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第24話 悪夢の夜Ⅰ

 年に二回開催される、騎士の祭典が存在する。

 キャメロン王国の象徴である七雄騎将が、公式に刃を向け合うことが出来る英雄の為の祝宴。

 血で血を争い、覇を競い、優劣を生み出すだけの戦い。言わば、昇格戦である。

 象徴たる英雄の中で、さらに最も英雄に相応しい者を決めるための戦場。それは彼らに憧れる騎士にとって、記念すべき一日であった。


 ()()()()()

 それが、キャメロン王国だけに関わらず、大陸全土が注目する騎士の祭典。


 事件など、起こるはずが無かった。

 国民の誰もが、最高の一日であると信じて疑わなかった。

 事実、後に歴史に記された内容は英雄の輝かしい功績の数々。そこに影も曇りもなく、未曽有の反乱未遂事件は過ぎ去ったと、誰もが七雄騎将の名を称えることとなる。


 だが、誰も知らない。歴史に隠された、最大の陰謀。

 真相を知る者は――――コレを悪夢と呼ぶ。


 ☨  ☨  ☨


「いやー、いつも悪いね」

「悪いって分かってるんだったら、まずは行動を改めなさい、よッ!」

「痛っ!?」


 保健室に鳴り響く張り手の音と共に、エレガスの背中がジンジンと痛みだす。包帯が巻かれた上半身は極限まで鍛え抜かれ、彫刻のような肉体美が白布越しに透けて見えるようだ。

 それをあえて意識しないように、エルマーナは視線を逸らしぶっきらぼうに言葉を放つ。

 そんなエルマーナの様子に、エレガスは静かに苦笑する。


「ほんとに、いつも悪いとは思ってるよ。心配かけてごめん」

「別に。アンタがどっかで傷を作って、アタシが治すのは昔からやってることでしょ」

「それでもありがとう。エマには感謝してる」

「……フン」


 鼻を鳴らし、そっぽを向いたエルマーナの耳たぶは真っ赤に染まっていた。しかしその事実にあえて触れることなく、エレガスはゆっくりと立ち上がる。

 このまま長居したいけれど、そういう訳にはいかない。自分は英雄で、彼女は学院の保険医。誰かに見つかって、要らぬ噂が広まれば彼女に迷惑がかかる。

 後ろ髪引かれる思いを断ち切りながら、エレガスは静かに扉へと視線を向ける。隠れているつもりかもしれないが、気配で丸わかりだ。

 足音を消しながらゆっくり扉へ近づき、そのまま勢いよく音を立てて開け放つエレガス。


「こら。何やってるんだお前ら」

「あ、どーも。エレガス先輩」

「ンー! ンンーッ!」


 そこにいたのは、爽やかに挨拶をするラミエと、そんな彼女に組み伏せられ口を塞がれたバイツの姿であった。


「ラミエ。手を離してあげな」

「はーい」


 エレガスの言葉に素直に従い、ラミエは静かに手を離した。

 すると拘束を解かれたバイツは、そのまま怒り露わに言葉を吐き捨てる。


「おい! そんな傷だらけで今回こそ勝てるんだろうな!?」

「いや、これは訓練で少し怪我しただけで別に大したことじゃ――――」

「騎士団連中の間ではヴィクト優勢と言われているぞ! 悔しくないのか!?」

「そりゃ毎回勝ててないから仕方な――――」

「勝たなきゃ俺が許さん!」

「人の話聞かねえなコイツ」


 キャンキャンと犬のように喚き散らすバイツの姿に、エレガスは呆れ顔でため息をついた。

 そもそも何でここにいるのか。そんな思いから、エレガスは静かにラミエに視線を向ける。その感情を即座に理解し、ラミエは悪戯な笑みを浮かべて口を開く。


「いやいや。私たちはただエレガス先輩に激励をしに来ただけですよ」

「お前はヴィクト派だろうが」

「……何のことでしょう?」


 エレガスの言葉に一瞬表情を硬め、次いで誤魔化すように微笑むラミエ。

 その姿に、これ以上の追及は無駄かとエレガスは諦めた。そしてバイツに再び視線を向け、静かに疑問を口にする。


「で、バイツは何しに来たんだ?」

「ふん。七大英雄杯の前日に、貴様がしょぼくれた顔をしていないか見に来たのだ。何しろ今回は、貴様の()が見に来るのだろう?」

「……あぁ」


 バイツの言葉に、エレガスは思わず胸をドキリと高鳴らせる。

 そう。弟、クルードが見に来る。

 普段であれば、ここまで気負い過ぎることは無い。だが、実の弟に試合を見られるというだけで、これほどまでに意識するのか。

 エレガスは自分の精神の軟弱さに自嘲的な笑みを浮かべる。


「貴様も人の子だったということか。そんな顔、初めて見たな」

「ほんと、らしくないですね。エレガス先輩」

「……うるさいな。ほっとけ」


 揶揄するように顔を覗き込む二人に対し、エレガスは顔を背けながら言葉を吐き捨てる。

 自分でも驚く程に、その言葉に何の力も込められていなかった。


「こーらアンタたち。そいつをいじめるのが楽しいのは分かるけど程々にしときなさい」

「エルマーナ先輩、どうも」

「あ、エマ先輩! お久しぶりです」

「ラミエ~? 相変わらず馬鹿二人に似て生意気ね」


 騒がしいと呆れた表情で口を挟むエルマーナに対し、それまでと打って変わった様子で丁寧に挨拶をするバイツと、瞳を輝かせて笑顔を浮かべるラミエ。

 その光景は、懐かしい学生時代を思い出させるモノであった。


「ほら、エレガスはさっさと行きなさい。もう一人の馬鹿を待たせてるんでしょ?」


 エルマーナが発した言葉に、エレガスは思い出したようにハッと目を見開いた。

 そうだ、行かなければ。

 明日には剣を突きつけ合う、友の元へ。


「……悪い。行ってくる」


 そう言って歩を進めるエレガスの背中に。


「エレガス」

「エレガス先輩」


 後輩たちの言葉が降り注ぐ。


「勝てよ」

「勝ってくださいね」


 言い方に違いはあれど、込められた想いは同じ。

 こんな自分を慕ってくれる後輩のために、いつまでもしおらしい姿を見せ続ける訳にはいかない。

 エレガスは拳を掲げ、高らかに宣言する。


「応、任せとけ」



「やっと来たか。おせーよ」

「悪い。ちょっとな」

「いいって。どうせ犬っころと蛇髪ちゃんに絡まれたんだろ」


 冷たい夜風を一身に浴びながら、エレガスとヴィクトは言葉を交わす。

 待ち合わせは、近辺一帯で最も空に近い場所。キャバリス学院屋上、その一角である。

 学生時代、多くの言葉を交わしたこの場所は、二人にとって思い出の地であった。


「前から思ってたんだが、犬っころは分かるけど蛇髪ちゃんって?」

「蛇みたいにうねうねしてる黒髪だから、蛇髪ちゃん」

「お前、女性に対してそれはなぁ……」

「いいじゃん可愛くて。ラミエも喜んでたぞ?」


 そりゃお前に言われたらラミエは何でも嬉しいだろ。そんな感想を呑み込んで、エレガスは静かに笑う。

 相も変わらず、出会った当初と同じ不思議な奴だ。

 これがキャメロン王国最強、七雄騎将の序列一位なのだから世の中何が起こるか分からない。


「お前の方こそ最近どうなんだよ、ヴィクト。()()()と一緒に、王女殿下の護衛やってるんだろ?」

「あーそうだなぁ。初めて会った時はあんなチビでお転婆だったのに、気が付けば立派なレディになってて驚いたぞ」

「……お前じゃなければ、不敬罪で一発死刑だな」

「ハハッ、違ぇねーな」


 とんでもないことをしている自覚があるのか無いのか、冗談交じりで笑い飛ばすヴィクト。

 もはやここまでくれば清々しいと、エレガスは逆に感嘆の念を抱いていた。


「んで、そっちこそ調子はどうよ?」

「……ぼちぼちかな」

「おいおい! そんなんで大丈夫かよ?」

「……どう、だろうな」


 自分が口にした言葉の力の無さに、エレガスは再び自嘲的な笑みを浮かべる。

 ここまで来て、まだ怖気づいている自分がいる。本当に勝てるのか。弟の前で、醜態を晒してしまうんじゃないか。皆の期待を、裏切ってしまうんじゃないか。

 いや。そんな不安、これまでも乗り越えてきた。一番心配なのは、そこじゃない。

 目の前の、親友に追いつけなくなる恐怖。

 それが、たまらなく怖いのだ。


「金ぴか。お前は、何の為に剣を握ってる?」


 その言葉にエレガスは目を見開いた。そして、バッと顔を上げる。

 ヴィクトが発したその言葉は、二人にとって一種の合言葉のようなものであった。

 挫けそうになった時、大きな壁が立ちふさがった時。それは、自分達が原点に立ち返るための、おまじないのようなモノ。


「……明日、お前に勝つため」

「ハハッ、そのとーり!」


 エレガスの言葉に、ヴィクトは笑う。


「理由なんて、その都度変えればいいんだよ。調子が悪いなら、悪いなりに理由を付けて剣を握る。それが俺たち、七雄騎将だろ?」

「……嗚呼、そうだったな」


 一位と三位。

 そこには、数字以上に隔絶された距離が存在する。

 出会ってからおよそ十年間。エレガスという人間は、一度たりともヴィクトに勝利したことが無い。

 だから今、エレガスが剣を握る理由は唯一つ。


「明日、覚悟しとけよ」


 迷いは晴れた。

 自信を持って、不遜な笑みを顔に張り付けてエレガスは口を開く。


「今度こそ、俺はお前に勝つ」


 その言葉に、ヴィクトも静かに笑う。


「――――あぁ」


 そして、天を仰いだ。


「明日が、楽しみだな」


 夜空の星々が、二人を優しく照らしている。輝きが空に満ち、真っ暗だった天に光を示す。

 まるで、祝福が降り注ぐように。




 だが、その約束が果たされることは無かった。

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