第4話 仲直り
「あーん、もうもどかしいっ」
大理石の柱にしがみつき、ちらっと顔をのぞかせる桃色頭の少女――カミュはたった今、もどかしい二人を絶賛尾行中であった。
「ちょっと私、やらしい雰囲気にしてきま」
「いけません」
ガシッと首根っこを掴まれ宙ぶらりんの猫のような格好になるカミュ。
ホーネスはそんな様子の彼女に対し、ハァとため息をこぼす。
「私たちができるのはお膳立てまでです。あとは二人の問題。私たちが介入しても彼らの為にはなりませんよ」
「それはそうですけどぉ」
「……まず第一に」
優しくカミュを地に下ろし、ホーネスはゆっくり口を開く。
「従者たるもの、主君に対する過度な干渉はいけません。カミュ殿も、イリス殿のことを第一に思うならばまずは見守ることを覚えなければ」
悦に浸り、自らの理想の従者像を口にするホーネス。
そんなホーネスに対し、カミュはしばらくウンウンと頷き、そして。
「私、イリスさんの従者じゃないです!」
そう、端的に言葉を返した。
「私はイリスさんの一番の友達として、ただ自分に出来ることをしただけですっ」
「い、いや。私が言いたいのはそういうことではなく……」
「そもそもっ」
まさか言い返されると思わなかったのか、たじろぎながらホーネスは言葉を紡ぐ。
しかし、カミュの反撃はまだ終わらない。
「ホーネス先輩も、クルード先輩のことが友達として心配だから動いたのでしょう?」
その言葉に、ホーネスが僅かに息を呑む。
そして。
「違います」
毅然と、カミュの言葉を真っ向から否定する。
「あの方のために働くことが、私の至上の喜び。クルード様の僕として、従者として傍にいることが私の使命です」
「そんなのっ! クルード先輩は、貴方のことを心の底から友達として信頼していますよ!」
「クルード様が私のことを友と呼んでくださることは喜ばしい。ですが、私はそんな信頼に報いることができるような人間ではありません」
「ホーネス先輩っ!」
「静かに」
その言葉に、カミュは慌てて我に返る。
ざわざわと騒ぎ出す周囲の人々を見回し、カミュはようやく自らの失態を悟った。
辺りの視線は皆一様にカミュとホーネスに向けられ、ヒソヒソと話し声が静かに響き渡る。
「ご、ごめんなさ」
顔を隠し、喉から振り絞る声で謝罪の言葉をカミュが口にしようとした、その時だった。
ファサッ、と。
上半身にかけられる、温かい何か。
それが制服の上着であると気付いたのは、暫くしてのことであった。
「つかまってください」
優しく、強く手を握られ、カミュは視界不良の状態で歩いていく。
情けなさと、安堵感を覚えながら、少女は静かにその手を握り返す。
ホーネスの掌は、ゴツゴツと皮が隆起する騎士の手であった。
☨
「なんか、後ろが騒がしいな?」
どこか遠くの方から聞こえてくる小さな喧騒に、クルードは振り返りながら静かに呟いた。
先程よりもかなり遠くの方まで歩いてきた。
展示物を見て回るものの、どこか気まずさを感じてまた次へと向かってしまう。
二人の間は、未だ縮まることは無かった。
「どこかでカップルが喧嘩でもしているんでしょうか?」
「いや、こんな場所でか?」
「喧嘩なんて、ふとした瞬間に始まるものでしょ」
「フッ、確かにな」
「……何笑ってるんですか」
「べーつに?」
そして、二人は唐突に顔を見合わせ静かに笑いだす。
ふとした瞬間に始まる喧嘩など、まるで自分達のことを表しているようではないか。
いつまでたっても、あんな一つの発言を引きずってぎこちない関係を続ける。
そんな状況が、どこか馬鹿らしく感じ始める。
「…………その」
「…………あのさ」
イリスが、意を決して口を開いたその瞬間。
同時に、クルードも声を発した。
「えっ」
「おっ」
まさか話し出しが被ると思わず、再びぎこちない空気が流れ始める。
だが、一度始めようとしていたことをそう簡単に終わらせるわけにいかない。
イリスはもう一度、意を決して口を開く。
「先輩」
神妙な面持ちのイリスに、クルードはゆっくりと立ち止まる。
緩やかに動く周囲と、時間の中で。二人だけは、まるで別の時間軸に存在しているかのような錯覚を覚える。
心臓が、早鐘を打つ。
ただ一言、ごめんなさいと言うだけなのに。肝心の言葉が出てこない。
口を開けて、その場に固まるイリス。
「イリス」
だから。
そんな後輩の気持ちを察し、クルードは静かに言葉を放つ。
「ごめんな」
「……えっ?」
先に言われてしまった衝撃と、クルードから謝られると思っていなかった驚きにイリスは声を上げる。
「なんで、先輩が」
「いや。元はといえば、俺が変に調子に乗って煽ったのが原因だし」
「いや、そんなの。いつもの先輩の冗談で、それに本気で怒っちゃった私が悪いわけで」
「いやいや」
「いやいやいや」
譲らない二人。
どこまでも謝罪を受け入れない相手に、次第に、少しずつ苛立ちが募っていく。
「俺が悪いから、いいから素直に謝られとけよ……!」
「いいえ、私が責任を持って謝罪するので先輩は黙っててください……!」
互いに睨み合い、一歩も譲らぬ一進一退の攻防。
傍から見ていれば、いつ弾けてもおかしくない風船のような状況の中で――――
「…………ぷっ」
「…………くすっ」
二人は、我慢できないと言った様相で笑みを弾けさせる。
「だははははっ! 俺たちは何回喧嘩すりゃ気が済むんだよ!」
「あはっ! そもそも先輩が乗っかってくるから!」
「違いない!」
大声で笑い合う二人の少年少女に、周囲は何事かと目を奪われる。
眉をひそめる者、密談を交わす者、我関せずと視線を逸らす者。多くの者たちにとって、場の雰囲気にそぐわない二人の振る舞いは良しと思わないだろう。
しかし。
そのあまりの快活な笑い方に、思わず笑みを誘われる者も少なくは無かった。
「ふぅ」
やがて笑い疲れ、クルードは息をつく。
そして。
「じゃ、改めて。仲良くしてくれよ」
「……こちらこそ」
爽やかに手を差し伸べるクルードと、照れくさそうに手を伸ばすイリス。
二人は、静かに手を取り合う――――
「いんや~! いいものを見せてもらっちゃった!」
その直前。
突如として現れた第三者の存在に、二人はゾクリと背筋を震わせる。慌ててその場から飛び退き、クルードとイリスは即座に警戒態勢を取る。
全く、感知できなかった。
これだけ近くにいたというのに、声をかけられるまで存在を知覚することすら出来なかったのだ。
その、異常性。
意識は自然と、戦場へと切り替わる。
「キャハ☆ そんなに警戒しなくてもいいのに~」
現れたのは、イリスと同じくらいの身丈の少女であった。
クルードよりもやや黄色がかった金髪を短く揺らし、少女は満面の笑みを浮かべる。
「ほんっと、面白い人たち!」
少女は、クルードの方へと足を踏み出した。
そして。
「ガレッソ様の言ってた通りね」
そんな、爆弾発言を投下するのだった。




