第16話 女の敵
「お、お、おおお」
震える声色に、限界まで開かれた瞳孔。
イリスは驚愕を隠せないまま、コバニに対し指を指しながら口を開く。
「甥っ子ぉっ!?」
「ま、そういう反応になるよねぇ」
イリスの反応に、当然だと頷き苦笑するリト。
だが、そんな中でもコバニは表情を変えることなく淡々と言葉を紡ぐ。
「そう。ボクは男」
「だ、だってその見た目……」
「価値観が古いね。今時、こんな人間なんていくらでもいるよ」
「いやいやいや。いくらでもいないよコバニ」
コバニの発言を即座に否定するリトであったが、イリスからすればそんなことはどうでもいい。
今まで少女だと信じて疑わなかった人物が、まさかの少年だったのだ。
その衝撃は凄まじい。
「どうして、そんな見た目を?」
「これは、ボクの憧れの体現だよ」
「憧れ?」
「ま、国民のほとんどは知らないだろうけどね」
そう言って、コバニは静かに語り始める。
その表情は、今までよりも感情豊かであり、本当に心の底から思っているのだと理解できるものであった。
「ボクは、最強の女傑を知っている」
「最強の、女傑?」
「あぁ。ボクの知る限り、この世で一番強い女性さ」
そんな人物など、今まで聞いたことも無い。
もしも存在するのなら、噂になっていてもおかしくないはず。
にもかかわらず、この王都に来て、聖キャバリス学院に入学してそんな女性の話など一度も耳にしていない。
「一体、誰ですか?」
「それは言えない」
「えぇ!?」
唐突に突き放され、イリスは困惑に表情を歪める。
「どうしてですか!」
「言っただろう。国民のほとんどは知らないって。あの方は功名心とか無いんだ。ただ、最強であり続けるだけ」
「……だから、最強の女傑」
「そ。ボクは、あの方に認めてもらうためにここまで強くなった」
コバニの瞳は、無機質な表情とは裏腹に激しい情熱に燃えていた。
この少年に、ここまで言わせる人物。
イリスの中で、女傑の人物像がどんどん膨らんでいく。
「……だから、見た目から寄せていったんですね」
「いや、これは趣味」
思わずズルッとこけそうになるのを慌てて押し止める。
「ど、どっちですか」
「最初は憧れだったけど、今は楽しんでやってるよ。ボクはこの通り顔がいいからね。可愛い格好も似合うんだ」
何故かドヤ顔でのたまうコバニに、イリスはもはや苦笑いを浮かべるしか無かった。
クルードもそうだが、英雄になるためにはどこか変でなければいけないのだろうか。
「……ま、まぁ確かに可愛いのは認めますよ」
そう、実際にコバニは可愛いのである。
小柄な身体に、小動物のような表情。カミュとはまた違った雰囲気が独特の空気感を醸し出し、通り過ぎる人の視線を引き付けて離さないだろう。
「ふふん。そうだろうそうだろう」
またしてもドヤ顔のコバニ。
しかし。次の瞬間その表情が一変する。
「でもね。ボクは一人、絶対に許せない人間がいるんだよ」
無機質でありながら沸々と怒りを示すコバニに対し、イリスはゴクリと唾を飲み込む。
「……誰ですか?」
「そいつは最初、ボクのことを可愛いって言ったんだ。それはもう口説いてるんじゃないかってくらいね」
「ほうほう」
「当時のボクは舞い上がったよ。ムカつくことに見た目も良かったから、まるで白馬の王子様みたいだって思ってた」
「ほう!」
なんてロマンチックな話だろう。そういうの大好物である。
イリスはワクワクした気持ちで話の続きを待った。
「でも、アイツは……ッ!」
その時、コバニの握りしめたグラスにピシッとひびが入る。
「ボクが男だってわかった瞬間、なんて言ったと思う!?」
「え、えーと」
怒りに表情を歪め、珍しく感情をあらわにするコバニに、イリスは困惑しながら視線を泳がせる。
そんなイリスの回答を待たず、コバニは言葉を吐き捨てた。
「あいつは悪びれる様子もなく、こう言ったんだ!」
『あ~、…………ごめん』
「ごめんてッ! ごめんて何だよ!」
「そ、そうですよね。確かにそれは酷いと思います」
「だろう!?」
もはやキャラが崩壊した様子のコバニに若干引きながらも、イリスも心の中で静かに憤っていた。
そんなデリカシーの無い男がいるなんて、全女性の敵である。
きっとろくでもない人間に違いない。
「爽やかな笑顔で振りやがって、あの野郎……ッ!」
「一体、どこのどいつなんですか?」
「聞いて驚くなよ。そいつは君と同じ学院の生徒さ」
「なんですって!?」
イリスの中で、許せないゲージがぐんぐんと上がっていく。
同じ聖キャバリス学院の生徒として、そんな人間がいるなんて信じたくはない。信じたくは無いが、現に被害を受けている人間がいるのだ。
一年生首席として、裁きを下さねば。
「誰です!? 私が代わりに制裁を加えてきます!」
「よくぞ言ってくれた! ……だが、君でも難しいかもしれない」
「どうしてです?」
「そいつはボクには到底及ばないけれど、それなりの実力の持ち主だからね」
「そんな人が、学院に……」
ゴクリと、イリスは再び唾を飲み込む。
「それもそうさ。何故ならそいつは――――」
そしてコバニは、犯人の名前を口にする。
「同じ七雄騎将の一人、クルードってやつだから」
その名前を聞いた瞬間、イリスは思わず口から声が漏れてしまった。
「…………あ・の・や・ろ・う!」
「何、知っているの?」
「知っているも、なにも、ですねぇ……ッ!」
そしてイリスは、先程まで自分が抱えていた不満をぶちまけるように口を開く。
これより始まる、女同士の秘密の会合。
リトは知っている。遠い場所へと視線を向け、リトは静かに覚悟した。
これから始まる会合の中で、たった一つの揺るがぬ真実。
女の愚痴は、止まらない。
☨
「あの女たらしが!」
「ホント、顔だけいいのが余計腹立ちます!」
「顔だけな! アイツは顔だけだから!」
「その通り! 流石、先輩は分かってますね!」
「そっちこそ、よくわかってるよ!」
気が付けば、愚痴を通してすっかり仲良くなったイリスとコバニ。
最初はあんなに剣呑な空気だったのにもかかわらず、今はそんな様子などどこにもない。
女同士の結束を高めるのは、やはり共通の敵である。
もっとも、片方は生物学的には違うのだが。
「あいつは一度、痛い目見た方がいいと思う!」
「ですね!」
「あー。盛り上がってるとこ悪いけど、ちょっといいかな?」
長い時間、二人の会話を傾聴していたリトがようやく口を開く。
そして、少し焦った様子で言葉を吐いた。
「だとしたらクルード君、今危ないかもしれないね」
「どうしたのリト。急に」
「思い出せよコバニ。あの時、会議で言われた内容を」
「……………………あ」
リトとコバニが何やら通じ合っている様子に、イリスは訳も分からず首を傾げる。
「まさか」
「そのまさかだよ。恐らく、そのデートは罠だな」
「え、っと。何の話です?」
話の流れに置いていかれそうになったイリスは、素直に疑問を口にする。
そんな様子のイリスを諭すように、リトはゆっくりと口を開く。
「これは俺の考察だけどね」
そして、静かに告げる。
「このままだと、クルード君は殺されるよ」




