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鍍金だらけの不良英雄は、天才少女に煽られて騎士の頂点を目指す  作者: 裕福な貴族
不屈の騎士

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第32話 天使と悪魔

お詫びの品です。

「天秤……?」


 呆然と、ただ告げられた単語を反芻するだけのイリス。

 だが頭の中は新しい情報で埋め尽くされ、怒涛の疑問と答えが渦巻いていた。

 目の前のベリエッタが王立騎士団では無く実は七雄騎将?

 エルマーナが元王宮の医療部隊、それも筆頭?

 意味が、わからない。


「まぁかっこつけて言ったが、お前は存在すら知らねェだろうな」


 そんなイリスの思考に水を差すように、ベリエッタは淡々と言葉を紡ぐ。


「いいだろ、今はそれで。坊主と同じように、詳しい話は後でたっぷりと聞かせてやるよ」


 そう言って、ベリエッタは颯爽と踵を返す。そして静かに、甲冑を頭に被り直した。

 そして。


「待たせたなァ、クソガキ」


 覇気が、爆発する。

 溢れ出る闘気は嵐のように周囲に吹き荒れ、圧倒的な存在感が辺りに満ちていく。その重圧感、閉塞感は敵意を向けられていないイリスや王立騎士団の面々すら押し潰さんとしていた。


「随分と大人しく待ってたな。いい子だ。頭を撫でてやろうか?」

「…………いや、心の準備をしていただけさ」


 そんなベリエッタの言葉に、ナナシは声を振り絞る。


「キミを殺すために、俺も命をかける覚悟がね」


 ナナシはそう言って、手を振り上げた。

 その動作を行った直後、それまで硬直していた黒装束の集団が一斉にナナシの周りを囲いだす。

 まるで王を守らんとする、騎士の盾のように。


「いいねェ」


 その様子に、ベリエッタは笑みを浮かべながら肉食獣の如き瞳を薄く狭めていく。


「今度は、二年前みたいに逃げ回る訳じゃなさそうだ」



「エルマーナ先生、あれって……」

「大丈夫。それよりも、手伝ってちょうだい」


 ベリエッタとナナシが問答を繰り広げている隙に、エルマーナとイリスは静かにその場所から退避していた。

 イリスは深く眠ったままのクルードを背負いながら、静かに()()()()へ逃げ込んだ。


「邪魔」

「な、んだと……?」


 そこは、王立騎士団の面々が取り囲む空間の中央。

 剣呑な様子を隠すことなく、イリスは立ち尽くしていたウィンリーを押しのける。そんな姿にウィンリーは文句を言おうとし、直後にその言葉を呑み込んだ。

 この少女の才能は、自分ですら理解不能な異物。下手に口を挟めば、あの刃がこちらに向きかねない。そう己に言い聞かせ、ウィンリーは苛立ちをグッと堪えた。

 微かに震える指先に、気がつかないフリをしながら。


「お邪魔するわね。さ、デネット。横になりなさい」

「エ、エルマーナ様……。私のことは…………」

「いいから早くッ! 文句は生き残ってからにしなさいッ!」


 青白い表情でふらついた様子のデネットに一喝を入れ、エルマーナはそのままイリスへと指示を出す。


「デネットの横にクルードも並べて」

「は、はい」


 団員に介抱されながら横になるデネットの隣に、イリスは静かにクルードの身体を並べた。


「アンタらもボーっとしてないで手伝いなさいッ! デネットの止血布を優しく剥がすのよ!」

「は、はいぃ!」

「かしこまりましたッ!」


 エルマーナは続けて周りの団員にも喝を入れると、背中へと手を伸ばす。

 その時、イリスはようやく気が付いた。

 余りにも突然の出来事に困惑していたせいでよく見ていなかったが、エルマーナの背中に何やら謎の箱があるではないか。

 エルマーナは背負っていたその箱を地面に置き、勢いよく開く。

 そして。


「なっ」

「ほう、これは」


 その様子を見ていたイリスとウィンリーは、ほぼ同時に声を挙げた。


 その箱の中に入っていたのは何種類ものナイフや注射針、清潔な白布、そして謎の薬品が入った無数の瓶など。

 乱雑に、それでいて的確に並べられたそれをエルマーナは順番に必要な分だけ取り出していく。

 素人目に見ても、はっきりとわかる。

 いわばそれは、医療の結晶ともいえるモノであった。


「さて、それじゃ」


 手袋をはめながら、エルマーナは静かに呟く。


「始めるわよ」



 その手捌きは、人並外れていた。


「ナイフ」

「は、はい!」


 的確に人体に刃を入れ、肉を立ちつつ適切な部分だけを残していく。

 一歩間違えれば死に至る精密な作業を、エルマーナはただ淡々と表情を変えることなく行う。


「糸と針」

「こちらをどうぞ!」


 渡されたものを一瞥することなく、完璧に使いこなす。全ての医学知識が頭に入っているのだろうか。一度も迷うことなく、エルマーナの手は休まない。

 指も、瞳も、脳みそも。全てを全力で稼働させ、エルマーナはその神業をこなしていく。

 その様に、イリスだけではなく他の面々も魅入っていた。


「……白衣の天使」


 一人が、ボソッと呟いた。


「聞いたことがある。以前、王宮にはとんでもない腕を持つ医者がいたと」

「でもその人は、二年前に突然姿を消したって!」

「だが、あの栗色の髪の毛は間違いない!」


 そして一人、また一人と跪く。まるで神に祈るように。


「天使様だ……」

「あぁ、奇跡よ……」

「行ける伝説にここで会えるとは、感謝いたします」


 気が付けばイリスとウィンリー以外はエルマーナに対し跪き、感謝の念を口にしていた。


「エルマーナ先生、あなたは……」


 もはや言葉にも出来ない。それ程に、イリスの胸中は感嘆で埋め尽くされていた。

 ただの保健医だと思っていたエルマーナが、まさかこんなにも偉大な存在だったとは思いもよらなかったのだ。

 その神業を見るだけで、少しずつ心が奪われる。魅入られていく。

 嗚呼、間違いない。

 彼女は――――


「天才だな。それも、僕たちとは別種の」

「……話しかけないで」

「つれないね。仮にも君が助けに来るまでは、僕が彼を守ってやったんだ。感謝の一つくらいは受ける権利があると思うが?」

「黙りなさい」


 ナナシの軽薄な言葉に対し、イリスは侮蔑と憤怒を滲ませながら口を開く。


「私はまだ、あなたを許していない。許されるなら今ここで、あなたに斬りかかりたいくらいに」

「それができないお人好しだと、先程の奴との問答でわかりきっているさ。できもしない脅しはやめたまえ」

「あなた……ッ!」

「だが」


 今にも剣を抜きそうな剣幕のイリス。

 そんな姿を横目に、ウィンリーは静かに言葉を紡いでいく。


「凡愚に負けた以上、僕に何かを言い返す権利も無い。せめて好きに罵倒するといいさ」

「…………それで改心したつもり?」

「改心? ハッ、笑わせないでくれよ。僕はあの言動の全てが間違っているなんて思っちゃいない。七雄騎将の座に相応しくない奴なら、死んで当然だと今でも思っている」

「……やはり、あなたは根っからのクズね」

「じゃあ逆に問うが、君は()()()()()が好きかい?」

「…………何の話?」


 ウィンリーの質問の意図が理解できず、イリスは困惑した表情で首を傾げる。

 

「努力したと口では語り、それが実を結ばなければ才能のせいにする。そして腐り果て、周囲に悪意を撒き散らす。僕はね……、そんな()()()()()()()()()()()()()を何よりも嫌悪する」

「つ……ッ!」

「君だってそうだろう? 周囲の人間から妬まれ、疎まれ、居場所を失う。環境にもよるが、出過ぎた才能を持つ者は似たような世界で生きてきたはずだ」

「それは、そうだけど……」


 それは先程のナナシとの問答でも、結論は出ている。


「でも、先輩は違うッ!」

 

 心の底から、自分が持ち得る感情全てを吐き出して、ぶつける。

 イリスは自らの信念をウィンリーへ伝えるべく口を開く――――


「そう。奴は違ったんだ」 

 

 その直前。

 あっさりと、ウィンリーはその事実を認めた。


「…………はい?」

「周りに当たるでもなく、腐るでもなく……いや腐ってはいたか。だが、最後の瀬戸際で踏みとどまり、努力と研鑽を積み重ねた」

「……そりゃ、そうよ。先輩だもの」

「そして奴はついに、僕の土壇場での急成長すらも追い越し、僕に勝利した。まったく…………」


 そう言って、ウィンリーは。


「どこまでも憎たらしい奴だよ。このクソ凡愚」

 

 そう言い放ったウィンリーの表情には、嫉妬と苛立ち、そして僅かな喜色が滲んでいた。


「あなた、それ…………」

「うん? 何だい?」


 その表情は一瞬で、すぐさま消えてなくなってしまった。でも確かに、その感情はウィンリーの中に現れたのだ。


「……人たらしめ」

「もう少し大きな声で話してくれたまえ。何も聞こえんのだが?」

「あんたに言ってない」

 

 イリスは小さくため息をつく。視線の先には、安らかに眠るクルードの寝顔。

 まったく。この先輩は、すぐに誰かを救うのだから。

 そう心の中で呟きながら、イリスは微かに笑う。


「でも、残念ね。騎士の頂で、先輩と戦うのはこの私よ。あなたが再戦を果たすことは無いわ」


 ふふんと鼻を鳴らし、勝ち誇った表情を浮かべるイリス。


「…………騎士の頂、ね」


 その言葉に、ウィンリーの表情が曇る。


「それは無理だろう」


 そして、残酷に言葉を吐いた。


「悲しいことに、現実は無情だ。どんなに足掻こうとも、最終的にはどれだけ才能を磨けるかにかかっている。才能を持たない人間は、階段を一つ上るだけでも人生の大半を捧げるだろう」

「……で、でもそれだって腐らなければ」

「現実はそう甘くない。前序列一位のヴィクトも凡人だったという話も奴らとの会話であったが、本当にそうかは疑わしい」


 ヴィクトの話が初耳のイリスはその事実に目を丸くしつつ、それでもと言葉を紡ぐ。


「じゃあもし真実だったら!?」

「それは素晴らしいことだ。努力すれば天才だって超えられる。実に耳触りのいい話だと思うよ」


 だが、とウィンリーは続ける。


「その先に待つのが破滅なら、それは喜劇では無く――――悲劇だ」

「……………………あ」


 その言葉にイリスは思い出す。料亭ラビットにて、自分は言われていたじゃないか。

 クルードがどういう経緯で、あの技を使用していたかはわからない。

 だが、もしもあの話が真実だとしたら。


『勝利を得るために、人生の全てを費やすという覚悟』


 それが事実として、クルードが受け入れてしまっていたとしたら。


「それにね」


 思考の波に呑まれるイリスの耳に、ウィンリーの声が響く。


「騎士の頂を目指すということは、()()を超えるということだ」


 その言葉にイリスは静かに顔を上げ、その方角へと視線を向けた。

 そして、戦慄する。


「彼女は七雄騎将でありながら、その素性をひた隠しにしている。国民でその正体を知っている者はほとんどいない」


 そこにいたのは、人では無い。


「それは何故か? 知られたら、バレてしまうからだよ」


 人を超えた、ナニカ。

 拳から鮮血を垂れ流しながら、ソレは悠然と佇んでいる。周囲に乱雑な肉塊をばらまきながら、ただ彼女はそこにいた。

 人外?

 化け物?

 怪物?

 そのどれもが正しく、どれもが彼女を言い表すには不十分だろう。

 もしも例えるならば――――


「序列四位に納まる器では無い、ってね」


 その様は、悪魔と呼ぶに相応しい

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