エピローグ その生徒、不良につき
「クルード君、おはよう!」
「……あぁ」
御前試合から三日後、俺はいつも通りの日常を送っていた。
相当身体を酷使していたのか、試合が終わってすぐに俺は医務室に運ばれ二日ほどの療養を余儀なくされた。
学院の保険医であり、こういった試合の治療も任されているエルマーナからは
『ここまでしろとは言ってない』
と苦言を呈される始末。
何はともあれ、俺はこうしてトラウマを克服した――――
「おはよう!」
「お、おう」
のだが。
教室に入るや否や、俺は大勢の生徒に囲まれてしまった。そして以前までの対応から一変、俺は知らない奴からも挨拶されるようになったのだ。
「自分勝手な奴らですね!」
ホーネスの言葉に同意しつつ、俺は心の中でこの状況を諦めていた。
どうせ何を言っても変わらない。
それに、挨拶をしてくるのは俺に直接的な害を与えてこなかった奴ら。言ってしまえば、見て見ぬフリをしていた者たちなのだ。
俺に罵倒してきた奴らは、講堂の隅で気まずそうにこちらの顔色を窺っていた。
「ま、どうでもいいか」
そうだ。
別に、俺が全員の顔色を窺う必要はない。
こいつらは俺が再び負ければ手の平を返す。そういう人種であると、俺は以前の経験から学んでいた。
だから、気にしないのが一番だ。
「てか、何でホーネスがここにいるんだよ」
「悪い虫からクルード様をお守りせねば!」
「何やってんだか……」
謎の使命感に駆られているホーネスに、俺は呆れた表情を浮かべる。
と、その時。
「あ」
俺は一つの妙案を思いついた。
「ホーネス」
「はい?」
「行くぞ!」
「はい!?」
ホーネスの腕を引っ張り、講堂の外へ飛び出した。
突然の奇行に驚いた様子のクラスメイトを無視し、俺は廊下を走る。
「ちょ、お待ちください! どこへ!?」
「んなもん、サボるんだよ」
「へ!?」
俺の言葉に間抜けな声を漏らしながら、ホーネスは並走しつつ口を開く。
「授業に出るようになったのでは!?」
「あの状況で授業受けるなんざ居心地悪くて仕方ないだろ!それに――――」
ホーネスに対し、俺は悪戯っぽく笑みを浮かべる。
そして。
「今日はなんだか、そういう気分なんだよ」
☨
「もーう! イリスさんッ!」
「ごめーんッ!」
学生寮から全速力で走る二人の少女。
カミュとイリスは、遅刻するか否かのチキンレースを繰り広げていた。
「どうして校舎の反対方向に向かっちゃうんですか!?」
「ちょ、蝶に気を取られて……」
「あなたは幼女ですかッ!」
そんな間抜けな会話を繰り広げる二人。
彼女たちが校舎に向かって走っていると――――
「うぉぉぉぉッ!」
「ひゃぁぁぁッ!」
奇声を上げながら、何故か校舎の方角から逃げている謎の人影。
彼女らはその顔ぶれに見覚えがあった。否、見覚えがあるなんてもんじゃない。
「せん」
「ぱい?」
何で彼らがここにいるのか。
そんな疑問に答える存在が、彼らの後方から姿を現した。
「おんどりゃクソガキ共ォォォッ!」
眼鏡を抑えながら全力で走る捕食種の獣。
いや、違う。
あの女性は確か、2年生担任のナバス――――
「あ、お前ら!」
その時、クルードがこちらに気がつき声を上げた。
余計な真似しやがって。
そう思うと同時に、何やら嫌な予感が彼女たちの背筋を震わせる。
恐る恐る、彼女たちはナバスへと視線を向けた。
「あんたたちィ……こんな時間に何しとるんじゃァッ!」
ナバスの言葉に、イリスは校舎に取り付けられていた巨大時計に視線を向ける。
そして、隣に佇むカミュに向けて全てを諦めた笑みを浮かべた。
「カミュごめん――――遅刻だ☆」
「何やってんですかぁぁぁッ!?」
そして四人仲良く、全速力で逃げる。
何故逃げるのか。
さっさと謝れば済む話じゃないか。
そんな考えは、皆の心の中に当然のように浮かんでいた。
しかし。
「こうなったら、な?」
クルードは笑い。
「まぁ、仕方ないですよね」
イリスは同意し。
「ここまで来たらどこまでもぉ!」
ホーネスはやけくそに忠誠を誓い。
「なんでこうなるんですかぁ!?」
カミュは天を仰いだ。
彼らは学院の外へ飛び出した。
これから先、どうなるか分からない。それでも、今だけはこの瞬間を全力で楽しもうと。
「その生徒、不良につき」
それが、クルードに対する評価であった。だが、どうやら今は違うらしい。
教師陣、そして他の生徒たち。人々は、彼らをこう呼んだ。
「その生徒たち、不良につき」
【第一章 鍍金の騎士】完
これにて第一章完結となります。ここまで読んでいただきありがとうございました!
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※第二章の更新は2月1日からとなります。また、更新頻度に大幅な変更が予測されますので、詳細は追ってご報告いたします。




