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『アングラ(暗✕2)』  作者: 髙山志行
1/8

0・Prologue 

“adult oriented light・novel”


 近未来の「大洪水時代」を生き延びたのちの人類の、ささやかな抗争の物語。

0・Prologue



 非日常というものは、案外ごく平凡な日常から始まるものだ。


「まったく、住みにくい世の中だぜ!」


 昼の三時の休憩のため、エアコンの効いた休憩所に戻った俺は、集塵しゅうじんフィルターの付いたゴッツイ保護帽ヘルメットを脱ぐ。


「ふー!」


 ため息をついて、一人掛け・折り畳み式のパイプ椅子を広げて、ドッカリと座り込む。もう汗だくだ。


「チェッ!」


 黄色っぽい汗が、したたり落ちる。ブ厚いフィルターが付いているとはいえ、ミクロン単位の粒子は否応なしに入り込む。


「ゴホ・ゴホッ…」


 深呼吸しようとしたのだが…思わず咳こむ。


「チッ!」


 灰白色のコンクリート壁でかこまれた、ホコリまみれの四角い小部屋。俺は舌打ちしながら左に首をひねって、殺風景な室内の唯一のアクセントになっている、正面奥の小窓に視線をむける。外に目をやると…黄砂こうさが舞うように、不透明な景色が広がっている。今日はいつもより、一段と量が多いようだ。暖かくなり始めた今ごろが、一年で一番ひどい時期だ。


「プハ~!」


 右手の鉄扉てっぴの・右脇の流し(シンク)には、こちらに背をむけた男が一人。水道の蛇口から・タップリと水をほとばしらせ、ザブザブと・しつこいくらいに顔を洗っている。


「ジャバッ! ジャバッ! ジャバッ…」


 そろいの紫がかった灰色の作業服ツナギ。その上半身の部分だけを脱いで腰に巻いた、黒い無地のTシャツ姿。生地にしみ込んだ汗が、まだらに黒い濃淡を描いている。


(違いと言えば、足下あしもと作業靴ワーキング・シューズ。むこうは軍払い下げの、漆黒の皮製戦闘靴(コンバット・ブーツ)。こちらはベロクロ・タイプの、所どころにメッシュ繊維の配された、淡いこん色の合成皮革の半長靴はんちょうか。どちらも靴の先端に、爪先保護のための補強材が仕込まれている。あっちには鉄板が、こっちのは電気工事士が使う・感電防止のためプラスチック製のカップが入った安全靴。そのぶん軽量だ)。


「フイ~!」


 奴は、短髪がそのまま真っすぐ伸びたような剛毛をなでつける。この後は「お決まり」の、「目には点眼・鼻にはスプレー」のはずだ。


「今日はサッサと切り上げて、ひとっ風呂ぷろ浴びてから出かけるとするか」


 ソイツは、横に広く・実際よりデカく見えるガタイを引きずるように戻りながら、そう話しかけてくる。実測の身長は、こっちのほうが若干高いのだが…見た目の印象は、むこうが上だ。


(現在の平均身長からすると、俺たちは高い方の部類に属するが…「大物を育てるには、天井の高い家がいい」そうだ。だが、こんな生活環境下では、そんな「いわれ」にかなうような「大物」も生まれないだろ)。


 ただし…


「バカの大足・コケの小足」


 俺に言わせれば「特異体形」のコイツは、背丈にくらべ、足のサイズが異様に小さい。


(たとえば仔犬は、足の大きさで成長後の体格を推測したりするが…何ごとにも、例外はあるものだ)。


 それで、「お前は女物の靴が履けていいよな」と、事あるごとにからかってやるのだが…


「ああ」


 俺は生返事を返す。


(現場仕事である俺たちの仕事は、休みも勤務時間も不定期だ。仕事の発注先が休みの日…だいたい土・日や祝祭日、大型連休中だ…が、俺たちの仕事のメインとなる。それで俺たちは、仕事の予定が無い日が休みとなるわけだ。今回の現場も、ピッチを上げて一日早く仕上げ、明日は休みを取ることにしたのだ。今夜は仕事の後、一杯()ることになっていた)。


「彼女も来るんだろ?」


 奴は俺の正面で、パイプ・イスを広げながら()いてくる。


「ああ」


 俺はボンヤリと窓外の光景を眺めながら、面倒くさそうにうなずく。


「お前はおさかんだからな」


 相棒はそう言って、ニヤリと笑う。


「誕生日なんだよ」


 俺はブッきらぼうに返す。


「誰の?」


 相棒はゴシゴシと、タオルですり落とすように顔をぬぐっていた手を止める。


「決まってんだろ!」


 俺がそこまで言うと、ハッと我に返ったような表情を見せ…


「それを早く言えよ。何も用意してねーよ」


 急にあわて始める。


「お前にゃ関係ないさ」


 俺は自分で話題を提供しておきながら、無愛想な受け答えをする。


「そんなこたーねーだろ!」


 相棒がガナリ立て始めたところで俺は、窓の外にむけていた視線をはずし…


「今日はなんの日か、知ってるか?」


 まん前でまくし立てる相棒に、顔をむける。


「ん?」


 奴は眉間にシワをよせ、しばし考え込むが…


「三月三日…そうだ、『ひな祭り』だ。そっか、毎年恒例の『ヒナあられ』を持ってきゃいいか」


 休みが不定期だと、日付や曜日の感覚が麻痺してしまうものだ。


「そういうこと!」


 俺はパイプ・イスの上で伸びをする。


「じゃ、トットと片付けちまうか」


 奴は俺と違って、短気ではないが気が短い。


「まずは一服さ」


 そう言って俺は、左の胸ポケットから紙巻きタバコを一本、取り出す。


「どこでそんなモン、手に入れたんだよ! 見つかるとヤバいぜ。濾過フィルター室行って吸ってこいよ」


 相棒は怒声を上げる。


「だいじょうぶだって。こんな所に、誰もきやしね~よ」


 俺のほうがアセッてしまう。コイツにヒソヒソ話は通用しない。本人は声をひそめているつもりなのだろうが、生来の声のデカさが災いして、すべては筒抜けだ。それで、いらぬ厄介事トラブルに巻き込まれることも・たびたびなのだが…当の本人は、何が原因なのか・サッパリわかっていない。


(一例をげると…ヤツの上の前歯4本は、義歯だ。「いきなり殴られた」と言うのだが…よくよく聞けば、暴言を吐いたのが、相手に丸聞こえだったようだ)。


「だいたいタバコでも吸って、肺にヤニの膜、張っといたほうがいいんだよ、今の時代」


 俺はそう言いながら、工具箱から取り出したトーチで、タバコの先端に火を着ける。


「まったくお前は…だから原始人なんて言われちまうんだよ」


「今の時代」、煙草は禁制品だった。「嫌煙運動が進んだから」とか、「皆が肺ガンを恐れて」なんて理由ワケではなかった。「屋内の空気が汚れる」というのが、一番の理由だった。


『嫌煙運動なんてクソ食らえ!』


「外にむいては国粋主義的・内にあっては無政府主義者」な俺にとっては、どうでもいいことだ。


「まったく、住みにくい世の中だぜ!」


 俺は、濃霧がかかったように・外界の景色のまったく見えない窓にむかって、深く吸い込んだ煙りを吐き出した。



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