第20話 殺
「もう、こいつはいらないや」
「……が…………はっ」
無造作に刃を引き抜き、男がデネットの身体を蹴り飛ばす。べちゃりとした音を立てながら、地面へと倒れ込むデネットの姿に周囲の騎士団の人間が殺気立つ。
そんな状況を理解しているのか否か、男は刃に滴る鮮血を振るい落とす。
「雑魚は動くな。動けば死ぬぞ」
男がそう言い放った次の瞬間、何処からともなく現れた第二の集団。
騎士団の人間と明確に違うのは、素性が分からぬように全身に覆われた黒いローブ。そして何より、全身から香り立つ死の臭い。
今、この時。それは間違いなく、この戦場に死が持ち込まれた瞬間であった。
「俺の舞台で動いていいのは、英雄の資格を有する者だけだ。あー、キミは特別に許可するよ。ウィンリー君」
「……お気遣いどうも」
「なぁに。王立騎士団の麒麟児と謳われるキミには、一つ聞きたいことがあったからね」
「……僕に答えられることなら、どうぞ?」
「では遠慮なく」
努めて軽い口調で言葉を吐き捨てるウィンリーに、男はとぼけた表情を浮かべながら首を傾げる。
そして。
「父の期待に応えられず逃げた自分が、天才だって持てはやされるのってどんな気分?」
男の言葉に、ウィンリーは血相を変えた。
青白く変色した表情を見つめ、男は底意地の悪い笑みを浮かべる。
「あれ、もしかして知られてないとでも思った?」
「…………貴様、何者だ!?」
「ふふ。俺はね、君たちの団長に雇われてきたんだよ」
「……雇われた、だと?」
ウィンリーは短く息を吸って、血が上った頭を落ち着かせる。荒れた心を静め、冷静さを取り戻し、そうしてウィンリーは再び思考を研ぎ澄ませながら続きの言葉を吐き出した。
「……貴様、騎士団の者ではないな」
「ぴんぽーん。だいせいかーい」
まるでゲームでも楽しんでいるかのように、男は緊張感のない様子でパチパチと拍手を鳴らす。
それでも、男が肯定した内容は楽観的になれるようなものではない。
「貴様のような顔は王宮でも宿舎でも見たことが無い。どこの出だ?」
「うーん? ま、どうせ生きて返すつもりは無いし。いいよ、教えても」
そう言って、男は仰々しい態度で胸に手を当てる。そして、まるで貴族が挨拶をするかの如き品に満ちた姿で頭を下げた。
「改めて、俺はナナシ。キャメロン王国の影に住まう、雇われの殺し屋さ」
「ナナシ……? 王国の影、だと?」
「あ、気付いちゃった? 実は俺、名前を持ってなくてさー。名無しから取って、そのままナナシってみんなに呼ばれてんだぁ」
そんなことはどうだっていい。
ウィンリーは胸中で苛立ちを吐き捨てながら、様々な疑問を頭の中で処理していく。
雇われの殺し屋。つまり、改めてこの男は騎士団関連の人間では無いという確証を得た。恐らくは、ゴルドレが多額を積んで雇った別動隊のようなもの。
王立騎士団の団長として表の顔を立てながら、自らの邪魔となる人間を処理するための役割を担った存在。それが、コイツなのだろう。
そして、キャメロン王国の影。
ナナシが口にした言葉の意味も、確かに気になる。だがそれよりも、初めに確認しなければならないことが一つあった。
「団長に雇われていると言ったな? しかし貴様は先程、クルードを殺しに来たと口にした。王立騎士団が受けた命令は、身柄の拘束だけだったはずだが?」
「あー、それ? そんなの、答えは簡単だよ」
ウィンリーの当然とも言える疑問に対し、ナナシは淡々と言葉を返す。
「命令とは関係なく、ゴルドレ様はクルード君が目障りなんだろうね」
「なっ!? 馬鹿な、そんな独断がまかり通っていいはずが……」
「そのための俺らだよ。初めから、ゴルドレ様は騎士団に期待なんかしていなかった。この裏通りで、真実ごと葬り去る予定だってさぁ」
あり得ない。
ゴルドレという男は、国王に絶対の忠誠を誓っていると巷で有名になるほどの人間だ。にもかかわらずその命令に背き、独断で事実を隠蔽しようと画策するなど。
ゴルドレらしくない。ウィンリーは素直にそう思った。
身震いのする嫌な予感を拭い去るように、横に立つクルードに視線を向けることなく口を開く。
「…………おい凡愚。この事件、何か裏があるぞ。一度体制を整えて――――」
そこまで口にした時、ウィンリーはようやく気が付いた。
クルードが、一度も発言をしていないという事に。それどころか、既に自分の横にその姿が無いという事に。
「おい。なに、を……」
そして視線を向けた先で、瞳に飛び込んできた光景に目を見張る。
クルードは、何も話を聴いていなかった。ただデネットの傍に座り込み、ただそこに佇み続けていた。
背中を向けており、表情を見ることは叶わない。だが、ウィンリーには分かる。
クルードの身に纏う空気が、変わった。
「………………………………おい、ウィンリー」
淡々と、無感情に言葉を紡ぐクルード。
その凍てつくような冷たさに、ウィンリーは静かに背筋を震わせる。
「何だ」
「この人、デネットさんを頼む」
「……生きているのか?」
「分からない。それでも、頼む」
「…………好きにしろ」
あえて無粋な事は何も言わない。ウィンリーにとってはデネットが死のうがどうしようが知ったことでは無い。
ウィンリーはただ、純粋に知りたかったのだ。
あらゆる人間が警戒し、その存在を狙い続ける力。人技、蛮勇凶化というモノが一体何なのか。
そして。
「おい、クソ野郎」
無機質な声色で言葉を吐き捨てながら、クルードはゆっくりと振り返る。
その瞳は、眩いほどに深紅に輝いていた。
ウィンリーは知りたい。今のクルードの全力が、どれほどの高みにあるのか。
「殺しに来るなら、当然殺される覚悟もあるんだよな?」
「んー、そうだね。いつだってその覚悟を以て任務に当たってるよ。まぁ――――」
クルードの脅しとも取れる発言に、ナナシは獰猛な笑みを顔に張り付ける。
「キミに俺が殺せるなら、ね。落ちこぼれの不良英雄クン?」
「…………ハッ。俺が、お前を殺せるかって?」
ナナシの言葉に、クルードは静かに嗤う。
人を嘲り、神経を逆撫でする言葉を撒き散らすナナシという男。どこまでも人を不快にさせる言動に、冷静さを失うかと思っていた。
デネットが目の前で刺され、強烈な虚しさが心を埋め尽くした。可笑しいと分かっている。会ったばかりの人間で、そこまで親しくないはずなのに。
いや、そうか。
デネットに対し、ここまで感情移入していた理由。それは、才能が無くても努力を続ける姿勢を、勝手に自分と重ねていたから。だから、こんなにも腹が立っているのか。
でも、何故だろう。怒りに満ちている筈なのに、頭は澄み渡る程に冷静だ。
まるで、感情が分断されているみたいな――――
そこまで思考を続け、その全てを無駄だと切り捨てる。
今必要なのは、唯一つ。
「英雄は、悪党潰しの専門家だ。お望み通り、ぶっ殺してやる」
「へぇ、楽しみだ。悪夢を引き起こしたその力……、見せてもらおうか」
互いに継ぎ接ぎの笑みを浮かべながら、瞳の奥は一切笑っていない。絶対零度の感情を携え、獣は嗤う。
この闘争に必要なのは唯一つ。
抜き身の刃の如く、研ぎ澄まされた殺意。
あなたの応援が、この物語を続ける力になります。
面白いと少しでも感じたら、ぜひ リアクション・ブクマ・感想 をいただけると嬉しいです。




