第3話 ギクシャクWデート(再)
大理石で固められた四方の壁に囲まれ、人々は限られた空間の中を彷徨い続ける。
壁を見上げて感嘆の声を漏らし、度々隣の人と視線を合わせ、微笑みと共に言葉を交わす。
静寂と上品さを醸し出し、その空間は異質の空気感を漂わせていた。
「きれい……ですね?」
そんな一角にて。
「あ、あぁ」
ぎこちない距離感を保つ、男女のペアが一組。
クルードとイリス。
二人は視線を合わせることなく、どこか気まずさを露わにしながら並び立っていた。
「……つ、次はあっち行きましょうか?」
「……そ、そうだな」
固い。固すぎる。
初対面と錯覚してしまう程に、二人の会話のぎこちなさは止まることを知らない。
一体、どうしてこんなことになってしまったのか。クルードとイリスは、ほぼ同時に同じことを考えた。
ここは王都繫華街。
その中でも、一際天に近き場所。
王家の信頼を得た者だけが滞在を許される上級街――その地に最も近い、平民街の最上級の一角。
キャメロン"院立"資料館。
そんないわくつきの空間に、二人は足を踏み入れていた。
「…………ふぅ」
小さく、誰にも聞こえない声でイリスは息をつく。
もちろん、クルードにも気づかれないように。
「そりゃ、私から頼んだけどさぁ」
背中越しのクルードからは絶対に見られない位置で、イリスは両手で頬を抑える。
そんな彼女の顔は――――
「これは急すぎよ、カミュゥ……!」
真っ赤に熟れた果実のように、頬を紅潮させていた。
どうして二人がここに来ることになったのか。始まりは、数刻前に遡る。
☨ ☨ ☨
「私たちは、この未曽有の危機に団結しなければいけませんっ」
喫茶店の円卓を囲み、四人が昼食を食べ終わったころ。
カミュは唐突に立ち上がり、そう力強く宣言した。
「残り三日間でこの宿題の量! 普通にやってたら終わりません!」
「そんな自信満々に言うことじゃねえな」
カミュのやる前からのギブアップに対し、クルードは呆れた表情で口を開く。
「ですが、カミュ殿の発言も一理ありましょう」
そんな二人の会話に、ペラペラと紙をめくりながらホーネスが言葉を挟む。
「剣術論、騎士学、王国文化の研究などなど。これほどまで多岐にわたる内容を、一人でこなすとなると三日では到底終わりませんな……」
「恨むぞ兄貴ィ……」
この場にいない爽やか鬼畜兄に対し、クルードは心の底から怨嗟の声を漏らす。
到底不可能としか考えられない宿題の量に、終わらせる気があるのかと疑いたくなる。
だが、エレガスが意味の無いことをやらせないということは、実弟であるクルードはよく知っていた。
それはつまり、意図があるという事。
「ったく……それで? カミュがそこまで言うってことは、何か策でもあるんだろ?」
「よくぞ聞いてくれましたね!」
クルードの問いかけに対し、カミュはコホンと咳を一つ。
そして。
「名付けて、【Wデート大作戦】です!」
「……は?」
「……へ?」
「ほう?」
クルードとイリス、ホーネスはその言葉に各々の感情を込めて声を漏らす。
全くもって意味が分からない。
デートと宿題に一体何の関係性があるのかと、クルードは目を点にしつつ口を開いた。
「えーっと、カミュさん?」
「はいっ」
「……それは何だ?」
「ふっふっふ、思い出してくださいクルード先輩。私たちが初めてお出かけした時のことを」
「……あー、あったな」
四人で劇を見に行った日の光景が、クルードの脳裏をよぎる。
あの日は、その後のウィンリーとのいざこざの記憶が強烈に刻まれている。おかげで忘れていたが、そういえば確かにあの日もこうやって四人で過ごしていた。
だが、それに何の関係があるというのだろうか?
「あの日、私は思ったわけです。せっかく楽しかった一日が、最悪の記憶で終わってしまったと」
「……そう、だな」
「ならばっ! こんな時は逆転の発想ですよ!」
ビシッと、カミュはピースサインを突き出して笑顔を浮かべる。
「ピンチはチャンスって言うじゃないですか!」
「そ、それはそうだけど」
「最近はまともに絡めていなかったんですから、これを機にもう一度お出かけに行きましょうっ」
ね?
そう言って、カミュは何故かホーネスへと目くばせをする。二人が視線を合わせること数秒、突然ホーネスの脳内に電流が奔る。
ハッとした表情を浮かべ、続いて爽やかに微笑みながら口を開く。
「それは名案かと!」
「ホ、ホーネス?」
突然どうしたのか、クルードは驚いた様子で目を見開いた。
「では少し失礼して、男女それぞれで話し合いでもしましょうか!」
「それがいいです! それではホーネス先輩あとはお願いしますぅ!」
「お任せを! カミュ殿も後は頼みます」
互いにサムズアップした後、ホーネスは理解の追い付いていないクルードを引きずって喫茶店の角へ移動する。
そうして残された少女二人。
同じく目を白黒させていたイリスに対し、カミュは意気込んだ表情で口を開く。
「これはチャンスですよっ!」
「チャ、チャンス……?」
意味が分からない。
カミュの唐突な発言に、イリスは素直にそう思った。
「チャンスって、何の?」
「何って、仲直りに決まってるじゃないですか!」
瞬間、イリスは電に撃たれたかのように体を震わせる。
「あっ!?」
そうだ。
ここ最近のドタバタですっかり忘れてしまっていた。
『先輩なんて嫌い!』
まだ、あの発言について謝れていない。
「あれ以来、まともに二人きりで話せていないことくらい知ってますよっ」
「そ、それは……」
「いいんですか、このままで!」
「いや、そんなの……」
「それに、ベリエッタ様にも先程言われていたじゃないですか!」
ズイッと、カミュは人差し指をイリスに突きつける。
「クルード先輩と、どこまでいったのかって」
「なt、ちょ、あんっ……!?」
「変な意味でもそうじゃなくても、このままじゃ進展が無いままですよ!?」
ズイズイッと、さらに近づくカミュの顔にイリスはたじろぎ一歩二歩後退する。
しかし、そんな逃げ腰をカミュは決して許さない。
「さぁ、どうしますかっ」
カミュの問いかけに、イリスは思考をグルグルと回転させる。
このままでいいのか。進展がなく、このままの関係で。
いや、別に私と先輩はただの後輩と先輩の関係で、そんな下心とかも別になくて。
ただ、謝りたいって言うのは本当で。
「さぁ…………さぁっ!」
グルグルグルグル。廻り続ける考えの中で、イリスはただ一つの感情に辿り着く。
まだ答えは出ていない。それでも。
このままで、終わりたくない。
「ぉ、ねがいします…………」
そうして、か細く呟かれたイリスの声に。
カミュは大変満足げに頷くのだった。




