第13話 宿敵
「ウィンリー……」
揺れる瞳の先に映る姿。今まで一度たりとも、忘れたことは無い。
何故ならこの男は己の因縁そのものであり、まさに宿敵とも言える関係性だったのだから。
「そんな目で見つめられては照れるな」
「……なんで、お前がここにいる?」
「僕がどこにいようが、それは僕の勝手だろう?」
質問に対し、ウィンリーはのらりくらりと要領を得ない回答で躱していく。そんな態度で納得できるはずも無く、歯がゆい思いを言葉に乗せながらクルードは口を開いた。
「そういう意味じゃねえよ。お前、今がどんな状況か分かってんのか?」
「もちろん。彼らと同じ王立騎士団の人間として、君よりも詳しく理解しているはずだ」
「だったらどうして――――」
「まったく、随分と鈍い奴だ」
理解に苦しんでいるクルードの姿に、ウィンリーは呆れた様子でため息を吐いた。
首を横に振り、仰々しい仕草で肩をすくめる。そして。
「僕はこいつらと違って、君を捕らえる計画には賛同していない」
淡々と、そう告げた。
あまりにも簡潔に言うものだから、頭の整理が追いつかず言葉を失う。次いで出た感情は、脳内を埋め尽くす膨大な疑問。
あの、ウィンリーが?
クルードの知る限り、この男は誰よりも自分を嫌っているはずだ。英雄に相応しくないと罵り、皆の前で痛め付ける様を晒し、口を開けばクルードのことを凡愚と揶揄する。
そんな人間が、公的に嫌いな人物を貶められる権利を手に入れた。
普通なら、喜び勇んでその役を買うはず。なのに、どうして。
「勘違いするなよ」
その時、冷たく吐き捨てられた言葉に思考の波が収まっていく。
クルードが視線を向けた先で、ウィンリーは眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「僕は別に、君自身がどうなろうと知ったことじゃない。だが――――」
冷たい瞳が穿つのは、同胞であるはずの男。
副団長であるデネットに対し、ウィンリーは見下した表情を向ける。
「デネット副団長。今回の一件、クルード捕縛の命は撤回されているはず」
その言葉にクルードは静かに目を見開いた。
一体どういうことだ。
そんなクルードの疑問に答えることなく、ウィンリーはデネットを問い詰めていく。
「にもかかわらず、どうして貴方は騎士団の一部を連れてこんな所でこそこそと?」
「……何が言いたい」
「後ろめたいことが無ければ、表立ってそこの間抜けを連行すればいい。それが出来ず、随分と卑怯な真似をするものだと思ってね」
ウィンリーとデネットの問答を聞きながら、クルードは連中の違和感に納得を覚える。
思い返せば、騎士団の人間が学院の人間に協力を要請し、わざわざこんな裏路地まで連れてこさせたのだ。それはつまり、そうせざるを得ない理由があったということ。
「まぁ、それもこれも全ては団長の独断だろうけどね。そんな凶行に付き合うなんて、貴方たちも大分イカれてる」
「……黙れ」
「さすが、団長の信奉者と言ったところか」
「黙れェッ!」
好き放題口にするウィンリーに対し、それまで冷静であったデネットの表情が一気に変わる。
怒りに顔を歪めるその姿は、ただ侮辱されたからというだけではなさそうに見える。何か琴線に触れてしまったかのように、憤怒を露わにするデネットはまるで別人のようであった。
「貴様こそ、ゴルドレ様には多大なる恩があるはずだ! 他国出身の貴様を受け入れてもらった、そのご恩を仇で返す気か!?」
「それについては大いに感謝しているさ。だけど、僕は昔から気に入らなかったのさ」
そう言って、ウィンリーはゆっくりと歩を進める。騎士団の包囲網を抜け、中心へと近づいていく。
そして、クルードの眼前で動きを止める。
交錯する二人の視線。ウィンリーとクルードは、互いに複雑な感情を瞳に込めて睨み合う。
やがて、ウィンリーは静かに言葉を吐き出した。
「……この男を含めるようで癪だが、キャメロン王国にとって、七雄騎将は崇高なものだ。全騎士の頂点であり、憧れでもある。だが――」
侮蔑の感情を声に乗せ、ウィンリーは薄っすらと怒りを滲ませながら吐き捨てる。
「我らが団長。いや。あの男は、そんな七雄騎将を『欠陥だらけ』と罵った。僕にはそれが許せない」
「ウィンリー、お前……」
分かっていた。分かっていたはずだった。このウィンリーという男は、誰よりも七雄騎将に対して強い執着を持っているのだということを。
だからクルードが七雄騎将に選ばれた時に、他の誰よりも憎悪したのだ。どうしてこの男が、と。
でも、今思えば理解できる。
ウィンリーは七雄騎将に憧れていた。それがどれだけ歪んだ形であろうと、強い尊敬と執念がウィンリーを突き動かしていたのだ。
「だから僕は、そんな男の野望を否定しに来たのさ」
「……ならば、貴様もろとも――」
「あぁ、それともう一つ」
デネットの言葉を再び遮り、ウィンリーは静かにクルードへと言葉を紡ぐ。
「これはおまけだけど、あの時の借りを返しに来た」
「借り?」
「…………僕は負け犬じゃないと、君に証明するためにね」
負け犬。
それは、雌雄を決したあの日の戦い。罵詈雑言が降り注ぐ中、ウィンリーを連れて会場を後にした時に、クルードが発した言葉だ。
その言葉を、ウィンリーは借りと呼んだ。
まさか、まだ根に持っているのか?
一瞬そんな考えに至り、次の瞬間にそれは無いと悟った。
「……あぁそうかよ。それじゃ、その分の借りを返してもらおうかっ!」
快活な笑みを浮かべ、クルードは静かに一歩前へと踏み出した。そしてウィンリーの横に並び、威風堂々と剣を握り締める。
そんな姿を横目に、ウィンリーは鼻を鳴らす。
「調子に乗るなよ、凡愚」
「そっちこそ、足引っ張んなよ」
昨日の敵は今日の友?
否。この二人は、そんな甘い関係などでは無い。
互いに言葉に出来ぬ因縁があり、譲れぬ信念がある。まさに宿敵。未だ背中を預けるには至らない。
だが、あの時ともまた状況は違う。
背中は預けずとも――――
対等に。両雄、肩を並べ立つ。




