第15話 料亭ラビッツ
「いやぁ、改めて色々と迷惑をかけたね!」
ランプが優しく室内を照らし、穏やかな空気が流れる室内。壊された扉だけが異質ではあるが、誰もがその状況には触れない。
そんな中で、店主はハンカチで額を拭きながら優し気な笑みを浮かべた。
「君がいなかったらもっと大騒ぎになってるところだ! 店主として礼を言わせてくれ!」
「いえ、別に私は大丈夫ですけど……」
店主のお礼を受け取りながら、イリスはキョロキョロと室内を見渡した。
手入れの行き届いた店の内装に、お洒落なインテリアの数々。王都中央で店を開いてもそれなりに人気の出そうな雰囲気である。
それがどうして、こんな外れた場所で営んでいるのだろう。疑問は尽きない。
だが。
「それより、あの子どうにかした方がいいですよ」
イリスが一番気になっているのは、そこではない。
視線を向けた先には、店のカウンターにドカッと座っている少女の姿。彼女はこちらに一切目を向けず、グラスに入ったジュースをごくごく飲み干している。
そんな様子の少女に、イリスはむっとした表情で口を開く。
「あんなことをしようとして平然としてるなんて……」
「いやぁ、ははは」
「君には関係ないでしょ。それに、あれはボクなりに手加減してる。殺すつもりなんてない」
イリスの苦言に困った様子で笑う店主。
しかし、当の本人はそんなことを言われてなお悪びれる様子はない。そんな態度の少女に、イリスは再び腹を立てる。
クルードたちと絡み始めて少し落ち着いてはいるが、本来イリスは真面目な優等生であり、悪事は絶対に許せないたちの人間である。
そんなイリスにとって、少女の行動に黙っていることなど出来なかった。
「あなたねぇ!」
「そんなことより僕の質問に答えて。君は何者?」
「名前はイリス。聖キャバリス学院の生徒よ。これで満足?」
「年は?」
「え?」
「だから、年はいくつって聞いてんの」
なんて生意気な子供なの!?
イリスは腹の虫を抑えながらぶっきらぼうに答える。
「十五だけど?」
「なんだ、年下か」
「…………え?」
一瞬何を言われたのか分からず、イリスは茫然とした様子で声を漏らす。
年下?
誰が?
「ボクは十六。先輩だから、敬語使って?」
「は、はぁぁぁッ!?」
少女の回答に、イリスはあまりの驚きに声を上げる。
低い身長に、あどけない顔立ち。喋り方からは年上らしさは感じず、なんなら生意気な後輩だと思っていた。
それが、まさかの年上。
目を白黒させながら、イリスは静かに口を開く。
「え、ホント、ですか……?」
「残念ながら本当だよ。一緒に暮らしてる俺からしても、子供っぽいとは思うけどね」
店主の口から告げられたことで、イリスはようやく納得する。
目の前の少女は、どうやら本当に先輩らしい。
「……分かりました」
「……随分と素直だね?」
「私はあなたと違って、礼儀を大事にする人間なのでっ!」
一部を除いて。
うっすらと脳裏によぎるクルードの顔を、イリスはぶんぶんと頭を振って忘れる。
少女はそんなイリスの態度に、少しだけ表情を軟化させる。
「ボクが礼儀をわきまえるのは、ボクより強いと認めた人間だけだ」
「……随分と、自分の実力に自信があるんですね?」
「もちろん」
「…………もう一つ、聞いてもいいですか?」
恐る恐る尋ねるイリスに対し、少女は静かに首を縦に振る。
「本当に、あなたは?」
「あぁ、それ? 逆にびっくりだよ。ボクは顔が割れてるタイプの人間だから」
イリスの言葉に呆れるように少女はため息を吐く。
そして淡々と、自信に満ちた表情で口を開いた。
「ボクはコバニ。一応、七雄騎将の序列六位」
耳を疑うその言葉。だが、店主にも確認を取ったから間違いはない。
この少女が、クルードの一つ上の序列の英雄。イリスにとって、三人目の出会いとなる、七雄騎将の一人である。
こんな少女が?
そう思うと同時に、心の中で腑に落ちる部分もある。
先の動作は、イリスからしても背筋が凍る程に重厚な威圧感であった。そしてあの威力を見てしまえば、認めざるを得ない。
この娘は、強い。
「……だから、ボクは驚いたんだよ。まさかただの一生徒に、攻撃を見切られるなんて思ってなかったからね」
「……一応私も、学年首席なんですけど?」
「そんな称号に意味は無いよ。現にボクは、聖キャバリス学院に通わずに序列入りを果たした」
「まぁそれに関しては、色んな事情があるんだけどねぇ」
コバニの発言に注釈を入れる店主。
そう言えばと、イリスは改めて二人の関係へ思考を向ける。
七雄騎将と一緒に暮らしているこの男性は、いったい何者なのだろうか。
そんなイリスの疑問を察したのか、店主はにこやかに笑いながら口を開く。
「そう言えば俺の自己紹介がまだだったね。ようこそ、料亭ラビッツへ! 店主のリトだよ」
「料亭、なんですね?」
その割には、客から不味いなどと言われていた気が。
「ははは。まぁ、味の保証はしないけどね……」
「リトは料理だけはホント駄目。けど、その分人柄に惹かれて足を運ぶ客は多いよ」
「いやぁ、本当にありがたい限り」
照れくさそうに頭を掻きながら、リトは小さくはにかんだ。
二人の関係は親密そのものであり、仲が良いのだろうということが窺える。
「コバニは亡くなった姉ちゃんの子供でね。俺の家で一緒に暮らしているんだ」
「なるほど、そうだったんですね」
「まぁでも君の指摘通り、生意気な子供でね」
ハァと小さくため息をつき、リトは苦笑いを浮かべる。
「まったく、甥っ子じゃなかったら追い出してるところだよ」
思考が停止する。
長い時間をかけて、ゆっくりと情報を飲み込んでいく。
そして、ようやく脳内を整理したイリスは、感情の赴くままに咆哮した。
「……………………はぁぁぁぁぁッ!?」
七雄騎将と判明した以上の衝撃を、声に乗せて。




