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プロローグ 何の為に剣を振るう

お待たせいたしました。

 天上の光を遮るように、仄暗い雲が空を覆い尽くす。闇に呑まれゆく大地に、悲しみの雨が降り注ぐ。

 どうしてこうなってしまったのか。他に道は無かったのか。

 幾ら考えようとも結果が変わることは無い。


「エレガス……」


 何故なら、全てが手遅れなのだから。


「もう止めろッ!」


 悲痛な叫びが喉を震わせる。

 無駄だと分かっていながらも、声をかけることを諦められない。

 それでも、足は動かない。

 どれだけ口を開こうと、言葉を紡ごうとも。二本の脚はまるで棒になってしまったかのように立ち尽くすだけ。

 本当は分かっていた。

 今の自分に、彼を止める資格が無いことを。


「エレガス君。君の方こそ止めるんだ」


 無情にも降り注ぐ、冷たい声色。

 エレガスは静かに横目で声の主を睨みつける。


「スレイド、さん」

「君が手を伸ばすことは許されない。君を慕い続けてきた後輩の信頼を裏切ることなど、あってはならない」


 スレイドが見つめる視線の先。そこには、不安そうな表情でこちらを見つめる二人の男女。

 いつも自信に満ち溢れていた彼らの顔には、悲壮感が滲んでいた。

 その事実が、エレガスの胸を締め付ける。


「ましてや――――」


 底冷えするような声色で、スレイドは淡々と言葉を紡ぐ。


()()()()に情けをかける道理は無いよ」


 そう言って、スレイドは鞘から剣を抜いていく。抜き身の刃に雨が伝い、雫となって剣先からこぼれ落ちる。

 もう、止まらない。


「なんで……どうして…………」


 掠れた声に乗って、悲痛な感情が口から漏れる。


「どうしてなんだよッ!?」


 エレガスの問いかけに、青年は静かに顔を上げる。


「……それは、俺が俺だからだ」


 そう言い放った友の顔は、これから死にゆく者の顔では無かった。

 どこまでも爽やかで、まるで親しい仲間と語り合うかのような、そんな優し気な笑み。


「なぁ、エレガス」


 雨に濡れた黒髪をかきあげながら、青年は静かに問う。

 英雄として、好敵手として、友として。


「お前は――――何の為に剣を振るってんだ?」


 深紅に輝く双眸が、エレガスを貫いた。

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