミさんだもんな。でも…』


 俺は、あの時は夢中で気がつかなかったけど、後でよくよく考えてみたら『この女さえ俺に近づいてこなかったら、こんな目に遭わされることも無かった』わけだ。

 それに俺たちが手を下さなくとも、奴らの計画の大部分は自然消滅していただろう。


(これでリカは、遠慮なく植物を飾れるだろうが、一方おれは…「煙りを吸うなんて、野蛮だよな」。子供も生まれてくることだし…これを機に、きっぱり禁煙した)。


『いや、もしかしたら人類は、本当に絶滅していたかもしれない。それに…』


 そんな物思いにふけっていると…


木田(きだ)さん夫婦も、こっちに来て!」


 リカの呼ぶ声がする。


『木田?…たしかに「木田現」は、この俺だ』


 ユカが、俺にグラスを手渡してくれる。


『それに、誰もが経験できるわけじゃない非日常を体験できて、そしてこうして生きているんだから…まあいいか』


「オトコが作って、オンナが生むんだ。神の作った子供なんだぜ。大切にしろよ!」


 あれ以来、得意満面な神作は、そう言ってグラスを手に取る。


「妊婦さんが二人もいるんじゃ仕方ないけど、なんで俺までノンアルなんだよ?」


 俺は不平を口にするが…


「アナタはケガしてるんでしょ」


 ユカがたしなめてくる。


「さあ・みんな、グラスを持って」


 神作の奴は、調子に乗って音頭を取るが…


「イクときゃ、いっしょだぜ!」


 それを聞いて、俺はちょっとアセッた。


『なんだい、そりゃ?』


 リカが俺の方を見て、ウインクする。


「なめたこと、言ってんじゃねーよ! ついこの前まで、チェリーだったくせに」


 顔を赤らめたユカが、俺の右脇腹をヒジでコヅく。


「イッテ~!」


 グラスを落とさないようにして、かがんだ俺にユカは…


「あっ! 忘れてた。ごめんなさい!」


 あわてて、()びを入れてくるが…


「まっ、いいか!」


 そうつぶやいた後で、浮かんだ思いは…


『みんな! 最後まで付き合うぜ!』


 新しい時代の・新しい命が、誕生するんだ。


「カンパ~イ!」


 俺たちは祝杯をあげる。


 とりあえず今回は、これで「ジ・エンド」だ!



[了]


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