第18話 変化
お待たせいたしました。
舞台は再びクルードたち視点に戻ります。
剣戟鳴り響き、兵士たちの怒号飛び交う戦場。裏通りはまさに、死地と化していた。
否、その戦場に死は無い。
死にどれほど近かろうとも、激しく争えども、死体が転がることも無い。
それは、何故か。
「……馬鹿な」
デネットは驚きに目を見開き、眼前で起こっている出来事に呆然と立ち尽くしていた。
敵は、たかが二人。元の予定より、一人加勢についただけ。にも、かかわらず。
「おい、殺すなよ」
「ふん。誰にものを言っている」
まるで草を刈るようになぎ倒されていく、精鋭の騎士たち。
忠告を口にするクルードに対し、デネットは軽薄な口調で言葉を吐いた。
「この程度の相手、殺す価値など無いね」
そう。
この戦場に、死が存在しない理由。それは単に、互いの力量差が隔絶しているが故に起きる事象であった。
クルードとウィンリー。二人の卓越した戦士が要ることによって、双方に邪魔が入ることは無い。だからこそ、眼前の敵だけを相手取ることが出来るのだ。
一人では無いという事がこれほどまでに心強いとは。クルードは改めてそのありがたみを実感する。
「く、くそがァッ!」
もちろん騎士団側は全身全霊で命を狙ってくる。
死に物狂いに振るわれた刃は、確かに当たれば致死性の危険を孕んでいた。
しかし。
「精鋭と言っても、所詮は一兵卒だろう?」
ウィンリーは流れるような剣捌きでその一撃を軽く受け流す。そして一瞬で剣を絡めとると、そのまま空中へと弾き飛ばした。
得物を失った相手に対し、ウィンリーは視線を向けることなく柄を顎に叩きつける。
そして膝から崩れ逝く男を一瞥し、ウィンリーは再び別の人間へと歩みを進めた。
その様を見ていたクルードは、思わず苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「あいつ……」
間違いない。ウィンリーはこの短期間で、さらに技を磨き上げている。
流麗な剣の動きは嫉妬するほど美しく、背筋が凍る程に洗練されたモノであった。
あの敗北から、ウィンリーは自分の殻をまた一つ破ったのだ。それは恐らく、最後にクルードと戦ったあの瞬間から。
天才が負けを知ることで、より高みへと昇華していく姿。胸中に、黒い感情が湧き上がるのを自覚する。
トラウマを克服しようとも、コンプレックスが無くなった訳じゃない。クルードは改めて、天才というものに嫌気がさしていた。
「この野郎ォッ!」
そんなことを考えているクルードに対し、眼前に立つ男が怒りに満ちた声を張り上げながら剣を振り下ろす。
慌てて身を翻し、クルードは続けて振るわれた刃の軌道を目で追いかける。そして最小限の動作で躱しつつ、相手の懐へと潜り込む。
「隙あり」
「なっ!?」
自らの剣を避けられ、近くへと迫るクルードの姿に男は驚きに声を上げる。距離を取ろうと一歩足を退いた瞬間、クルードの瞳がその動作を補足する。
クルードは静かに足を伸ばし、相手はその足に躓き体勢を崩す。
「おぉ!?」
よろめく男が慌てて体勢を整えようとするが既に遅い。
「ハッ!」
「ご……っ」
意識が逸れた男の構えは隙だらけであり、クルードはその無防備な腹に一撃を叩きこむ。
男は苦悶の表情を浮かべ、そのまま沈むように倒れ込んでいった。
「鎖帷子を着てるっぽいし、大丈夫だよな……?」
思わず心配になるが、まだまだ敵は多い。男の頑丈さを祈りつつ、クルードは別の人間へと意識を向ける。
そんな様子のクルードを横目で一瞥していたのは、先程まで同じようにクルードに観察されていたウィンリーであった。
「……チッ」
ウィンリーが静かに舌打ちする。
相も変わらず、狡い真似をする奴だ。そんな感情が浮かび、続いてそれは違うだろうと否定の感情が浮かび上がった。
認めたくは無い。だが、奴の洞察力には目を見張るものがある。隙を見せれば最後、クルードは必ずその穴を突いてくるだろう。
ウィンリーには分かる。自らもまた、あの瞳に見据えられたことがあるのだから。
未だ誰一人として見極めることが出来なかった天技を、クルードだけは見逃さなかったのだ。それが発展途上だったとしても、その事実は変わらない。
「…………凡愚の癖に」
思わず口から漏れた言葉は、嫉妬に近い感情であった。そんな自らが発した言葉に、ウィンリーは驚きを隠せない。
嫉妬? 誰が? 誰に?
激しい嫌悪感が全身を覆い尽くす。一瞬でも、悔しいと思ってしまった自分を恥じる。
だが、それと同時に納得もしていた。
嗚呼、確かに僕は悔しいのかもしれない。天才であると自負し、周りから麒麟児と持てはやされてきた自分よりも、落ちこぼれと言われ続けた人間が強くなっていく様が。
事実として、クルードの洞察力は以前よりもさらに鋭さを増している。それは天才に分類される人間からしても、不自然と思う程の勢いで。
そこまで考え、ウィンリーは思わず苦笑いを浮かべる。
いや、認めるしかないのかもしれない。自分は今、負け惜しみの言葉をつらつらと述べているだけだ。
「おい、凡――――」
気が付けば騎士団の数も減り、少し余裕が出てきた状況。
そんな中で、ウィンリーが憎まれ口を叩こうとクルードの方へと再び視線を向けた。
「認めんぞォォォォッ!」
その時。
ドロッと、粘着質のような濁り切った悪意が鼓膜を震わせる。
殺気を全身に纏いながら、デネットは咆哮と共にクルードの首元に剣を振り下ろす。
クルードの刃とデネットの刃が交錯し、甲高くも鈍い金属音が空間に響き渡る。
「ぐっ!?」
その刃に込められた重さに、クルードは顔を歪める。
尋常では無い圧力に身体が軋んでいく。副団長であるデネットが振るう剣は、これほどまでに他と一線を画すのか。
だが、これは何かが違う。
物理的な力とは異なる、別種の圧が刃が伝わってくる。その重圧は、今まで受けた他の誰よりも――ガレッソよりも――重い。
「認めんぞ……」
怨嗟の言葉が、クルードの耳元で呟かれる。
「そんな、そんな技を使って……。我が物顔で英雄気取りなど、私は断じて認めない……!」
「何を、言ってんのか、分かんねえよッ!」
「分からぬのなら、教えてやるッ!」
一段と込められる圧力に、クルードはさらに膝を震わせる。
鍔迫り合いの構図の中で、デネットは静かに告げた。
「貴様が奴と同じ――――裏切り者の英雄と同じ末路を辿るということをなァッ!」
その事実が、クルードとウィンリー、英雄に憧れる若人にとって残酷な真実だったとしても。
デネットは、止まらない。
夢破れた者の復讐が、今始まる。




