第5話 邂逅
大変大変お待たせいたしましたorz
「お、前」
眼前に佇む小さな少女。その口から告げられた、出てくるはずの無い名前。
想定外の死角から刃で貫かれたような不快感が、クルードの腹の奥底からこみ上げる。あらゆる感情の奔流は濁り絡まり、道を通って口の外へ吐き出された。
そして。
「お前は、誰だ」
黒く冷え切った声色が、喉を押し広げ溢れ出す。言葉と共に、クルードの意識が急激に研ぎ澄まされていく。
隣に立っていたイリスは、その変化に静かに戦慄する。
ドス黒い圧力を身に纏い、クルードは獲物を喰い殺す獣の眼をしていた。
それは紛れもなく、明確な殺意であった。
「キャハハッ! 凄い殺意だね! 今にも私、殺されちゃうかも!」
そんな状況の中で、少女はただ一人笑顔を浮かべる。
喜色を滲ませ、楽しそうに表情をコロコロと変える少女の姿。
それが、少女の異常性を物語っていた。
「貴女は、何者? どうしてガレッソ先生の名前を……? 私のことを語っていたって、どういうこと?」
イリスは恐る恐る口を開き、謎の少女へと疑問をぶつける。
「どういうことも何も、アナタはあの夜ガレッソ様に出会っているはずでしょう? ね、イリスちゃん♪」
少女は満面の笑みを浮かべ、可愛い子ぶった仕草で首を傾げた。
その口から放たれた言葉の内容に、イリスは僅かに試行を巡らせる。
そして、全てを察した。
『強くなれよ。俺はいつだって、お前を見守っている』
あの夜、ナナシを目の前で殺した正体不明の怪物。
奴が、クルードがたびたび口にする教師――ガレッソであるということを。
「…………なるほど、わかったわ」
瞬間、イリスもまた意識を研ぎ澄ます。
「貴女は、私たちの敵。そういうことでしょ?」
明確な敵対宣言と共に、イリスは臨戦態勢を取る。そしてクルードとイリス、二人の騎士が剣柄に手を伸ばす。
しかし。
「ちょっとちょっと」
その動作を、少女はおどけた様子で指摘する。
「止めといた方がいいよ。ほら、他のお客さんも見てるしさ」
「それが今ここで、お前を見逃す理由になるとでも?」
既に多くの人間の視線がこちらに集まっている。
例え少女の言う通り、客の目を気にするならばここでやめるべきなのだろう。
だが、それ以上に大事なことがある。
この少女を見逃してしまえば、ガレッソの足取りも、奴らの正体も掴めないまま終わる。
それだけは絶対に許されない。
ここで刃傷沙汰になり、後から罰を喰らう事になったとしても。
「覚悟なら、してる」
絶対に逃がさない。
その決意が、クルードの全身に満ち溢れる。
「ん~、やっぱりそうなるかぁ」
少女はそんなクルードの姿に対し、少し困った表情を浮かべながら頬に手を添える。
コクリと首を傾げ、唇をへの字に曲げるその姿はまさに年相応の少女であった。
「でも、やっぱり止めといた方がいいと思うな~」
そして、少女は改めて制止を口にする。
「だってキミたちじゃ――彼には勝てないし☆」
あどけない、純粋無垢に言葉を紡ぐ少女。そんな少女の口から告げられた言葉に、僅かに思考が停止する。
それは一体、どういう意味だ。
クルードの脳裏に、疑問が浮かび上がる。
「おい」
その瞬間、背筋が震える。つま先から脳髄にかけて、正体不明の悪寒が奔る。
皮膚が泡立つ感覚を全身に感じながら、クルードは思わず動きを止める。
背後に、何かいる。
「勝手に動くな、アル」
「ごめんごめんっ! ちょっと面白いモノを見かけちゃって」
「……面白いモノってのは、コレか?」
若い青年の声が、背中越しに響く。
冷たく、感情を感じさせない言葉が鼓膜を静かに震わせる。
「うん! ジルも気になってたでしょう?」
少女はまるで恋する乙女のように、頬を紅潮させながら笑みを浮かべる。
アル。そう青年から呼ばれた少女は、煽るような目つきでクルードの背後に視線を向けた。
「自分と同じ、戦士候補者に選ばれた人がどんな奴かって」
その言葉に、クルードは反射的に振り返る。先程まで身体が硬直していた事実を忘れ、思わずその言葉に反応してしまった。
そして、戦慄する。
目元を覆う程に伸びきった黒髪に、生気を失った白い肌。ただ呆然とその場に立ち尽くす姿に、一切の覇気は感じられない。
まるでこの世に生きる者ではないかのような、怨霊じみた様子に思わず息を呑む。
しかし、クルードが驚いたのはそこではない。
青年の全身から僅かに薫る、死臭。
髪の隙間から覗く瞳からは、何の感情も読み取ることは出来なかった。
「そうか」
ジルと呼ばれた青年は、そう短く言葉を発しながら一歩足を踏み出した。
クルードと青年の目線は、ほぼ同じ。蒼い瞳と、紅い瞳が交錯する。
「お前が」
「……ッ」
クルードは再び息を呑む。
底が、見えない。瞳の奥の感情もそうだが、それだけではない。
覇気の無い表情と、一切の戦意を感じさせない風格。ただそこに存在するだけの、意思無き人形のような立ち姿。
だが、クルードには何故だかわかる。この男には、底知れない何かがあるという事を。
横目に、イリスの方へ視線を逸らす。イリスもまた、突然の来訪者に警戒の表情を浮かべていた。
「あ!」
そんな、張り詰めた空気の中。
「うそ!」
「え、あの人ってさ」
声が、ぽつりぽつりと湧き上がる。
「ちょっと待って、あの女の子!」
「ホントだ! じゃあ間違いないよ」
それは少し遠くからクルード達の様子を確認していた、何も知らない一般市民たち。
静寂を打ち破り、彼らは少しずつ感情を高ぶらせていく。
その様子にクルードとイリスは訳も分からず辺りを見渡した。
最初は、クルードの正体がバレたのかと思っていた。七雄騎将でありながら、騒ぎを起こすクルードに対する糾弾が始まったのかと。
しかし、どうも様子がおかしい。
明らかに色めき立つ観衆たちの表情は、一面喜色に滲んでいたのだから。
そして二人は気付く。彼らの視線が、自分達とは別に向いているという事に。
「シュバルツ王立劇団の、天才兄妹だ!」
その言葉をきっかけに、辺りは騒然と化す。
「凄い! 本物だ!」
「キャーッ、ジルフロイドくーんっ!」
「アルメリアさんだ! あの、僕ファンなんです!」
それまでの静寂とは打って変わり、歓声と称賛の声が響き渡る。そんな人々の姿に、少女は満面の笑みを浮かべ、青年は面倒臭そうに視線を逸らした。
そして。
「あーあ。もっと焦らしてから正体を明かすつもりだったのに」
少女は少し退屈そうな声を漏らし、静かに告げるのだった。
「改めて、私の名前はアルメリア。そっちの彼はジルフロイド。私たちのことは気軽に、アルとジルって呼んでねっ♪」
アルメリア。
ジルフロイド。
クルード。
そしてイリス。
邂逅は遂に果たされた。
運命は、静かに廻り出す。




